30 少年少女は過去を乗り越え、今日を生き、明日を目指す②
2020年6月11日3時3分 三重第三高等学校 校門
「おい、ケイト!終着点が分かったってどういうことだよ!」
「言葉通りの意味だ!だが、説明は終わった後だ」
言われるがまま意識を前に向ければ、何匹ものカニがこちらへ迫っていた。
が、すでにその多くは糸出さんのパペットと交戦中であり、そこへ追い打ちとばかりに野球ボールや矢が飛んでいく。
これなら、とりあえず大丈夫そう……そう思った時だった。
「上空警戒!」
糸出さんの緊迫した声に、上を見上げれば……
編隊を組んだ色違いのサンマの群れが、俺たちの真上を飛行していた。
「
樋本君の叫びと共に一斉に燃え始めるサンマの群れ。
だが、それに構うことなく、サンマに張り付いるヒトデは、抱えていた大きなザルの様なものをひっくり返した。
それが合図だったのか、他のサンマからも一斉にザルがひっくり返される。
ザルの中身は緑色の塊。
それが落下する内に、数えきれないほどの破片に分かれて宙を舞い、紙吹雪のように降りかかる。
「海藻……?」
メンバーの一人が呟く。
「皆!能力を解除しろ!上へ飛ばされるぞ!」
崇の叫びと共に、一部のメンバーが能力を解除する。
くそっ、そういうことか。
相変わらず、厭らしい手を使ってくる。
この量が降ってきては避けることなど不可能。
それで能力を使えなくなった俺たちに向かって、サンマたちが急降下してくるんだろ?
知って……あれ?
だが、サンマたちは燃えながらどこかへ去っていく。
まるで仕事を終えたかのように。
顔なんてありはしないのに、ヒトデがふいに嘲笑った……そんな気がした。
「違う……」
「あれはミツイシコンブではない!ミツデソゾだ!」
ケイトの叫ぶ声。
「は……?」
降り注ぐ緑の破片が肩に触れた瞬間……視界がぐにゃりと歪み始める。
歪む視界の中、他のメンバーが次々と消えていくのが……かすかに見えた。
2020年6月11日3時13分 三重第五小学校 屋上
「うぅう……ん……オペラ?……あれ?ここは?」
「三重第五小学校の屋上ですよ」
「笛吹先生!ごめんなさい、また私気を失って」
「しっ……静かに」
「ひっ……あれは」
「えぇ、巻貝です。そして、どうやら私たちはバラバラに引き離されたようです」
「そんな!」
「先生、目が覚めたんだ……よかった」
「樋本君」
「笛吹先生、ここに転移したのは僕たちだけみたいです。それと、やっぱ学校はクラゲやカニに囲まれてる……」
「突破するしかない……か」
「そんな……」
「大丈夫……先生は僕が守るよ」
「樋本君……」
「だが、巻貝はどうする?徐々にこちらへ近づいてきてるみたいだけど、アレは燃やせないのだろう?」
「大丈夫……」
「大丈夫……?」
「林君と一緒に江口君のコレクションで特訓したから」
「……!?」
「……?」
「だから、心配しないで」
「はぁ……私は別の意味で心配になるよ」
「……?」
「さぁ、行きます!」
「あぁ、頼んだ」
「無理はしないでくださいね!」
「
2020年6月11日3時23分
「うへぇ~、超速再生するフグって感じ?」
「涼介、迂闊に近づくなよ。」
「わーってるって。毒もちかもしれないもんな!」
「あぁ、油断しないように」
「それよか、超速再生する上にどんどん膨れて大きくなっていくとか……強力な一撃で葬り去れって言わんばかりだよな?拡張能力使えってことなんだろうけど……ネタは?」
「お前の父親が会社をクビになった理由と、それに関連してウチの糞親父の会社の隠ぺい工作の話……それに一枚も二枚も噛んだお前の母方の一族の件……中二の時、お前が魚住に振られた理由……あとは、今朝のプリンの話などがあるが……」
「かぁ~……てめぇ、いい加減にしろよ」
「……」
「プリンは許せねぇっての」
「ふっ、そうかよ」
「しっかし、二日続けてここに来ることになるとはな……澄玲の奴が見舞いに来いって言ってんじゃねぇの?」
「そうだな……早く片付けて、顔くらいは見せてくか」
「そうこなくっちゃ!」
「行くぞ!涼介!」
「おぅよ!タカ!」
「
「
「んん……これぞ
2020年6月11日3時33分 駅前商店街
「無事か……糸出嬢?」
「あなたに助けてもらうとはね……癪だけどお礼を言うわ」
「お褒めに与り光栄だ」
「でも、何をしたのかしら?」
「コンブを地面に撒き、アヤツらがそこを通ったタイミングで、地面に向け投影したのだ」
「前回のあれを回収してたの……随分と手癖が悪いのね」
「鍋がやかんを黒いと言うとはよく言ったものだな」
「イヒッ……何のことかしら」
「まぁ、アヤツは多方面に鈍感だからな……気づくこともあるまい」
「イヒ……また何かしてくるみたい」
「ふん、知恵比べか……望むところだ。ヒトがヒトデに負けるわけにはいかんからな」
「分断には引っかかったくせに」
「……それは言ってくれるな」
「ねぇ、ふたりとも~お外はどうなってるの?」
「百々、じきに片付くから、あと少し待っててくれ」
「うん!わかった!」
「汗臭くて不快かもしれんが、もう少しだけ我慢してくれ」
「くっ、くしゃくなんてない!!」
「うん、そんなことないよ……でも、なんか猫さんの中……ちょっと変なにおいする」
「……糸出嬢?」
「ジュースでも零れたかしら?」
「……糸出嬢?」
「……くる」
「……うぉっっと!……これは」
「ミミちゃん人形を
「そうか、戦力になるものな」
「では、再編成するわ……」
「あぁ、さっさと片づけて、他の助力へ向かわなくては」
「
2020年6月11日3時43分 三重駅 3番ホーム
「ふぅっ、何とか間に合ったわね」
「はぁ……はぁ……はぁ……うぇっ」
「情けないわね、江口」
「俺は……文化系……なんだよ……」
「うぅ……もえ……がんばったぁ」
「うん、朋もがんばった、がんばった。最近の特訓の成果が出たわね」
「そうかなぁ……」
「でも実際、三月が頑張ったから、こんだけ時間を稼げたんだと思うぜ」
「エロミツ~」
「特訓の大事さが身に染みたでしょ?明日からは訓練量を増やしましょ」
「あびあびの鬼~」
「でも、本当に逃げちゃってよかったのかな?」
「いやいや、俺たちじゃアレには太刀打ちできないし、百々から送られてきたマップだと、この周りにゃ俺たちしかいないらしい。なら、合流を優先させるべきだろ」
「それもそっか。てかさ……そもそもの話、これ本当に動くの?」
「わからん……能力がどこまで応用がきくか……だな」
「免許の縛りとの兼ね合いもね」
「動かないなら、バイクで逃げるしかないが……」
「三葉虫だらけで、事故る気配しかなかったものね」
「さっ、そうと決まればさっさと始めるぞ。いくらアレがトロいとはいえ、チンタラはしてられんからな」
「おぉ!」
「……で、これは?」
「アイマスクと耳栓と鼻栓だよ?」
「……え?どうして?」
「さっきコンビニでかっぱらってきた」
「いや、そうじゃなくて」
「あびあび……この世には知らない方がいいこともあるんだよ?」
「……?」
「あっ、耳栓は能力名聞いてからつけてね?」
「え……は?」
「すまねぇ、助宗」
「……何?」
……。
……。
……。
「エロミツ!太鼓の音がだいぶ近づいてきたよ!!まだなの!?」
「すまねぇ!何回やってもピクリとも動かねぇんだ!」
「そんな……」
「くそっ!やっぱりいくら助宗の能力で強化されるとはいえ、無謀だったか……電車を動かすだなんて」
「なるほど……そういうこと」
「あっ、あびあび!目隠しとっちゃ駄目って言ったじゃん」
「いや、流石にずっとこう目の前でされてたら気になるわよ。江口……色々言いたいことはあるんだけど……アンタ馬鹿じゃないの?」
「……返す言葉もねぇ」
「たく、最初から全部正直に話しなさいよね……アンタたちは本当に仕方ないんだから……まったく」
「
「えっ?」
「はっ?」
「ほら、江口。もう一度拡張能力を発動してみて」
「えっ?えっ?あびあび何それ?」
「
「もう、時間がないんでしょ?ほら、早く」
「おっ、おぅ……」
「
2020年6月11日3時53分
「そない落ち込んで、どないしたん?」
「今ね、百々ちゃんからツレの位置が記された地図が送られてきたねんけど……ワテだけボッチやねん」
「あらまぁ、こりゃまた見事にハブられてるなぁ……嫌われてるんちゃいます?」
「そんなことあらへんて」
「でもほら、最近ずーっとダンマリだったでしょ?折角こっちがハナシ振ってやったのに、黙りこくってるもんだから、なんやコイツって思われてたんとちゃいます?」
「そりゃワテの口をパクったまま、ジブンがロストするからやろ」
「その節はえろうすいませんでした」
「不便何てもんじゃなかったからな!ようやくちょっと髪が生えてきたと思ったら、バケモノに襲われたタイミングで急成長するし。本当は昨日の戦いくらいには復活してたんじゃないの?」
「ヒーローはピンチに駆けつけるって相場が決まってますねん。でも、感動的やったろ?」
「まぁ……そりゃな」
「まさに涙なしでは語れない感動の再会って感じで、会いたかったよ~って大泣きして」
「そっ、そんなんじゃねぇし」
「てか、さっきからしゃべりかた~」
「他に人いないのに?」
「アタリマエですやん」
「はぁ~……なんでワテだけこんな目にあわんといかんねん」
「そない目クジラ立てんと仲良くしましょ」
「誰のせいやと思ってんねん」
「そんなつれないこと言わんといて。でも、こうなったのも、能力でボクが宿ったのもある意味で必然やねんで」
「どういうことやねん」
「ほら、よく言うやろ?
「なんべん言わすねん、
「疫病神だなんてヒドイ……頭上で
「共生じゃなくて、寄生な」
「しっかし、久しぶりに戻ってきたけど、やっぱ正直の頭が一番落ち着くわぁ」
「そりゃ帰省って……やかましいわ!」
「さっ……こうしている間にも大分数が減ってきたなぁ……あと一息やね」
「そうだな……あれ?電車?」
「えっ、ホンマ?片目を拝借してっと……あらま、ホンマですやん」
「おまっ!自前の眼があるやろ!」
「ボク両目とも視力0.01やねん」
「嘘こけ!てか、絶対に今ロストするなよ!」
「絶対の絶対?」
「……」
「冗談ですやん、怖いなぁ。ほいじゃ、軽くこいつらノシたら、見に行きましょか」
「たく、お前は……そうだ、さっきは言いそびれたけど……さ」
「何ですのん?」
「おかえり……ホエホエ」
「ただいま……三子神はん」
「行くで」
「おぅ!!」
2020年6月11日4時3分 鯨が丘海浜公園 海原グラウンド
人間、慣れというのは恐ろしいものだと常々思う。
目算で200m先。
そこには暗闇の中に灯る20匹のエイ。
そして、足元にはその比ではない数のエイの干物が積み上がっていた。
少し首を回せば、同じような光景がどこまでも広がる。
更に、エイたちが纏うのは紫雷に黒炎、濁流、竜巻、岩鎧とまさにより取り見取りだ。
そして、まるでリズムゲーのように順番に襲い来るエイたちを、背中合わせのサスケと共に切り伏せてゆく。
一斉に襲い掛かってこないのは傲慢か温情か……いずれにしても、こちらとしては助かることには違いない。
すでに一時間くらいは経過しているだろうに、その数に限りは見えず、どこからか集まってきているのか、むしろ数が増えている気さえする。
いっそ可笑しくて笑ってしまいそうだ。
笑いを堪えながら、すっと軽快に卒業証書の蓋を振り抜く。
実際にさっきまであんなに重かった腕が今では軽く感じる。
いや、わかってる。
単にランナーズハイになっているだけなのだろう。
限界はじきにやってくるだろう。
現にサスケはすでに満身創痍といった様子だ。
おそらく、振り回している得物の差だろう。
反応が遅れたサスケの代わりに黒炎を切り伏せながら、そんなことを考える。
一体いつまで続くのか。
いつになったら終わるのか。
終わりが見えない明日に向け、卒業証書の筒の蓋をただただ引き抜くのだった。
人間、慣れというのは恐ろしいものだと常々思う。
かつての恐怖の対象を前にし、今では一歩踏み込み自分から近づいて斬りつける。
いや、恐怖が無くなったわけではない。
そうしなければ処理が追い付かないのだ。
迫り来るエイは段階的に飛翔速度を上げ続け、四方八方から矢継ぎ早に押し寄せる。
それはもはや弾幕といった様相で、上空から俯瞰すれば、きっと見る者に某理不尽系シューティングゲームを思い起こさせることだろう。
俺は我武者羅に蓋を振り回し、音を頼りに直観と反射だけで対応する。
それでも処理は追い付かず、優先度の低いエイの攻撃が掠り始め、生傷が絶えなくなってきており、自分の赤い血とエイの青い血で、自分の腕が赤紫に染まっているのを感じる。
辛くなったのはエイの圧が上がったせいだけではない。
少し先に転がるは、おにぎり顔の大男。
そう、ついにサスケが倒れてしまったのだ。
岩鎧の体当たりをモロに食らって吹き飛んだのだが、それからピクリとも動かない。
本当は今すぐにでも駆け寄りたいが、それをエイが許してくれるはずもなく、気絶しているだけなことをただただ祈る。
エイのヘイトが俺にだけ集まっているのが、不幸中の幸いだろうか。
迫り来るエイの弾幕の中、一人腕を振るう。
そして、どれくらいの時が経ったのだろうか。
何事にも終わりが来るというもので、エイの数が数えられるまでに減り、一生食うには困らないだろうほどのエイの干物が周りで山積みになり、俺の身体で赤紫じゃないところを探すのが難しくなった頃……。
ソイツは現れた。
最初に違和感を捉えたのは耳だった。
複数の金属が擦れる音。
少しだけできた余裕で、そちらを見れば……。
鎧武者が立っていた。
「……糸出さん?」
だが、鎧武者は
そして、返事の代わりに手に持った采配を振るえば……。
エイたちが光り輝き始めると共に、紫雷や黒炎は勢いが増し、竜巻や濁流はその速度をあげ、鎧岩は隙間から黒いガスを噴き出し始めた。
さらにエイたちは近くにいた者同士で隊列を組むと、一斉に動き始めた。
「くそっ!ここにきてパワーアップかよ」
泣きたい気持ち抑えながら卒業証書の筒へ手を宛てがい、腰を落として待ち構えるも、何かがオカしい。
エイたちは俺から2mとちょっとの距離をとって、それ以上近寄ってこないのだ。
こちらの有効射程を理解しているのか、俺が一歩踏み出す
まるで俺を囲う檻のようだった。
何故襲ってこないのだろうか。
不思議に思うも、その理由はすぐに判明した。
鎧武者がその腰に据えた鞘から刀を抜きだすと、ゆっくりと歩を進め始めたのだ……サスケへ向かって。
「サスケッ!」
悲痛な叫びをあげるも、サスケは今だ地べたに倒れこんでおり、動く気配はない。
鎧武者はこの状況を楽しんでいるのか、片手で顎を撫でながら、ゆっくりとゆっくりと近づいていく。
俺は意を決し、鎧武者とサスケの方向へ向かって走り出す。
それを合図に、俺を囲むエイたちが一斉に動き始めた。
一歩踏み出す度に大きくなっていくエイの姿。
横や後ろで雷や炎の音が近づいてくるのも捉える。
目算距離1m。
卒業証書の筒の蓋を引き抜き、景気の良い音を轟かせながら……俺はその場で一回転した。
生々しい音を立てながら、地面へ沈むエイたち。
一寸のズレもなく同時に襲い掛かってきたのが仇となったな。
若干足がふらつくのをぐっと堪え前を向けば、鎧武者と目が合う。
鎧武者は阿修羅の面の奥で、にやりと
瞬間、全身を襲う衝撃。
肺に溜まっていた空気が一気に押し出され、気が付いたときには……俺は地面に伏していた。
一体何が起きた!?
どうやら何かに下敷きにされているようで、ミシミシととんでもない重量が痛みを伴って全身を襲う。
さらに黒いガスで視界が覆われれば、咳き込むと同時に指一本動かせなくなる。
なんとか目線だけ上にあげれば、黒いガスを噴き出す岩鎧のエイの姿。
くそっ、一体どこに!?
鎧武者は何が可笑しいのか大笑いしており、その後すっと上を指さす。
そうか、上か。
いつの間にか一匹だけ空にいたということか。
鎧武者が大笑いしたのは、作戦が上手く決まったからだろう。
鎧武者は勿体ぶった足取りで、ゆっくりゆっくりとこちらへ歩み寄ってくるのだった。
一歩歩く度に、死が実態をもって近づいてくるのを感じる。
俺は何とかエイから抜け出そうとするが、ガスの作用のせいで身体が言うことを聞かない。
また、エイは全体重を乗せているのではなくていまだ浮かんでいるらしく、俺が抜け出そうと足掻けば足掻くほど、のしかかりの圧力を高めてくる。
脂汗が額を伝う中、せめてもの足掻きで鎧武者を睨みつける。
鎧武者はこちらの表情を楽しんでいるようだ。
そして、ついに鎧武者は俺の目の前まで来た。
ギラリと不気味に光る刀には、俺の苦悶の顔が歪んで投影される。
くそっ、ここまでか。
鎧武者は刀を両手で握り直すと、上段に構え……。
思い切り、振り下ろす。
最早ここまでか、そう思ったその時……。
「じんすけ!!」
鎧武者が大男の突進を食らい、こちらへ倒れこんできた。
衝撃で岩鎧のエイが若干ぐらつく。
だが、鎧武者はすぐに体勢を立て直し、一歩踏み込んで返す刀でサスケに斬りかかろうとするが、サスケの方が一歩早かった。
サスケは鎧武者の腕や肩を掴み、鎧武者が一歩前へ出しかけた足へ自身の足を宛がえば、そのまま足を払う。
バランスを崩したかと思えば、無様に地に沈む鎧武者。
「へへ、燕返し……成功」
「サスケ!!」
だが、そこまでだった。
「うぐっ!!」
倒れこんだ鎧武者が腕を突き出せば、サスケの足に深々と刺さる刀。
さらに俺へかかっていた圧力が無くなったと思えば、岩塊がサスケを吹き飛ばす。
鎧武者はこちらを一瞥したあと鼻を鳴らして笑う。
釣られて目線だけ動かせば、俺の左手に握る卒業証書の筒は……ぺしゃんこに潰れていた。
鎧武者は最早俺は脅威ではないと思ったようで、くるりと身を翻せば、岩鎧のエイを引き連れサスケの方へ向かい始めた。
サスケは悲痛な叫びと共に刀を引き抜き立ち上がると、鎧武者に向けて構える。
しかし、その足取りはおぼつかず、頭を打ったせいで軽い脳震盪が起きているのか、全身がプルプルと震えている。
俺は立ち上がって追おうとするが、いまだ足に力は入らない。
ただ、少しずつだが腕や指が動かせるようになってきた。
しかし、代わりに燃えるような痛みが全身を襲う。
そうしている間にも、二本目の刀を抜いた鎧武者の後ろ姿が少しずつ遠ざかっていく。
身体が燃えるように痛い。
少し動かすだけで、全身がバラバラになってしまいそうだ。
だが、動かねばならない。
左手は……まだ動かない。
右手は……激痛が走るが何とか動く。
奴は油断している。
今なら決まる可能性は高い。
全身を襲う激痛に耐えながら、やっとの思いで右手を動かす。
そして、右掌をそっと口にあて、蓋をする。
「
鎧武者が勘付いたようで、岩鎧のエイが盾として立ちふさがろうとするが……もう遅い。
放るように腕を横一文字に振り切れば、少し遅れて鎧武者は具足を置き去りに前へ倒れ、真っ二つになった岩鎧からは黒い煙が勢いよく噴き出す。
一瞬にして視界が黒い煙で埋まるが気にせずに、再度口に掌を戻し、くぐもった声と共に腕を振り抜いた!
……。
煙が晴れた時、そこには地に沈むエイとバラバラになった鎧……そして、コソコソと逃げるヤドカリの姿。
「やっぱこいつだったのかぁ」
サスケがそう呟きながら刀を振り下ろせば、短い断末魔とともヤドカリは沈黙したのだった。
「だいじょうぶかぁ!じんすけ!!」
サスケが足を引き摺りながら近づいてくる。
「まだ……ガスのせいで上手く動けないけど、たぶん。そっちこそ大丈夫?」
「あぁ、大丈夫大丈夫だぁ」
サスケは気丈に振舞うが、その青白い顔やいまだ流れ続ける血を見るに、どう考えても強がりだろう。
そんな状態のサスケに頼むのは聊か腰が引けるのだが、一つ頼みごとをした。
「悪いんだけど、足を曲げてもらえる?」
「いいけど、覚悟しとけよ?」
意図と意味を察したのか、見るからに痛そうな顔をするサスケ。
「いででででででででで」
悲鳴をあげながら、そっと口から掌を離せば、地面は……切れていなかった。
「解除完了……っと」
「助かったよ」
サスケに支えられて立ち上がる。
「しっかし、よくできたなぁ。自分を鞘に見立てるなんて」
「思い付きでやってみたけど、上手くいってよかったよ。多分、全身が血で染まってなければ駄目だったろうね」
「おかげで助かったよぉ。さっ、敵も倒したし戻……何だアレ?」
サスケが指さしたのは、地面に描かれた複雑な模様のサークルだった。
サークルは不思議な光を立ち昇らせている。
あんなものはさっきまではなかったはずだ。
「あぁいうのって、ゲームとかじゃ帰還の魔法陣なのが定番なんだけどさ」
「この世界じゃあ怪しいよなぁ」
「とはいえ……」
目が行くのは、サスケの足。
いつの間にか布でキツク縛られているものの、その布は赤く染まっており、一刻でも早く治療した方がいいのは間違いないだろう。
“キーンッコーンカァンコーン”
そのタイミングでチャイムが鳴り響く。
「予鈴か」
「時間もないし、その傷じゃ早く戻った方がいいだろ」
「イチかバチか……この世界の善意に期待だなぁ」
「流石にそこまで意地……」
そこまで言った時だった。
視界の端を何かが泳ぐ。
反射的にそちらを見れば、そこには6本の脚をセカセカと動かす3匹の昆虫の姿が。
サスケと顔を見合わせ、昆虫へ向かって一歩踏み出す。
だが、昆虫はいつの間にか出現した黒くて禍々しい光を放つサークルの中へと入ると、一瞬にして消え去った。
「カゲロウ……」
思わず苦々しく呟いてしまう。
「カゲロウはやばいよ。しかも3匹……」
サスケが青い顔をするのも無理はない。
「黒いサークルの中に消えてったけど……」
「きっと罠……だよな」
そうだろう……あんなのはどう考えても罠だろう。
どこに飛ばされるのかなんてわかったもんじゃない。
何より、もう予鈴は鳴ってしまった。
時間がないのだ。
だが……だが、カゲロウは駄目なのだ。
そうしている間にも、黒いサークルは徐々に小さくなっている。
悩む余地はない……か。
「追おう」
どこか悟った顔のサスケがそう告げた。
「いや、一旦皆と合流しよう」
だが、それは否定する。
「だけど、カゲロウだぞ!時間もないんだぞ!」
「情報の伝達が先だ。百々さんにマップ上へ表示してもらって、糸出さんの能力で撃破しにいく……それが最善策だろ?」
「でっ、でも……」
「何より、俺はまだ身体が麻痺している上に武器が無くなり、お前は満身創痍だ。そして、もう予鈴は鳴った。今は一分一秒が惜しい」
「わかったよぅ……」
どこか納得のいってない様子のサスケを連れ、不思議な光を放つ方の魔法陣の前に立つ。
そして……そっと、サスケを押し出すのだった。
驚いたように振り返るサスケ。
察しがついたのか、慌てて俺を引き入れようとするが、その太い指は謎のバリアに弾かれる。
よかった、こういうタイプか。
これなら安心だ。
徐々に強くなる光。
「何やってんだよ!じんすけ!」
「やっぱカゲロウは放置できないよ」
「だからって!じゃあ何でおれだけ押し込んだんだよ!」
「だって、転送先があのサークルを通らなきゃ行けない場所だったら……詰みだからさ。それにカゲロウの他のバケモノがいるかもしれない……その時にそのケガじゃマトモに戦えないだろ?」
「それを言うならおまえだって!」
「大丈夫、少し痛むだけさ」
「何言ってんだよ!それに卒業証書の筒だってぺしゃんこになってたら戦いなんて」
「武器ならあるさ」
鎧武者の所へ行き、その鞘を拾い上げる。
「悪いけどさ……皆にはすぐに追ってくるって伝えてくれ。じゃあな、サスケ」
そう別れを告げれば、サークルは一層強い光を放ち、次の瞬間にはサスケはサークルと共に消え去った。
……。
「大見得を切った手前頑張らないとな……さてと、さっきはああ言ったものの、やっぱこっちだよな」
ずしりと重みを感じさせられる鞘をその場で捨てると、盟友の元へ歩み寄る。
そして、
それは誰もが一度は目にしたことのあるだろう、黒い円筒状の物体。
卒業証書の筒だった。
「さいごまで頼むぜ、相棒」
そう独り言ち、くたくたになった卒業証書の筒に蓋を嵌めて腰に据える。
「鬼が出るか蛇が出るか……一世一代の大勝負だ」
そう呟きながら、すっかりと小さくなってしまったサークルへ足を踏み入れる。
サスケが乗ったサークルと違い、一瞬にして視界が逆転する。
そして、俺……脇崎甚輔のさいごの戦いが始まるのだった。
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