28 少年の告解と存在しない少女③

2020年6月10日3時33分 二姫ヶ原ふたひめがはら総合病院 屋上



 「ここも久しぶりだな。相変わらず風が心地よい」

 「部活が無い日は病室からすみを連れ出して、他愛もない話をしたよな」

 「覚えてるか?澄玲がどうしてもって言うもんだから、一回だけ文香の店のドーナッツを買ってきてさ」

 「結局、看護師さんにバレて、大目玉くらったよな」

 「あれ以降、事あることに澄玲はドーナッツをねだってくるようになってな」

 「随分と頭を悩ましたもんだ」

 「あぁ……あの頃が懐かしい」


 「タカ!!」

 涼介の呼びかけに反応し、一人ことを紡いでいた崇はクルリと身体を翻す。

 その表情は能面のようで、何を考えているのか読み取れない。



 「あぁ、そうだな。始めないとな。早くしないとサンマを受け持ってくれてる、ほかの皆に悪いしな。ジンスケもついて来てもらって悪いな。拡張能力の発動にはあと一人必要だったからさ」

 「いや、それはいいんだけど。崇……いつの間に拡張能力なんて」


 「最初からかな」

 「最初……から?」


 「あぁ、三子神の話を聞いて、すぐに推察して……正解を引き当てたよ」


 「じゃあ、何で周りに黙って」

 「必要なかったからな」


 「……え?」


 「俺の拡張能力は涼介がいないと意味がない。なら、周知する必要もないだろう?」

 「だからって、先月からは涼介だっていて」

 「俺……いや、俺たちの能力には使える回数に制限がある。涼介に伝えていれば考えなしに使おうとするだろ?だから、本当に必要な場面が来るまで黙っていたんだ」

 「それが今回ってこと?」


 「……いや、本当は前回のウニの時だったんだと思う」

 「ウニ?だけど倒したじゃないか」

 「あぁ、林の機転でジンスケが倒した。だけど、本来は俺たちの能力で倒すように設計されたバケモノだったんだと思うんだ」

 「設計って……そんなゲームじゃあるまいし」

 「だけど、実際に今回は前回よりも高い位置に、前回の方法では倒せないように出現した」

 「たまたまじゃないのか?」

 「……どちらにしても、今回のウニを倒すには俺たちの能力を使うしかない」

 そう言うなり、崇は涼介の方をしっかりとした目つきで見据え……。


 「なぁ、涼介。思えば俺たちの付き合いも長いよな。小中高と同じで部活も一緒……月並みな言葉だけど、俺はお前のことを親友だと思っている」

 そう告げるのだった。


 「何だよ、突然。俺だってそう思ってるよ」

 「だけど、俺はこれから親友を失うことになる」

 「は……何言って?」


 「己の心に秘めし罪を禍球として顕現化。そして、己の罪を告解することによって、禍球は抱く罪悪感の大きさに比例して肥大化する」

 「おい、タカ何言って」


 「その後3秒以内に禍球を相手へ向かって投げ、相手がそれを受け止められなかった場合、暴投となり禍球は相手を襲う」

 「体で受け止められても、心で受け止められなければ捕球はできない……」

 涼介がぽつりとつぶやく。


 「あぁ、身体能力や動体視力の強化は、キャッチボールに耐えるためのあくまで副次的なものだ。そして、もし、相手が体と心の両方で受け止められたら、3秒以内に返球しそれを最大で3回まで繰り返し」

 「その度に威力と飛距離は飛躍的に上がっていく……」

 「そして、3往復して返ってきた禍球は珠玉と成りて、如何なる障壁をも打ち破る」


 「能力の名は……」


 「言球UL BET遊戯mate審判之天秤ジャッジメイトリブラ】」

 虚ろ気に涼介が呟けば、右掌を覆うように出現したのは白い光を放つグローブ。


 「これが俺の能力?」


 「あぁ、言球CROSS lose遊戯fiend告解之牡羊バープアリエス】と対になるお前の……いや、俺たちの能力だ」

 能力名を呟いたためか、崇の左手にも黒い光を放つグローブが出現する。

 そして、禍々しい黒い光を放つ球をグローブの中で跳ねさせ始める。


 「何なんだよ、この能力。チートパワーなだけの能力じゃなかったのかよ!」

 「ずっと……ずっとお前に黙っていたことがある。それをいつか伝えなくてはとずっとずっと思っていた。あの時だって、本当は言わなくちゃいけないと思っていたんだ……だけど、伝えることができなかった。だから、きっとこんな能力が発現したんだろうな」


 「言わなくちゃいけないこと?澄玲のことか?それとも水品さんの」

 「両方だ……いや、それだけじゃない……それだけじゃないんだ」

 そう言うと、天を見上げる崇。


 「俺はお前を騙し、利用してきた。お前だけじゃなくて、澄玲も。今からきっと俺のことを嫌いになるかもしれない、許せないと思うかもしれない」

 そこまで言うと、まっすぐと涼介の方を見据える。


 「だけど、もし受け止めきれなかったら、俺の能力はお前を殺してしまう。さっきはさ、お前に能力のことを教えなかったのは回数制限があるからと言ったけど、違うんだ。成功しても失敗しても俺は親友を失うことになる。それがどこまでも怖かった」


 「いやいや、俺がタカのことを嫌いになるはずないっしょ」

 「俺はお前が思ってるような人間じゃないんだよ……」

 「だけど、俺たちがやらなきゃいけないんだろ!俺を信じてバッチ来いってんだ!それに急がなきゃ、れん君たちの負担も大きくなるってんだから、さっさと始めようぜ!」

 「そうだな。始めよう……」

 そう言うと、崇はグローブの中の黒い球をじっと見つめる。



 「なぁ、涼介知ってたか?俺のくそ親父とお前の母親……不倫してるって」

 「……は?何言って?」

 「高校入学前の話だからもう3年以上だ……いや、俺が知ったのがそこだから、もっと昔からかもな……俺は知りながらもずっと黙っていた……俺が言わなきゃ、うちのお袋が気づくことはないだろうしな……笑えるよな、自分の夫が残業だと嘘ついて他の女と会ってる中、お袋は飯も食わずにずっと待ってるんだぜ……だけど、俺は黙っていた……家庭が壊れるのを恐れたんだ……でもさ、お前の今おばさんのお腹の中にいるのは誰の子なんだろうな」

 崇がぽつりぽつり呟く度、グローブの中の禍球が少しずつ大きくなっていく。


 「なるほどこうなるのか……3秒だ、受け取れ」

 大きくなる禍球をじっと見ていた崇はそう呟くと、ごくりと唾を飲み込む。


 そして、腕を軽く振り……禍球を放った。


 が、禍球は豪速球並みの唸りをあげながら、一直線に涼介へと飛んでいく。


 「うぉおっと!」

 それを危なげなく捕球する涼介。


 「へへへ、動体視力上がってなきゃやばかったかもな。能力に感謝感謝っと……やっべ、3秒以内に返球だっけか」

 返ってきた豪速球を、こちらも危なげなくキャッチする崇。

 が、崇は目を見開き、パチクリさせていた。


 「涼介……もしかして、知っていたのか……その」

 「いやいや、初めて知ったし、めちゃんこ驚いたぜ」

 「だったら……何で?」

 「まぁ、うちの母ちゃんなら不思議じゃないかなって……なんか、昔も相当色々あったみたいだしさ。それにさ、悪いのはおじちゃんと俺の母ちゃんだ。タカ、お前が責任に感じることじゃないだろ?」

 「だけど、俺はずっと黙って」

 「いやいや、あのおばちゃんがこんな知ったら倒れちゃうだろ?そんなことになったら澄玲が悲しむし、しょうがないって……あ~、でも、ずっと秘密にしとくわけにもいかないか。……よし、とりあえず、元の世界に戻ったらおじちゃんと母ちゃんを一発ぶん殴るから、そのつもりでよろしく!」


 「涼介……」

 「ほら、大丈夫だったろ?さっ、次、次!3往復しないとウニまで届かないだろ?もっとヘビーなのでも大丈夫だぜ」



 「そうか……なら……お前の知っての通り、俺とお前の妹は付き合っていた」

 「あぁ、澄玲はいつも楽しそうにお前のことを話してたよ」


 「だが、それは証拠集めに使えると思ったからだ。お前はすぐに外でサッカーしに行くから、お前の家に留まる理由が必要だった。病気がちな澄玲はその点都合がよかった。ただ、それだけなんだ。昔から澄玲がこちらに好意を抱いてきているのは、何となくわかっていた……だから、付き合った。澄玲に情があったわけじゃない。恋だの好きだの、純粋な気持ちじゃあなかったんだよ。無邪気に笑う彼女に、俺は嘘をつき続けた」


 肥大化する禍球をグローブが震えるほど握りしめると、涼介へ向かって大きく振りかぶる。


 空を裂く鋭い音がしたかと思えば、涼介のグローブに幾分灰色になった禍球が収まっていた。


 再度目を見開く崇。


 「俺の家での証拠集め?情が無かった?じゃあ、何で澄玲が入院してからも、頻繁に会いに行ってやってたんだよ!」

 涼介はそう叫びながら、鋭い返球すれば、崇もそれを捕球して口を開いた。


 「それは不自然じゃないように……だが、俺が澄玲に抱いていたのは、恋人への好意じゃなくて妹に対する好意みたいな」

 「いいんだよ!それで!」

 「お前何言って!?」

 「タカは昔から難しく考えすぎ!そっちがどう思っていようが、ずっと憧れだったタカと恋人になれて、澄玲が幸せだったのは紛れもない事実だろ!何が問題なんだよ!」

 「いや、問題だろ。実は黙ってたけど、俺には他に好きな人が」

 「水品さんだろ?」

 「何で知って!?」

 「いや、呼び方!」

 「呼び方……?」

 「文香だよ、文香。なぁんで名前呼びになってんだよ!いくら俺でも気づくよ!」

 「そうか……俺は皆の前では苗字で呼んでいたんだな」

 「いやいや、何変なこと言ってんだよ」

 「……すまない。だから俺は澄玲の好意を裏切って、文香を好きに」

 「真面目かよ!いやいや、人間なんだからさ、そういうことだってあるっしょ。ましてや俺たち恋多きティーンエイジャーだぜ?」

 難しい顔で灰色の禍球を見つめる崇に向け、おどけた口調で語る涼介。



 「……で、最後は水品さんのことか?」

 「そうだ。俺は水品文香と付き合っていた」

 「かぁ~、マジかよ。いつから」

 「4月の半ばから……かな」

 「こっちに来てからか……そっか」


 「……それだけか?」

 「うん?」


 「いや、お前が文香のことを想っているのはずっと知っていた。そばで見ていたからな。なのに俺は文香と付き合い始めた。それなのに、それだけなのか!?」

 「いやいや、こんな異常事態で頼りがいのあるタカがいりゃあ、そりゃあ靡いちゃうっしょ。そりゃさ、ちょっとはショックだったけど……俺は水品さんとお付き合いしてたわけじゃないし、そもそも、その場にいなかった俺に何か言う権利ねぇよ」

 「……」

 「……え?むしろ、こっちがそれだけ?何だけど。えっ、これ3往復目いける?」


 「……ぅじゃない」

 「……?」


 「そうじゃないんだ!俺が文香を好きになったのは、きっと……お前が好意を寄せていたからなんだ!考えてみれば、澄玲もそうだ。お前の大切な妹だから付き合おうと思った。そうなんだよ……他人の大切な物を欲しがる……俺にも、あの汚らしい親父の血が流れてるんだよ……俺は……俺はどうしようもなく醜い」

 呟く度どんどんと大きくなる灰色の禍球。

 グローブからはみ出さんばかりに膨れ上がっていく。


 「そして、彼女はもうこの世にいない。ジンスケたちには、文香を殺したのは俺たちだと言った。でも、そうじゃないんだ……彼女を殺したのは……俺なんだ」

 そこまで言うと、思い切り腕を振り抜く崇。


 鼓膜を震わす爆音と共に、涼介が後ろに吹っ飛ぶ。


 「涼介!!」

 白い顔をした崇は涼介の元へ駆け寄ろうとするが……


 「たく……投げるなら投げるって言えっての」

 むくりと起き上がった涼介は、白く輝く球を収めたグローブを上に掲げる。


 「お返しだ!取り損ねんなよ!」

 そして、すぐに振りかぶれば、再度巻き起こる爆音と、後ろに吹き飛ぶ崇。


 だが、そのグローブの中には白く輝く球が収まっていた。

 そして、白く輝く球は心臓のように脈動を打ち、その度に周囲の空気が揺れているのを感じる。


 「崇!」

 「わかってる!」

 崇は不格好ながらもどこか様になるフォームで、空へ向け大きく腕を振る。


 瞬間、ジェット機のような音と共に、空を割ったのは一筋の光。


 遅れて、遥か遠くで聞こえた爆発音。

 何かの破片がパラパラと地上へ降り注ぐ。



 しばらくすれば、涼介のスマホが震える。

 「へへ、討伐完了だってさ」

 そして、にこやかに笑うのだった。


 「涼介……何で……俺は文香を殺して」

 「崇のことだから、きっと故意的に殺したわけじゃないんだろ?なのに、責任感じてる……違うか?」

 「いや……だけど、実際……文香は俺が殺したみたいなもので……それに、黙って付き合ってたことも……澄玲があんな状態なのに、俺の気持ちは文香にあって……俺はずっとお前に謝りたくて」


 「かー、ったく、だから深く考えすぎ!言ったろ?俺がタカのこと嫌いになるはずないって」

 「……そうか」


 「まぁ、でもさ……澄玲にはもう少しだけ夢見させてやってくれねぇかな。そんでさ……元の世界に戻れたらさ……最期くらい、一緒に居てやって欲しいかな……」


 「あぁ……分かっている」

 「そっか……センキュな」


 その後も、床に腰掛け何かを話し始める二人。

 これは流石にもう俺は必要ないだろうなと思い、そっとその場をあとにするのだった。




2020年6月10日7時30分 調理実習室



 「揺蕩う胡蝶バタフライイン夢現アンバードリーム?」


 「あぁ、それが彼女……水品文香の能力名だ」

 皆の前でそう話す崇。


 「えぇっと……確認なんだけど、本当にうちのクラスの生徒なのよね?」

 不思議そうな顔をしながらそう尋ねる助宗さん。


 「あぁ、そうだ」

 「悪いんだけど、まったく記憶にないんだけど?」

 「それが文香の能力だったからな」


 「?」

 「意識を失った際、自身の身体を無数の胡蝶へと変え、それを自由に操る能力。胡蝶は空を飛べ壁もすり抜ける。そして、全ての胡蝶の知覚は共有される」

 「偵察にうってつけの能力だな」

 「あぁ、実際索敵や偵察は文香が担当していたはずだ」

 「それなら覚えていそうなもんだけど。てか、記憶がないのとどう関わるのよ」


 「彼女の能力の本質は、他者の夢に介入することだった」

 「……夢に?」

 「あぁ……意識を失えば無数の胡蝶になる。それはつまり、睡眠時も発動するということだ」

 「ふむ……もしや」

 「文香は俺たちの夢に介入して、悪夢を取り除いて回っていた。不思議じゃなかったか?最初のウェーブで何人死んだ?その後一週間でどれだけ増えた?今まで死体を見たことはあったか?千切れた肉片を拾い集めて墓に埋めた経験は?」


 「……あるはずがないだろう?俺たちはただの高校生だったのだから。にも拘わらず、なぜ精神を安定させられる?どうして平穏な生活をおくれる?」


 「全部文香のおかげだったんだよ。胡蝶の鱗粉には睡眠を誘う副次的な効果もあった。だから、文香は誰よりも早く眠り、周りの悪夢を懸命に取り去っていた。だが、文香本人は?彼女は精神安定の恩恵を受けられないどころか、能力のせいで眠ることすら出来なくなった。たとえ身体は休まったしても、心は休まらなかったはずだ。おかしくなっても不思議ではない。それでも、文香は懸命に周りのために働いだ」


 「そして、この能力には大きなデメリットがあった。それは……能力を使えば使うほど夢とうつつの境は曖昧になり……文香が夢の住人になっていくんだ」

 「それで全員が忘れているということか……」

 「あぁ……夢の内容なんて、不思議なほどにすぐ忘れるもんだろ?」


 「1週間で皆が苗字で呼ぶようになった」

 「2週間で文香の分の食事が用意されなくなった」

 「3週間で不審者として取り押さえられた」

 「4週間で意識しなければ姿すら認識できなくなった」

 「それでも文香は皆のために身を粉にして働いたよ。そして、5週間がたち、あの悲劇が起き……ついに文香は……自ら命を絶った」


 そこまで告げると、すすり泣き始める崇。

 しんとした部屋にその音は嫌に響き渡る。


 なんといっていいのか分からない。

 それは皆も同じなのか、何とも言えない顔をしている。

 しかし、まさか自殺者が二人もいたなんてな。


 「オレたちが水品のことを忘れていないのは、一度も能力を受けていないからか?」

 「……あぁ、そうだろうな」

 「貴様が覚えているのは?」

 「せめて、俺だけは覚えてなくちゃいけないと思って、必死に日記に綴ったからさ。思い出せる限りの彼女との思い出や、夢の中でした話やデート……兎に角どんな些細なことでも何でも書いた。でも、それを読んでもどこか現実感が無くて……なんかうすら寒いんだ。それでも、どんどん記憶から消えていく」


 「そして、彼女が命を絶ったあの日……俺は祠があった穴の前に呼び出された……そして、お別れを告げられた……はずなんだ。俺は必死に止めたさ、でも彼女は他の皆はともかく、これ以上俺の記憶から消えるのは耐えられないって……そう告げると、穴の中へ飛び込んだ。俺は慌てて駆け寄って、彼女の左腕をで掴んだんだ。だけど、彼女は二度首を振るとゆっくりと口を開いて何かを告げ……そこで俺は目が覚めた」


 「一体どこからが夢だったんだろうな……今では彼女の顔さえも思い出せない……最初から全部夢だったんじゃないかとさえ思ってしまうだ」

 そこまで告げると力なく椅子に座り込む崇。

 端から見ていても不安に感じてしまう焦燥ぶりだ。


 「何だ、顔が見たいなら最初からそう言うがよい」

 何でもないように呟くケイト。


 「瞬きする間に終わるこの喜劇はブリンキングやがて名作として眼裏シアターに投影される」



 調理室の壁に映し出されたのは二人三脚でグラウンドをモタモタと走る三月さんと見知らぬ少女だった。おそらく、これが水品さんなのだろう。


 「う~ん……見たこと……あるような」

 「でも、何か懐かしい感じがする」

 ポツポツと周囲から感想が漏れだす。

 俺も言われてみれば、この前ケイトに見せてもらった……気がする。

 何とも不思議な感覚だ。


 「それにしても三年の体育祭か、懐かしいな」

 誰かが呟くが、たしかに懐かしい。

 そういえば、崇と本格的に仲良くなったのも、この二人三脚からだったな。


 当の本人は声にならぬ声を出しながら、咽び泣いていた。


 「オレの記憶にある限りではあるが、希望するならいつでも見せよう」

 「ありがとう……ありがとう」

 そう言いながら、崇は眼帯を外す。

 すると、もう片方と変わらぬ眼が姿を現した。

 だが、どこか現実感のないように、虹彩が縮んだり広がったりを繰り返している。


 それからも続く上映会。

 画面が切り替わる度、崇は咽び泣き、周りからは感嘆のような感想が漏れ出る。


 そして、3年間同じクラスだったのもあって、やけに俺の出番も多い……というか、ほとんど俺も一緒に映っているために、思わず止めたくなる場面もあったが、流石にこの雰囲気の中でそれをするほど空気が読めないわけじゃない。


 仕方なしに目を逸らすことによって対処すれば、どこか温かい目で見守る涼介と目があう。


 「やっぱ崇が殺したわけじゃなかったな」

 「そりゃそうだろ。タカだぜ?」

 「それもそうか」


 「しかし、まさか自殺とはね……二人目がいたとは」

 品のないメンバーが何が可笑しいのか、ニヤニヤしながらそう告げる。

 「二人目……?」


 「ほら……11組のいさふしさん」

 「はぁっ!?HoOL(ホーエル)の!?」


 「いや、まぁ……彼女については、本当に死んだのか分からないんだけどね」

 咄嗟に口をはさんでしまう。


 「どういうことだよ?」

 「いや……まぁ」


 思わず言い淀んでしまうのも無理はない。

 彼女については可笑しなことだらけだった。

 それは自殺疑惑だけではなく、態度も言動も……あの行動も。


 そして、何より。

 どうしても先々月の悲劇を……最初のビッグウェーブのを思い出してしまうのだ。


 だが、そろそろ俺も向き合わねばならぬだろう。

 それに、ケイトたちにもいつか話さねばならないとずっと思っていた。

 そのタイミングとしては……ちょうどいいだろう。



 何せ、明日6月11日には……3度目のビッグウェーブが訪れるのだから。



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