24 エピローグ②
????年?月??日 ??時??分 某所
月明りに照らされ長く伸びる三つの影。
「なぁ、本当にやるのか?」
「恩恵を受けておいて、対価を支払わないと?どうして中々に面の皮が厚いではないか」
「うっ……それは」
「もたつけば、その分だけ誰かに見つかる可能性が増すぞ?」
「……わかっ」
その言葉を待たずして、後ろのファスナーが閉められた。
そして、数歩歩いて洗面台の上に載った生首……いや、ミッツェルの頭を被る。
視界が大きく遮られ、新品特有のケミカルな臭いが充満すると共に、周りの音もくぐもるのを感じる。
「似合うではないか」
聞こえてくるのは笑いを堪えるような声色。
「うぅ……なんで俺がこんな目に」
「ジンスケはまだいいじゃないか。おれなんか顔出しなんだぞぉ!」
正面の鏡に映ったのは、パンツ一丁だけを纏ったサスケの姿だった。
丸々とした巨体に申し訳程度の面積の黒いブーメランパンツは破壊力抜群だ。
あまりに痛々しい姿に、思わず目を逸らす。
「言ってくれればいつでも代わるぞぉ?」
「それは駄目だ。ジンスケがネコなのが条件なのだからな」
「うぅ……なんで俺がこんな目に」
「さっきも言ったように、時間をかければ誰かに見つかる。さっさと撮影を始めるぞ」
しぶしぶながら移動し、スポットライトへと向かう。
スポットライトに照らされたのは、ネコの着ぐるみとパンツ一丁の変態。
スポットライトを作り出しているのは、どこからか持ってきた電気スタンドだ。
その傍ではケイトが椅子に座り、これまたどこからか持ってきたカチンコを握って足を組んでいる。
そして、傍らに立つ三脚には大きなビデオカメラが備え付けられていた。
そう、これこそがケイトの言っていた別プラン。
ビデオが無いなら、新しく撮ってしまえばいいじゃない……だ。
いやはや、何と言うか……ぶっとんでやがる。
知人同士の絡み映像とか誰得なんだよ!
そう思って江口にも確認したのだが、少し悩んだ後に個室に入っていった。
そして、返事の代わりに聞こえてきたのは……。
「
しばらくすると光り出す電気スタンド。
……マジかこいつ。
俺とサスケは個室の扉を白々しく睨むのだった。
とはいえ、協力しないわけにもいかないのだ。
江口の能力が使えなくなるのは困る。
何より、俺たちは先に報酬を受け取ってしまった。
報酬とはお菓子やジュースに菓子パン、ハンバーガーなどなど。
通常ならそんな嗜好品が助宗さんの検閲を通過できるはずがない。
では、一体どんな手段でそんなものを得たのか。
着ぐるみの中に入れておいたのだ。
つまり、糸出さんのおかげというわけだ。
糸出さんのパペットは、能力で操っていればバリアを通過する際に消滅しないらしい。
というよりも、糸出さんがバリアを
おそらく実際にバリアを潜っているわけではないのだろう。
元々は校内に無かったクマのぬいぐるみや二宮金次郎像が存在できるのも、この仕様のおかげだ。
そして、ここからが裏技なのだが、パペットの中に入っていた物は一緒に転移される。
つまり、消滅を免れるのだ。
いやはや、そんな抜け道があったとは。
なんでも今までも剣道の鎧にお菓子などを入れて密輸していたらしいのだが、今回パペットにしたミッツェルの着ぐるみは他の追随を許さない収納スペースを誇る。
つまり、これまで以上に多くの物を密輸できるというわけだ。
そして、ケイトはとある条件と引き換えに、そのスペースの一部を譲り受ける契約を交わしてきたそうだ。
そのとある条件というのが……これらしい。
いや、意味がわからん。
糸出さんは一体何を考えているのか?
俺にこんなことをさせて何が楽しいんだろうか?
やっぱ俺……嫌われているのかな?
とはいえ、誘惑に負け報酬を受け取ってしまった俺たちに最早拒否権などない。
大人しく演技するしかないのだ。
台本通り、洗面台の壁に手をつく。
その後ろに立つ変態。
どうしても目に入るのは鏡越しの変態……いや、サスケの顔。
サスケはゆっくりと俺の腰に手をやる。
「……うぅ」
「……うぅ」
互いに漏れだす声にならない悲鳴。
なんで俺がこんな目に……。
「なっなぁ、せめてマスクとかしちゃ駄目かぁ?」
せめてもの足掻きとサスケが宣う。
「駄目だ、どのナンバリングでも男側は顔を隠していなかった」
「そんなぁ……」
くそっ、せめてサスケの顔が覆われていればマシになるのに……てか、あのシリーズ全部見たのかよ!
「観念して始めるのだな。そうそう、この作品はセリフがあるのは
嬌声もないとかこのシリーズマジで頭おかしすぎだろ!
「しかしまさかこのような作品をオレが撮る日が来るとはな。ふむ……あの巨匠の意外な過去として、将来プレミアがつくかもしれんな」
そして満足気に頷くと、カメラのボタンを押し、カチンコを鳴らした。
「ちょっと待った」
がばりと立ち上がるサスケ。
「……何だ?」
カメラを止めると、不機嫌そうに呟くケイト。
「うぅ……せめてお前らは出てってくれよぉ」
「そっ、そうだそうだ。お前が見ている必要はないだろ!?」
「どの道編集の段階では見るのだぞ?であれば、実際に見ていた方が指示など出しやすいゆえに合理的だと思うが?」
「だからって友人に見られてやるの、おれ嫌だよ」
「俺も俺も」
「ふむ……個人的には合理性に欠けた判断のように感じるが……まぁ、よかろう」
そう言うと、個室から江口を連れ出す。
「では、しっかりやるのだぞ」
そして、そう告げるとカメラのボタンを再度押し、二人して退出した。
取り残された俺とサスケは気まずい雰囲気の中、意を決して再び体勢をとる。
「うぅ……何も考えないようにする」
サスケはそう言うと、今回密輸入したウォークマンのスイッチを入れる。
すると、耳につけたイヤホンからワルツのような音楽が漏れ始めた。
大音量にしているのか、ワルツに紛れセリフがこちらまで聞こえてくる。
「へへっ、手間取らせやがって。よく見りゃかわいい顔してんじゃねぇか」
さきほど漏れ聞こえたセリフを復唱するサスケ。
そう、作品をそのまま流し、そのセリフをなぞっていくスタイルなのだ。
まぁ、セリフとか短期間じゃ覚えられないし、覚えたくもないもんな。
ちなみに今回はサスケお気に入りの作品を落とし込んだそうだ……。
……何でワルツ流れてんだ!?
こいつはこいつでどんな色モノ見てんだよ。
そして、始まった地獄。
分厚い布越しに聞こえるのは、友人の声で囁かれる数々のセリフ。
まるで友人に口説かれているようで、全身が鳥肌で総立ちになる。
てか、今更ながらこれ俺が入っている必要あったか?
ただの着ぐるみでよくない?
たしかに今とっているような体勢は中身がないとできないかもしれないが、それこそ糸出さんが操ればいけるではないか。
いや……糸出さんの能力だと視覚や聴覚を共有してしまう。
彼女にこんな思いをさせるわけにはいかないか。
そして、俺は考えるのを止め、サスケに身を任せた。
まな板の上の鯉のようにされるがままだ。
なに、じっとしていればいいのだ。
ほら、よく言うだろう?天井のシミを数えていればすぐ終わるって。
思考を停止させ、地獄が終わるのをじっと耐えて待つ。
だがこの時の俺は、この後にさらなる地獄が待っていることに気づきもしなかった。
「めぐり……?そこにいるの?」
ふいに聞こえたしっとりとした馴染み深い声。
恐る恐る首を回せば、入口にイインチョが立っていた。
流石に状況を把握できないのか、目を点にさせている。
「こんな時間にこんな場所で何……しているの?」
そしてそう告げるが、その言葉そのまま返すよ!?
だって、ここ男子トイレだよ!?
いや、大方予想はできる。
きっと百々さんがまた迷子になったのだろう。
それで探していたと。
いやいや、流石に男子トイレに迷い込むことはないだろ……とは言い切れないのが、百々さんの怖いところだ。
てか、ケイトと江口は何してんだよ!
入口を見張っててくれてなかったのかよ!
「佐々木君と……もしかして脇崎君?」
更に最悪なまでの勘の良さを見せるイインチョ。
すぐに弁明するために身体を起こそうとするが、強い力で床に押さえつけられる。
「はぁはぁ……逃げようとしても無駄だぜ」
俺に乗っかったまま、セリフをなぞるサスケ。
「おい、サスケ!いったんストップ!」
「今更止めようなんて言うなよ。先に誘惑してきたのはそっちだろ?」
駄目だ!
こいつ爆音イヤホンのせいで聞こえてない!
「……やっぱ脇崎君なんだ」
しまった!声でバレた!
「あの!いや、イインチョ!違うんだこれは!」
「へへ、違うって何が違うんだよ。それに口では嫌がっても身体は正直じゃねぇか」
おい、やめろ!
変なとこ撫でるな!
手を払いのけようとするが、逆にサスケの太い腕で掴まれ、そのまま組み敷かれる。
「違うんだ!ほら、こいつも適当言ってるだけで」
「おれはな、ずっとこの時を待ってたんだ。ようやく一つになれる。前からずっとお前のことを狂おしいほどに愛していた」
「サスケ君が……棒読みじゃない!!」
そう呟きながら、こちらを見つめるイインチョ。
だが、ふいに顔を青ざめさせると、ダッシュで立ち去ってしまった。
「イインチョ!違うんだ!説明を!説明を聞いてくれー-!!」
俺の叫びは空しく男子トイレに木霊し、立ち去るイインチョの背中には届かなかった。
結局サスケが正気に戻ったのは、作品がエンドロールを迎えた時だった。
ようやく俺の雰囲気を察したようで、気まずい雰囲気になったのは言うまでもない。
なお、後日談になるが、イインチョには次の日の朝にさっそく弁明をしに行った。
江口の件を伝えられないために若干アヤフヤな説明にはなってしまったものの、聡明な彼女はわかってくれたようだ。
とりあえず誤解が解けて何よりだ。
だが、何故かその足でケイトの元へ行き、楽しそうに何かを話していた。
また、ケイトには編集が大変だったと怒られたが、一晩で完成したらしい。
元映研部長の力量を遺憾なく発揮し、ご丁寧にパッケージまで作られたそれは、ほかのナンバリング作と並べても違和感のないクオリティに仕上がっていた。
流石に中身は見ていないが、アイツのことだから無駄に拘っているのだろう。
なお、完成品は二枚あり、一枚は江口のスマホにデータを移した後は、例の部屋のお宝棚に並べられた。最初の位置のまま埃を被っているのは言うまでもない。
もう一枚に関しては、こんな条件を付けたのは糸出さんだし、てっきり彼女の元へ渡ったのだと思っていたのだが、どうやら違うらしい。
ある日二人がこの件で大げんかしていたのだ。
聞き耳を立てたところ……そんなことを頼んだんじゃないだの、DVDを作るとは何ごとだの、それならいっそ彼を相手に私が着ぐるみを操作していただのと……捲くし立てる糸出さんに対しケイトが弁明をしている形だった。
糸出さんじゃないなら一体どこへ消えたのだろうな?
それにしても糸出さんが男子とあんな風に接するのは珍しい。
やっぱあの二人やっぱり仲がいいんだろうな。
ほら、よく言うだろ?喧嘩するほど仲がいいって。
そして、肝心の電力問題だが……想定以上の成果をもたらした。
所要時間は半分近くまで短縮され、今まで以上に素早く多くの場所を回れるようになったのだ。
だが、その理由が理由だけに、今まで以上に煌々と輝く蛍光灯を眺めていると、なんとも複雑な気持ちになってしまう。
なお、ケイトは早々に次回作に乗り気なようで、毎日のようにそれとなく話を振ってくる。
意外と楽しかったのだろうか?
たしかにあの方式ならイヤホンから流す作品を変えるだけで、いくらでも作品が作れるわけだが……もう演者はやらないぞ?
今日の定例会でもその話題を振られたが、きっぱりと断った。
「話は以上なので解散」
そして、勝手に閉会を宣言して席を立つ。
他の皆も異論は無かったようで、ぞろぞろとそれに続いた。
しんと静まり返った廊下をそろそろと列になって移動する。
「ひっ!」
そんな中あがる悲鳴。
「おい、静かにしろ」
「だってよぉ、あれ……」
サスケが指さす窓の先には小さな灯りが浮いていた。
「驚かせるなよ。
「そっかぁ、それならよかった。でも、何でこんな時間に?」
「なぁ。あれ……美鈴ちゃんじゃね?」
涼介がぽつりとつぶやく。
言われてよく見れば、窓の先小走りで駆ける小柄な女性は確かに三森先生だった。
「こんな夜更けに何やってんだろ?」
「いや、トイレかなんかだろ?どうする?迂回する?」
「いや、迂回するったって、本棟へ行くには渡り廊下を通るしかないじゃんか」
「それはたしかに」
そうなのだ。
東棟から寝床がある本棟へ行くには、今や一度1階から外へ出る必要がある。
三森先生が裏庭の方へ行った以上、俺たちが東棟から出れば大人数ゆえに気づかれる可能性は高いだろう。
「だが、世界が開くのに備えて早く寝た方がいい。」
マサ兄がそう告げる。
たしかにもう夜も遅いし、あと半日もしない内に世界が開くため、少しでも早く寝たいのだ。
その気持ちは皆も一緒だったようで、ゆっくりと渡り廊下に出れば、かすかに声が聞こえる。
「声が聞こえるってことは温室じゃなくて、お墓かな?」
「いや、あれは……」
マサ兄が怪訝そうに呟く。
そこには、跪いて念仏を唱えるようにブツブツと呟く三森先生の姿があった。
そして、先生が跪いていたのは……
かつて祠があった場所だった。
今ではぽっかりと不自然に空いた奈落の穴になってしまったその場所……。
そして、学校のアイドル
そんな場所で一体三森先生は何をしているのか?
風が吹けば、風と共に念仏の中身を運んでくる。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
壊れたラジオのように三森先生が繰り返していた念仏は、懺悔の言葉だった。
そして、更に続ける。
「あの子たちは関係ありません。どうか帰してあげてください。罰するなら私だけ……」
顔をがばりと上げ……。
「御神石を割ってしまった私だけにしてください!」
一際大きく発せられたその一言は、夜のしじまに響き渡るのだった。
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