19 あなたは私の主人公②

2020年5月26日12時39分 三重第三高等学校 グラウンド



 「変更ありました!北西部を中心に晴れわたるでしょう。触手によって真っ赤な花が咲き乱れ、場合によっては絶好の花見日和となるでしょう……だそうです」

 慌て気味にそう叫ぶ未來さん。

 

 「晴れはともかく花見……?」

 「触手って……あの触手?」

 皆が騒めき始める。


 「この反応からして、今回も初なのだな?」

 「うん、花見は初めてだ」

 「ふむ……となると」


“ピッピー”

 鳴り響く笛の音で注意がマサ兄に集まる。


 「皆落ち着いて。まずは偵察をして敵の全容を把握します……糸出、頼むぞ」

 マサ兄の言葉を受けた糸出さんが頷く。

 「そして、晴れということは開幕から会敵が予想されます、皆備えるように」

 「了解」

 以前のことを思い出してか一部のメンバーが神妙な顔になるが、一同頷く。


 「それよりも北西部ってことは駅前だ」

 「てことはもしかしたら」

 「探索できる余裕があればいいのだが……」

 ヒソヒソと相談を始める男子たち。

 そう、北西ということは駅前……新三重駅だけでなく三重駅の辺りも世界が開くかもしれないのだ。

 となれば、三鉄百貨店近くのビデオ屋へ行くことができるかもしれない。

 ただ、花見に触手と今回は未知の要素が不安である。

 そして、晴れ……。


 「晴れとは何なのだ?」

 ケイトが疑問を呈する。

 「晴れってのは、爪からビームを出すカニだよ」

 「ほう……蟹か。強いのか?」

 「まぁ、動きは早くないから回り込めばなんとか……ただ」

 「ただ……?」

 「今まで3回出てきたことがあるんだけど、毎回学校のすぐ近くにいるんだよ……爪をこちらに向けた状態で」

 「……それは厄介だな」

 ポップ狩りでもしているかのように、数体がこちらに爪を向けた状態で始まるのだ。

 つまり、世界が開いたと同時に、回避する必要がある。


 そして、今回に限っては出現して欲しくなかった敵だ。

 なぜなら……。

 

 「イインチョ……」

 目線の先にはマットの上に横たわるイインチョの姿。

 あれから4日が経ったわけだが、まだ熱が下がりきってないのだ。

 本当なら学校で休んでいて欲しいが、世界が開けば強制的に外へ出されてしまう。

 そして、同じ場所で固まっていないと、一人裏門に飛ばされてしまったりするのだ。


 「私なら大丈夫……もう歩けるよ」

 イインチョは身体を起こしそう告げる。

 だが見るからに辛そうだ。

 この状態では、ビームを避けるのも厳しいだろう。

 助宗さんや百々さんも心配そうに声をかけている。


 「安全が確保できるまでは、俺が背負おう」

 そう告げてイインチョへ近づく崇。

 本当は俺が手をあげたいところだが、能力で考えれば崇が妥当だろう。

 悔しいが、俺ではイインチョを背負ったまま俊敏に逃げたりできないからな。


 「皆世界が開くよ!警戒!」

 マサ兄のよく通る声が響く。

 「銀河系騎士団!!」

“キーンッコーンカァンコーン”

 鳴り響くチャイムの音と共に、視界がぐにゃりと歪む。




2020年5月26日12時42分 三重第三高等学校 校門前



 一瞬の浮遊感の後、足が地面につくのを感じる。

 ばっと前を向けば学校前の路地を占拠するカニの姿。

 その数は2……いや、隣の路地にもいるから3体。

 3体のカニはすでにその二つの爪を大きく開き、こちらへ向けている。


 「総員回避!!」

 その言葉をかき消すように、こちらへ迫る6本の熱光線。

 力の限り地面を蹴り上げ飛びのけば、今の今まで俺たちが居た場所へ熱光線は突き刺さり、嫌な音を立てながらアスファルトを焼き焦がす。

 

“ドッカアアアアンン!!”

 何かが激突する音。

 カニがまるでピンポン玉のように吹き飛ぶのが見える。

 そして、カニが居た場所に浮かぶのは校長先生の銅像……糸出さんの能力か!

 銅像はそのままカニへ追撃を仕掛けに飛びかかる……これで残り二体!

 

 「もえ!!」

 嫌な予感がしてそちらを見れば、三月さんが地面に伏していた。

 まさか……いや、外傷はない、転んだだけか。

 だが、マズイ!

 カニは熱光線が出たままの爪をゆっくりと三月さんの方へ向け……ようとしたが、急に爪を閉じ上へ掲げた。

 次の瞬間に聞こえる衝突音。

 見れば、カニと二体の剣道の鎧が爪と竹刀でつば迫り合いをしていた。

 そこへ追い打ちをかけるように、矢や石に三体目の剣道の鎧がカニを襲う。

 ゆっくりと地面に倒れるカニ。


 見れば残り一体のカニも人体模型や骨格標本に襲われていた。

 カニはその爪を閉じ、爪から下方向へ突き出た3本の刃で応戦しているが、人体模型たちの宙を自在に飛び回る素早い動きに翻弄されているようだ。

 そこへ脳天に突き刺さる三体の剣道の鎧。

 カニは8本の脚で踏ん張るが、その隙に人体模型と骨格標本にタックルを決められ敢え無く横転した。

 

 

 「はぁ……はぁ……これでおわり」

 汗だくになりながら座り込む糸出さん。

 すぐさま女子に介抱されている。


 「糸出助かったよ。でも、申し訳ないが少し休んだら、北西への偵察を頼む」

 「……もう向かわせてます」

 「百々はカニのマーキングを」

 「はぃ!」

 マサ兄の指示で動き出す一同。

 俺たちは新手のカニが現れないか周囲を警戒する。


 「しかし、糸出嬢の能力は規格外だな……」

 「うん、毎度本当に助かってるよ」

 「それだけにフルメンバーが揃ってないのが口惜しい。前回目星をつけた人形があっただろう?あれを糸出嬢へ見せようと思う」

 「あー、たしかに今回北西方向へ世界が開いているしアリだな。でも、あれを使役できれば強い気はするけど、二宮金次郎像の代わりだろ?あれ、そんなに嫌うかなぁ?」

 「今までの嗜好の傾向を鑑みるに……おそらくな」

 「まぁ、まずは未知の敵の把握とカニの駆除からだな」

 「あぁ、そうだな」


 「カニのマーカー完了、マップ送るよ」

 百々さんの肩に手をおいた助宗さんが大きな声で通達する。

“ピロリン”

 ケイトのスマホが鳴り、一緒になって覗き込めば赤いマーカーが50近く散在していた。


 「これは時間かかりそうだな」

 「ふむ……効率の良いルートを考えなくてはな」



 そして、始まる作戦会議。

 班分けとルートが決まりかけたその時、糸出さんがポツリと呟く。

 「……見つけた」




2020年5月26日14時42分 駅前商店街



 先週の朝にイインチョたちと練り歩いた商店街。

 今そこを練り歩く、いや……練り浮かんでいるのは一匹のバケモノだった。


 「何が花見だ……触手じゃないか」

 「……ふむ、まぁ見ようによっては桜に見えないこともない」

 

 全長7~8m程度のソレはぼんやりと魚のフォルムをとっているものの、その全身は一部が奇妙にポッコリと膨らんだ無数の触手に覆われ、テラテラと妖しく桜色に光りながら常にウネウネとうごめいている。

 それはまさに触手と表現するしかないナニかだった。

 

 「樋本燃や……いや、無理そうだな」

 樋本君の方を見れば四つん這いになり、側溝へリバースしていた。

 まぁ、気持ちは痛いほど分かる。見た目があまりにも気持ち悪すぎるからな。


 「さて、では検証を開始する……糸出嬢」 

 ケイトは手にした日本人形へ語り掛ける。

 すると日本人形はケイトの手を離れ、ふわりと宙に浮く。

 そして、ゆっくりと触手の方へ移動するのだった。

 また、四方八方から同じように5体の日本人形がゆっくりと触手へ近づく。

 触手は特に気にした様子はなく、ゆっくりと商店街を進む。


 だが、ある地点でぴたりと触手がその動きを止めた。

 

 次の瞬間には、全方向へギュインと一斉に伸びる触手!

 

 一瞬だけハリセンボンやウニのような見た目になり、再び触手が引っ込んだ時、触手の先には7体の日本人形が突き刺さっていた。

 そして、ボコボコと音を立てながら、触手のポッコリと膨らんだ部分が移動し、日本人形の中へと消えた。

 次の瞬間には、ボンという破裂音と共に日本人形がはじけ飛ぶ。

 ボトボトと床に散乱した日本人形の残骸からは嫌な音と共に煙が立ち上り、見る見る溶解していく。


 その光景を見てさらにリバースする樋本君。

 俺も釣られて吐きそうになる。

 

 「ふむ……真っ赤な花が咲き乱れるとはこういうことか。触手の有効射程は全方向8.5m……333インチといったところ。動く物に反応し、壁越しでもお構いなし。ただし、隠れていた人形は無事……おっと、動いた瞬間に捕食されたな」

 ケイトは平気そうな顔をして、冷静に分析している。


 「自ら獲物を探したり学校へ向かう様子はなく、商店街を一定のルートで回遊するタイプ……と。とりあえず無暗に近寄らないのが賢明だな。そして、触手は溶解液を含むが……ほぅ……これなら……よし、帰還するぞ。樋本、立てるか?」

 そう言うなり一人動き出すケイト。

 仕方なく俺たちもそれに続いた。




2020年5月26日15時02分 Baleine 店内



 一週間ぶりのオシャレなカフェ。

 しかし、前回と違って店内は人であふれかえっていた。


 「林くん!おかえり!」

 ぴょんぴょんと跳ねながら手を懸命に振る百々さん。

 ケイトは片手をあげると、そちらへ近づいて行った。


 そして、ゆっくりと座れば周りの視線が一斉にケイトへ向く。

 だが、本人はマイペースにコーヒーを飲みだした。


 「どうだった?」

 周りの気持ちを代弁するようにマサ兄が問いかける。


 「……刺激が強いので注意して下さい」

 そう告げると、鼻頭に親指の爪を当てる。


 「瞬きする間に終わるこの喜劇はブリンキングやがて名作として眼裏に投影されるシアター

 オシャレな喫茶店の壁に投影される、質の悪いB級映画のような映像。

 店内に悲鳴が木霊した。



 「ところでほかの班の動向は?」

 謎の余裕を見せ、コーヒーを飲みながらそう問いかけるケイト。


 「カニさんの反応は全部消えたよ」

 ケーキを頬張った百々さんから返答が返ってくる。


 「ふむ……ならあとはイソギンチャクのみか」

 「えっ?あれイソギンチャクなの?」

 「あぁ、刺胞の形からしてサンゴイソギンチャクだろう……気になるのは」

 そう呟くと、少し考えた後に百々さんに何かを告げるケイト。

 

 「近づけないんじゃ、遠距離組でチクチク攻撃するしかなくね?」

 「でも、矢や石も触手に絡めとられちゃうだろ」

 「じゃあどうするんだよ、時間だってもうあまりないぞ」

 「だからといって、無暗に突っ込んでもどうしようもないだろ?見ただろ?あの映像」

 「うぅ……俺気持ち悪くなってきた」


 涼介たちが言う通りなのだ。

 今回カニの討伐に時間がかかったため、予鈴まであと40分くらいしかない。

 学校へ帰る時間も考えれば、こんなところで呑気にお茶を飲んでいる場合ではない。

 しかし、ケイトはまぁ待てと言うばかりで優雅にコーヒーを飲んでいる。


 「ケイト、流石にそろそろ」

 「……そろそろか?」

 その言葉と共に、階段を上がる音が聞こえた。

 「おーい、準備できたぞ」

 入口の方を見れば、びしょ濡れで服に黒いシミを作った江口とサスケがいた。


 「……こちらも準備できたようだな」

 ケイトが見ている方を見れば、窓から顔を覗かせるのっぺらぼう。

 えっ……ここ2階なんですが。

 え?何これ?


 「よし、準備は整った。時間もないし行くぞ」

 そう言うなり、店を出ていくケイト。

 知らされていなかった俺だけじゃないようで、ほかのメンバーも困惑した様子でケイトに続いた。

 


 店の前で前かがみになっていたのは、そびえるほど大きな白いマネキン人形。

 「ミミちゃん人形?」

 三森先生が素っ頓狂な声をあげる。


 そう、身長6m30cmのスラリとしたマネキン、通称ミミちゃん人形だった。

 新三重駅の商店街のシンボルマークで、5年前に市長の肝いりで作られてからというもの、ちょっとした観光名所にもなっている。

 いや、見た目や名前といい、通路を塞ぐようにそびえ立つ点といい、隣県の大都市のパクリであるのは火を見るより明らかだ。

 だが、どういうわけかいまだに撤去されていないのだ。


 そして、前回は糸出さんのパペットとしてどうかという話になったわけだが、なにせ6m以上もあるために運ぶわけにもいかなかった。

 しかし、どうやら無事にコントロールを得たようだ。

 質量は暴力だ。

 デカければそれだけでも強力なはず。

 これは期待がもてるってもんだ。


 ただ……


 「何で顔が削れてるんだ?」

 そう、本来あるはずの鼻や目のくぼみが削り取られ、平に均されていたのだ。


 「ふん、作戦のためだ。時間がない、貴様は早くこっちへ来い」

 ケイトの後に続けば、そこには黒く塗られた5m近いパイプをもつ崇と涼介の姿。

 涼介は何故持たされているのか分からないといった顔をしていた。

 塗りたてのペンキで黒くなった自分の手を見て、口を曲げる姿に哀愁が漂う。


 だが、そうかそういうことか。

 パイプには簡易的な蓋がはめられていたのだ。

 「俺に触手の射程外から攻撃しろと」

 「そういうことだ」

 なるほど……たしかにこれなら何とかなりそうだ。




2020年5月26日15時25分 駅前商店街



 相変わらずふよふよと浮く、触手改めイソギンチャク。

 その正面に立つが、特にこちらを気にした様子はない。


 慎重に距離を見極め、一度大きく深呼吸をする。

 そして、崇と涼介が持つパイプの蓋についた取っ手を両手で握る。

 どこかのビルのパイプだろうか?きれいな円柱だし、黒く塗られて両端も塞がれているため大丈夫だと思うが、念には念を入れる。

 

 「イマジナリーイアイ

 そう叫びながら、思い切り蓋を引き抜き振り抜く。

 が、すぐに異変に気付く。

 目の前からイソギンチャクが消えたのだ!


 反射的に上を見れば、上空に浮かぶイソギンチャク。

 パイプに蓋を戻し、再度上空に向けて振り抜く。


 しかし、次の瞬間には地上に戻っていた。

 焦りながら何度も振るが、振り始めた瞬間には別の場所に移動している。

 最初は上下だけだったが、建物を巻き込んで斬って更地が増えるにつれ、前後左右にも瞬間移動するようになる。


 「一旦やめ!糸出嬢!」

 ケイトの指示で引き抜くのをやめれば、ミミちゃん人形がイソギンチャクへ近づいていく。

 人形がある程度近づくと、イソギンチャクはその触手を目いっぱい瞬間的に拡張させ、ミミちゃん人形を串刺しにする。

 そして、イソギンチャクの元へ引き込まれるミミちゃん人形。

 触手のポッコリと膨らんだ部分がミミちゃん人形へ近づいていく。


 だが、そこで終わりではなかった。

 無数の触手に貫かれたミミちゃん人形は、イソギンチャクの根本までその身体を押し込んだのだ。

 「ふんっ、ヤツの消化液は自身の触手すら溶かしていたからな。これなら爆発もできまい」

 そう満足げに頷くケイト。


 そして、さらに手や脚をガレキの隙間に挟み込み踏ん張る姿勢をとる。


 「ジンスケ!」

 「ⅲ!!」

 ケイトの掛け声を聞くや否や、再度パイプの蓋を振り抜く。


 しかし、無情にも消えるイソギンチャク。

 上空を見れば、手足の先が引きちぎられたミミちゃん人形を絡めとるイソギンチャクが浮いていた。


 「……くそっ、どうすればいいんだ!!」

 「仕方あるまい……第二プランだ。八尾!」

 何故かイインチョの名前を告げるケイト。


 「……私?」

 イインチョも想定外だったようで、きょとんとしている。


 「貴様の力が必要だ。まだ本調子じゃない身体に鞭を打つような真似をするのは心苦しいが、頼めないだろうか?」

 「ケイト!お前何言って」

 「……ごめん、あれは無理だと思う」

 「このままでは……だろう?ふん……正直なところ、衆人の前でこういったことを暴くのは俺とて本意ではないのだが、時間がないのだ……許せ」

 そう言うと、一度深呼吸をする。


 「瞬きする間に終わるこの喜劇は、やがて名作として眼裏に投影される」

 そして、叫ぶケイト。


 ケイトが見ているのは上空。

 そして、イソギンチャクに捕らわれたミミちゃん人形の顔に画像が投影されていた。

 なるほど、だからわざわざ顔を平らに均したのか!

 だが、投影された画像を見て固まる。


 映っていたのは……俺だったのだ。


 ……え?何で?

 頭の中が?マークでいっぱいになる。



 驚いて横を見れば、リンゴのような頬を更に紅潮させたイインチョと目が合う。


 「えっ……えっ……何で?」

 「時間がないのだ。出来るかどうかだけ教えてくれ」

 何言ってんだよ、こんなことで出来るようになるわけないだろ。

 だって、これあれだろ?

 俺が触手に攻撃されてるみたいじゃん。

 心優しいイインチョの能力がそんな……。


 「うん、これならできるかも」

 うんうん、やっぱそうだよね……出来るの!?

 

 「解釈はあっていたか。やはりアヤツは総受けというやつだな」

 解……総……何?


 「あの……できれば笑顔じゃなくて、こう……泣き顔とかできる……?」

 「お安い御用だ……ほら」

 ケイトが瞬きすれば、俺の表情が変わる。


 「あー、これ去年の卒業式の」

 涼介が呟く。

 「ジンスケ、先輩のこと慕ってたもんな」

 えっ、ちょっと何であいつこんなの脳裏に刻み付けてんだよ。

 恥ずかしいだろ!


 「うん……いきます……楽園交狂曲ザ・ハングド・カドゥケウス!」

 いつもとは違う艶のある声色でそう告げるイインチョ。

 イインチョの瞳が七色に輝き始める。

 次いで、鼻血が垂れ始める。


 えっ、ちょっとこれ大丈夫なの?

 イインチョの身体への負担も心配だ。


 前回の貝の時だってのダメージだって残っているのに、連続で使用して……時間だって一体どれだけかかることやら……だって敵じゃなくて味方である俺が攻撃……。

 「はい!終劇!」

 楽しそうにそう告げるイインチョ。

 ……え?


“ズゥウウウン”

 音がした方を見れば、ドロドロの塊が地面に落ちていた。

  

 ……え?なんか早くない?

 早いよね、だって15秒かかってないもん。

 しかもなんかピンピン……というか生き生きしてない?

 イインチョはすごくいい笑顔でVサインを向けると、こちらへ駆け寄ってくる。

 「その……随分と早かったね」

 「脇崎君のおかげだよ」

 「はは……それはお役に立てて何より」

 笑みを浮かべるが、思わず引きつってしまう。


 ……え?もしかして俺嫌われてる?


 パイプを手放した涼介が俺の肩を叩く。

 おい、どうでもいいけどペンキがついたぞ。

 崇はパイプをもったまま、なんとも言えない顔でこちらを眺めている。

 


 ともあれ、これで一件落着か。

 とりあえず生き残れてよかった。


 しかし、あのイソギンチャクとんでもない能力だったな。

 瞬間移動とか初めてじゃないか?

 いや、風を切る音がしてたから高速移動か。

 どちらにせよ強敵だった。

 イインチョがいてくれて本当によかったな。

 そんなことを思いながら、何気なく死体の方を見る。


 ……?

 なんか大きさの割に泥塊の量が少ないような……。


 かすかに聞こえる風切り音。

 ぞわりと全身を悪寒が襲った。


 考えたわけじゃない。

 左手でイインチョを引き寄せ、右手でパイプの蓋を思い切り引き抜く。


 「ⅲ!!!」


 一瞬の空白。


 急速に大きくなる風切り音と共に、地面が爆ぜる。


 咄嗟に身体を翻せば、飛び散ったアスファルトの破片が容赦なく背中を打ち付ける。


 恐る恐る振り向けば、不自然に陥没した地面。


 だが、確実に何かがそこに存在するのを肌で感じる。


 そして、音もなくすぅっと何かに色が付き始めた。

 姿を現したのは、頭を縦に真っ二つに裂かれた巨大な魚だった。


 その大口を開けた巨大な頭はわずか3歩先にあり……筒を引き抜くタイミングがあと少しでも遅かったら……俺たちは押しつぶされていただろう。


 全身から力が抜けるのを感じる。


 「死亡で透明化が解ける……タコの逆というわけか。そして、ふむ……スリーバンドアネモネフィッシュ……クマノミ。サンゴイソギンチャクの時点で予期すべきだったか……」

 巨大魚の死体を検分しながら、そう呟くケイト。


 「え……うそ……ありがとう、わきざ……」

 茫然自失といった様子でぼんやりとこちらを眺めていたイインチョだったが、そこまで言うとふっと意識を失う。

 腕に全体重が加わるのを耐え、なんとか支えるのだった。

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