18 あなたは私の主人公①

 彼女のことが気になるようになったのは、いつからだったろう?

 そう、たしかあれは一年生の秋だった。

 

 その頃の俺はそれなりの頻度で4組の教室へ顔を出していた。

 アキラに教科書を借りるためだったり、単純に駄弁るためだったり、俺の親がお節介で持たせた弁当を渡すためだったり、それこそ理由は色々だった。

 

 あの時は何で顔を出したのだっけな。

 そうだ、たしか生徒会役員選挙に出るという噂を聞いて、茶化しにいったんだ。


 その際に、じっとこちらを見つめる視線に気づいたのだ。

 ふとそちらを見れば、少しふくよかな大人しそうな少女と目があった。


 見つめ合った時間は一瞬にも満たず、すぐに目線は逸らされた。

 それとなくアキラに聞けば、一緒にクラス委員をしているとのことだった。

 

 イインチョの名前もその時初めて聞いたわけだが、その時は、あぁこの子もアキラのことが気になるのだなと思っていたので、特に気にも留めなかった。



 しかし、違和感を覚えたのはそれからすぐのことだった。

 体育の時間に、昼休み中に、移動中の廊下で、ふとした瞬間に視線を感じ、振り向けば彼女がいた。相変わらずすぐに目線は逸らされたが、アキラと一緒にいるときだけでなく、ケイトやサスケと一緒に居る時でも感じるのだ。



 ……あれ?もしかしてあの子俺に気があるんじゃね?


 俺は恋に落ちた。


 ……思春期の男子が女子を好きになる理由なんて、そんなもんだろう。

 いや、流石にそれだけじゃなくて……あの頃のイインチョは今と違ってよく笑う子で、いざ気になるようになってからは、段々とその自然な笑みに惹かれていった……ってのはあるわけだが、きっかけはそんなものだった。



 それからの俺は頑張った。

 モテない男子なりに頑張った。

 足しげく4組に通い、それとなくアキラから情報を仕入れ、彼女が文系の特進クラスに進むという情報を得たのだ。


 我が三重高等学校系列は二年生から文理に分かれるのだが、いわゆる特進クラスというのが存在した。

 1組2組が理系で3組4組が文系、そして、同系内での組み分けは成績順だった。

 そして、イインチョはその見た目を裏切らず大変成績優秀で、文系の特進クラスへ進めば3組になるのは想像に難くなかった。


 だから俺は頑張った。

 予習復習を欠かさず、時にはアキラやケイトに勉強を見てもらった。

 そして、自慢じゃないが、それまで下から数えた方が早かった順位を爆上げさせたのだ。

 しかし、333人中の33人という条件は想像以上に難しく、高校入試以来はガスを抜いてきたのも響き、なんとか特進クラスには進めたものの、4組という結果に終わった。


 だが、俺はあきらめなかった。

 医学部志望のアキラは1組へ行ってしまったが、3組にはケイトやサスケがいた。

 奴らに会いに行くという名目で、足しげく3組に通ったのだ。

 ……まぁ、だからといってイインチョと話すことはなかったんだが。


 もちろん勉強も引き続き頑張った。

 二年生からは従兄いとこのマサ兄が着任してきたため、それ好都合と職員室にも通った。



 そして努力は実を結び、三年進級時にはついに同じクラスになれたってわけだ。

 同じクラスになればそれなりに色々あるわけで……無事に普通に話すくらいの仲には進展した。


 当然それ以上の関係への発展を望まなかったといえば嘘になるが……高校三年生における1年間というのは、度胸も技量もない俺にとってはあまりにも短すぎた。

 そして、高校卒業と同時に縁は切れる……はずだった。

 

 だが、今こうして一つ屋根の下、共に飯を作り、談笑し、暮らしている。


 こんなことを言うのははばかられるが、その一点においてのみはこの異常事態に巻き込まれてよかったと心の底から思っている。

 

 とはいえ、少しでも長くこの異常事態が続いて欲しいなどとは露ほども考えておらず、早々に、何なら今すぐにでも終わって欲しいと思っている。

 こんなん命がいくらあっても足りないからな。


 だが、果たして終わりはあるのだろうか?

 そして、終わりを迎えた時、能力は無くなってくれるのだろうか?

 そうでないと、多くのメンバーは平穏な日常生活を送れなくなってしまう。

 どうしても浮かぶのはイインチョの姿。

 彼女のことを考えると、どうしても胸が痛む。

 それは能力のデメリットで彼女から目を逸らされるからでもあるが、それ以上に彼女の心境を思ってのことだ。

 

 いつかケイトが言っていた。

 人という動物は、目を合わせ見つめ合うという行為に、特別な意味を見出すのだと。

恋人といい雰囲気になったり、幼い我が子と愛を確かめ合ったり。

 もし能力を失わないのなら、彼女はそういったこととは一生無縁となってしまうだろう。


 何せ彼女は凝視した物を……ドロドロに溶かしてしまうのだから。




2020年5月22日21時6分 三重第三高等学校 校庭



 「接近する二つの超大型の竜巻に警戒を……のまま変化なしです」

 歯切れが悪そうに未來さんがそう答える。

 「やはり、貝……か」

 マサ兄も歯切れが悪そうに復唱し、遠慮がちに一人のメンバーの方を見る。


 視線の先にいたのはイインチョだ。

 釣られて皆の視線が集まる。

 当のイインチョは顔色を青く染め上げている。


 「八尾、頼めるか?」

 「わかりました」

 しっかりとした口調で頷く。


 「イインチョ、無理しないでね。前回と同じじゃなきゃ俺だって力に……」

 「ありがと……でも、貝なら私がやらなきゃ」

 

 「貝?貝とは何なのだ?」

 ケイトが不思議そうに尋ねてくる。

 「見れば分かるよ……」

 「まずは索敵、そして貝以外の敵がいないようなら早々にマップの端へ避難。そこで物資の調達をおこないます。とにかく、初動を急ぐこと。以上」

 マサ兄のよく通る声が響き渡った。


“キーンッコーンカァンコーン”

 チャイムの音が響き渡った。




2020年5月22日21時9分 三重第三高等学校 校門前



 「なっ、何だアレは!」

 「あれが貝だよ」

 「形状からしてミツカドボラ……?だが、あの大きさとこの光景は……まるで巨大な竜巻ではないか!!」

 ケイトが指さす先には、天高くそびえる巨大な巻貝。

 その周囲には風が渦巻き、周囲の物は巻き貝の表面に無数に開いた穴の中へどんどんと吸い込まれている。 

 そして、巻貝の口の部分からニョキリと這い出てきたのは、巨大な……ボディビルダーだった。

 

 「!?」

 目を点にするケイトたち新参者。

 そして、ボディビルダーはその筋肉を魅せ付けるかのようにパンプアップすると……高らかに歌いだす。


 「!?」

 そして、学校を挟んで反対側から返ってくる歌声。


 振り向けば、そちら側のマップの端にも同じような巻貝がそびえ立っていた。

 しかし、こちらは胸毛豊かなオペラ歌手といった風貌で、風も吸い込むのではなく、周囲の物を吹き飛ばしていた。


 しばらく続く巻貝による歌の応酬。

何が合図だったのか、急に二体は宙に浮かび上がると、巻貝を横に倒して両手を広げる。

 そして、ゆっくりと前に進み始めた!!

 当然地表の建物は巻貝に吸い込まれ、吹き飛ばされ粉々になっていく。


 「おい、まさかやつらは」

 「うん、2時間くらいかけて学校に近づいてくる」

 「樋本!燃やせないか?」

 「……ごめん、ちょっとあれは萌えない」

 「くっ、あの形状だと俺の能力で投影できん。工場の壁に……いや、その前に崩されるか」

 「それに前回も試したんだけど、水分が足りないから燃えないと思う」

 遠慮がちに呟く樋本君。

 「ぐっ……そうか」


 「よし、幸いにしてほかのバケモノは見当たらないようだから避難するよ」

 ぐったりとした糸出さんを労いながら、そう告げるマサ兄。

 俺たちは避難を開始した。



 

2020年5月22日21時46分 三重第五小学校 屋上


 

 質量をもった風が顔を打ち付ける。

 先ほどまでに比べ、確実に風の勢いは増してきている。

 これも接近する二体の竜巻のせいだろう。


 「おい、何か手だてはないのか?」

 「そもそもあの風のせいで近づけないんだよ」

 「くっ……指を咥えて見ているしかないのか?だが、前回はクリアしたのだろう?」

 「うん……イインチョの能力でね」

 「八尾の?」

 

 「そう、凝視した物体を溶かす魔性の瞳」

 「なんとも戦闘向きの能力ではないか!……いや、一度も前線に出ないことからするに、何かデメリットがあるのか?」

 「発動までに時間がかかるし、条件が厳しいらしいんだ」

 「ふむ……」

 「それに前回は終わった後、3日間高熱を出して寝込んだ」

 「諸刃の剣か」

 「だけどほかに手がない以上……」


 

 「大丈夫、今回も私がやるよ」

 覚悟を決めた顔をするイインチョ。


 「……ごめん、俺たちが不甲斐無いばかりに」

 「脇崎君たちはいつも頑張ってくれてるでしょ?今日は私の番。こんな時くらいしか戦いじゃ役に立てないもん」

 穏やかにほほ笑みながらそう告げる。

 そのほほ笑みをただ見ているだけしかできない自分の無力さにとんと嫌気が差す。




2020年5月22日23時16分 三重第五小学校 屋上



 世界が開いてから2時間が経過した。

 風の勢いは止まることを知らず、既に台風レベルの暴風が吹き荒れている。

 2体の巨大竜巻は学校へ近づくにつれ上昇を始め、現在は学校上空にてその両腕をがっぷりと組み合っており、さながら一つの菱形のようだ。


 イインチョは百々さんと助宗さんを連れ、ぽつんと離れた場所にいる。

 前回よりも苦戦しているのか、今のところ貝に変化は見られない。


 ……間に合うのか?


 こちらの心配を煽るように、貝たちは菱形の状態のままグルングルンと回転を始めた。


 「おい、これヤバいんじゃねぇの!?」

 誰かが呟く。


 貝たちは回転の速度をどんどんと上げ、次第に甲高い音を立てながら、一つの風の塊になっていく。

 もしあれが校舎へ落ちたらどうなるのか?

 校舎が消滅したら、俺たちはどうなるのか?


 考えるだけでも肝が冷えていく。


 そして、風の塊がゆっくりと下降を始めた!!

 周囲は騒めき、声にならぬ悲鳴をあげる。


 その時だった。

 いいようのない不快な音を立てながら、風の塊から細かいナニかが飛び散り始めたのだ。

 次第に菱形の回転は弱くなっていき、飛び散るナニかの粒も大きくなっていく。

 そして、回転が止んだ時には菱形ではなく楕円形の黒いナニかになっており、力なく学校付近の住宅街へ落下する。

 住宅街が一瞬にして泥状のナニかで埋まり見えなくなった。


 「……やったのか?」

 誰かがつぶやく。

 泥状のナニかが動く気配はない。

 にわかに広がる安堵の空気。


 「衣米!!」

 そこへ助宗さんの悲痛な叫びが響き渡る。

 

 嫌な予感がして振り向けば、助宗さんが抱きかかえていたのは……。


 顔を色白く変色させ、力なく腕を垂らしたイインチョの姿だった。

 

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