7 少年少女はペンを置き、剣を取った①

2020年5月11日22時27分 三重第三高等学校 グラウンド


 

 グラウンドで輪になって座る23人の若者たち。

 中心に置かれたランタンが無機質な光で周囲の人間を照らすが、そこに笑顔はなく、ピリリとした空気が張りつめている。


 「最終確認です。今回初めて参加するメンバーもいるのでしっかりと説明していきます。今から3分後、22時30分に世界が開き、私たちは強制的に校外へ出されます。外へ出たら、昨日決めた4人組に分かれ討伐へ向かってください。予報に変わりは?」

 そう言うと、一人の生徒の方を見るマサ兄。


 「……変わらずクラゲのままです」

 同じクラスのらいさんがスマホを確認して、そう答える。

 今回のターゲット名を聞いて、若干空気が和らぐのを感じた。

 だが、油断は禁物だ。

 他と比べれば雑魚なだけで、十分すぎるほどの殺傷能力を有しているのだから。


 「クラゲだからと言って油断しないように。消化液に触れないようにするのと、数が多いことが予想されるので討ち漏らしがないように注意してください」

 マサ兄からも同様の注意喚起がなされる。


 その後も続くマサ兄の説明。

 隣では三森先生が浮かない顔をしていた。


 これから起こるだろう展開に不安を感じているのか。

 いや、三森先生のことだ。

 きっと能力が発現しなかったことを気にしているのだろう。


 ケイトが早々に能力名まで判明し、涼介も名前こそ判明しなかったものの、崇の予想通りの能力が発現した。

 すると、必然的に三森先生に皆で協力することになったのだが、この二日間でまるで成果がなかったのだ。

 本人はそれをいたく気にしているようなのだが、こればかりは仕方ない。

 本人や周りがどれだけ頑張っても、発現しないときはしないのだ。

 それに状況の特殊性から考えると、相方……アキラが必要なのかもしれないしな。

 そしてこれは根拠のない推測でしかないのだが……三森先生は嘘をついている…… というよりも、何か隠しているのではないだろうか?


 だが、今はそんなことを考えている場合ではないな。

 戦いに備えなくては。


 腰に差した卒業証書の筒に軽く触れると、心を落ち着けて精神統一を図る。


 そして、イメージトレーニングをしながら、その時が来るのを待つ。




2020年5月11日22時57分 三丁目三十三番地 Y字路前 



 「サスケ!そっち行ったぞ!」

 ふんわりとした軌道で宙を泳ぐ、3匹のバランスボールサイズのクラゲ。

 太陽光を浴びてキラキラと輝くクラゲは、ゆっくりとサスケの方へ向かう。


 「おらよっと」

 サスケが手にした竿を振ると、ブロック塀に針をひっかかり、ピンと糸が張られる。

 そして、張られた糸にクラゲが触れるとスッと身体に糸が入り、ボトボトと地面に落ちる。

 これまた器用に手首の動きだけで針を外すと、リールを巻いて糸と針を回収する。

 

 3組出席番号11番佐々木佐助。

 能力名は未判明だが、細長いまっすぐな物を刀にする能力。

 箸やペンの扱いに困るくらいで、基本的には使い勝手のよい能力だ。

 

 「よし、ここのクラゲはこれで全部だな。林、次の場所を送ってもらってくれ」

 ケイトにそう告げるマサ兄こと笛吹政まさ。1組の担任で数学の先生だ。


 「ぜぇはぁぜぇはぁ……ちょっと待っ……」

 ケイトは息も絶え絶えな様子で返事すらままならぬ様子。

 こりゃ体力不足だな。

 体力は命に直結する……明日から走り込みだね。


 ケイトはスマホをいじって、メールを開く。

 「次は……三つ先の……交差点を……右折した先に……6体」

 どうやら、百々さんから敵の情報が送られてきたようだ。


 3組出席番号13番百々巡。

 能力名は巡に地図メーグルマップ

 自身が望む情報を地図アプリに反映させ、拡張能力を使えばそれをメールに添付して送信できる。

 ターゲットの位置が記載されたマップを随時送ってもらうことで、探し回る手間が省けるだけでなく、討ち漏らしがないかも把握できるのだ。


 「しっかし、お前が百々さんのアドレス知ってたとは驚きだわ」

 「親の……繋がりで……聞いた」

 「そりゃ、親御さんに感謝しないとな」

 「俺に……感謝すべきだろう」


 大変便利な百々さんの能力だが、大きな欠点が一つだけある。

 それは百々さんのに登録されていたアドレスにしか、メールを送れない点だ。

 そう、今日日SNSではなくアドレス帳なのだ!


 当然、登録されていたメンバーは少なく、それこそがチーム編成の悩みの一つだったのだが……まさかケイトが登録されていたとは。

 ここ最近で一番驚いたかもしれない。


 まぁ、それはさておき。

 いくら動きがゆっくりなクラゲとは言え、ボヤボヤしていれば移動されてしまう。

 百々さんの情報を無駄にしないためにも、急がなくては。

 まだ息の整わないケイトの腕を引っ張り、俺たちは歩き出した。




2020年5月12日0時3分 林宅



“ガシャン”


 レンガブロックで窓を叩き割ってカギを開けると、そこからリビングに侵入する。

 その様子をあんぐりと口を開けて見つめるケイト。


 「何だ?入らないのか?」

 「おかしいな……記憶が間違っていなければ、ここはオレの家のはずだが?」

 「いや、間違ってないよ?」

 「おぉい、早くめしにしようよ。腹減っちまったよぉ」

 ドカドカと土足であがりこみ、キッチンへ向かうサスケ。

 そのまま我が物顔で戸棚や冷蔵庫を開け放ち、次々と食べ物を集めている。

 そして、集めながらもすでにモシャモシャと食い散らかしている。

 その様子を眉をひそめながら見つめるケイト。


 「躊躇ためらいなく空き巣を働く学友の姿にいささか驚きを隠せないの だが……それに、随分と手馴れているように見受けられるが?」

 「まぁ、よく利用させてもらってるしね。あっ、そっか!これからはケイトがいる から玄関から入れるのか!それを早く言ってくれよな」

 「いや……そういうことではないのだが」


 「大丈夫だよぉ、3日後にはまた補充されてるから。あっ、でも校内には持ち込めないから注意な。これマメな」

 どかりとリビングの椅子に座り、ナッツ入りのシリアルの大袋をどんとテーブルに置く、したり顔のサスケ。

 いや、うまい事言ったみたいな顔してるけど、上手くないからな?



 「さっ、ケイトも飯にしよう。どの道あと2時間は学校には入れないからさ」

 まだ不服そうな顔のケイトの腕を引き、椅子に座らせる。


 「開始3時間で予鈴が鳴るまでは、学校には謎のバリアが張られているのだったな?」

 「……うん、そうだよ」

 俺とサスケの間に一瞬の緊張が走る。


 「ふむ……そして、3時間30分で本鈴が鳴る。その後は3分かけて世界が崩壊する……つまり、3時間33分だけ世界は開いているわけだ」

 そう呟くと鼻の頭に親指の爪を当てだすケイト。

 条件を満たしたため、目がプロジェクターになる……シュールだな。


 「ちなみに、正確には予鈴が鳴ってもバリアが消えるわけじゃなくて、一度だけバリアを通り抜けられるようになるって感じかな。だから一度入ると、その日はもう出られない。まっ、でもほらっ、とりあえず今は飯だ飯。食べられるときに食べとけって」

 ケイトの目の前に皿を置き、シリアルを入れて豆乳を注ぐ。


 「そして、3日おきに世界は開く……」

 「ほらっ、早く食べないと、ふやけちまうぞ」

 ケイトは考え事をしたまま、手をつけない。


 「しかし、こんなに早く終わるのも久々だなぁ」

 空気を変えようとしてか、わざとらしく大きな声で話し始めるサスケ。

 「たしかにそうだな。いつ以来だろ?」

 「毎回クラゲなら楽できていいんだけどなぁ。でも、それだと食いもんに困るか。ウナギ来い!ウナギ!」

 サスケは告げながら皿を傾けると、勢いよくシリアルを口の中へ流し込む。

 

 「そうか……やはりあれは弱い方なのだな?」

 スプーンの背を軽く撫でながらそう聞いてくるケイト。

 「あぁ、あれはゲームで言えばスライムやゴブリンみたいなもんだよ」

 「あれで……か。恐ろしいものだな」

 十字路で出合い頭になった際に一度、ケイトのすぐ傍までクラゲが接近した場面があった。きっとその時のことを思い出しているのだろう。


 「覚悟しとけよ。あのクラゲが子犬に見えるくらいの、バケモノ揃いだからな」

 「4回前のタコは参ったよなぁ。マジで隠れるのが上手くてさ。美味かったけど」

 「ほんとにな。マップだとそこにいるはずなのに見つけられないの。結局時間ギリギリになっちゃってさ」

 「めしを食いそびれたのがー、何よりつらかったよ」

 「……そりゃ、お前はそうだろうよ」

 「つらいと言えば、その前の巨大なイカもヤバかったよなぁ」

 「あぁ、墨じゃなくて炎吐く奴な」

 「あん時のジンスケは傑作だったなぁ」

 「うっせ!」


 「ふん……これは死人が出るのもうなずけるな」

 何でもないように放ったケイトのその一言で、ピタリと会話の流れは断ち切られる。


 サスケと見合わせるが、お互いに首を振る。

 「何、簡単な話だ。どういう理由かは知らんがこれだけ3にこだわった世界だ。オレたちも3人まとめて現れた。なのに今は23人。おかしな話だ。3の倍数……さらに言うなら33人から始まったのだろう?」

 答えがないのを肯定と捉えたのか、ケイトは続ける。


 「あの日3月3日15時3分から、3日おきに世界は開いているのならば、世界が開くのは今回で23回目。2回に一人のペースで死んでいる計算だ。いや、オレのように人員が追加されているならもっとか……随分なペースで死ぬのだな」

 がたりと席を立つと、二階へあがるケイト。


 サスケと顔を見合わせ、あとに続く。



 二階の一番奥の部屋にケイトはいた。


 「まったく、頭が花畑な連中だと常々思っていたが、まさか本当に花を咲かせるとはな……」

 ケイトの目の前には麻雀卓を囲む3人の女性。

 その身体は植物となり、頭には大量の花が咲いているためにその表情は窺い知れないが、各々の手にはカップが握られ、周りには一升瓶が何本も転がっていることから酒盛りでもしていたのだろう。


 そして、唯一空いた麻雀卓の一角には、リボンが巻かれたカップが置かれている。

 「……高校の卒業祝いにちょを送る莫迦ばかがあるか。18歳で成人となるのは再来年のことだし、飲酒可能年齢が引き下げられるわけではないとあれほど言ったのに阿呆共が……それにまたオレの部屋をこんなに荒らしおって、毎度片づける身にもなって……」

 そこまで言うと、上を見上げ涙を流し始める。


 「そうか……そうなのだな。これは……現実……なのだな」

 頭脳明晰なコイツが何を考えているのかは俺たちにはわからない。

 花と酒の匂いが充満するこの部屋でむせび泣く友人の肩に、二人してただ手を載せるのだった。

 

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