6 そのルビの振り方には無理がある③
2020年5月9日11時00分 三重第三高等学校 中庭
中庭の壁に映し出された風景画。
「なるほど……平面にしか投影できず、静止画であれば瞬きのたびに切り替えられると。指を離すか3回瞬きで終了……発動条件は親指の爪を鼻頭に当てることで間違いなさそうだな……ほかには……」
こちらの言葉を聞いているのかいないのか、一人考察を始めるケイト。
まぁ、いつものケイトだ。
しかし、早かったな。
こんなに早く能力が発現するとは。
それ自体は大変喜ばしいことなのだが……。
肝心の能力が、目がプロジェクターになるだけ……か。
うーん……使えねぇ。
戦闘どころか、後方支援すら怪しいぞ。
いや、まだ断定するのは早い。
なにせ、まだ能力の一端を知ったに過ぎない。
まだまだ応用の利く効果が隠されている可能性はあるのだから。
全ての仕様を理解し、名前が判明するまでは無限の可能性が眠っているのだ。
それこそ拡張能力で大化けしたメンバーだっているのだから。
だが、その拡張能力を得るのが想像以上に難しい。
事実、普段からこうして集まっては考察を繰り返しているのだが、いまだに崇にサスケやイインチョウなど自身の能力の名前を知らないメンバーは多い。
むしろ、拡張能力を使えるメンバーの方が少ないくらいだ。
実のところ、俺の能力名がⅲと判明したのも割と最近のことだったりする。
なぜそんなにも難しいのか。
理由は大きく二つある。
まずは、発動条件や効果を正確に理解するのが難しい点だ。
俺の場合だと、抜刀後33フレームで消えるというのが鬼門だった。
大体0.5秒くらいで消えるのは分かっていたのだが、何しろ不可視なために正確な測定ができなかった。
てか、33フレームとか分かるかいな。
格闘ゲーム好きの江口のアドバイスによって、もしかしてそうなのかなと思った瞬間に、頭の中に名前が下りてきた。
さらに、続けて正確な発動条件や効果、拡張能力の情報が頭に刻まれたのだ。
驚いたのは、抜刀時に目を瞑っている必要も、型の名前を叫ぶ必要も必要がなかったこと。
そして、これこそが拡張能力を発現させるのが難しい理由の二つ目。
能力の名前が判明するまでは、それが正解なのかわからないのだ。
発動条件や効果を正確に理解していなくても、何なら勘違いしていても、能力自体は使えてしまう……いや、発動条件さえ満たしていれば強制発動する。
やっかいなのは、実際には発動条件ではないのに、本人が発動条件だと思い込んでいる場合だ。
俺の場合、ずっと発動条件だと思っていた、目を瞑ることや型の名前を叫ぶこと、 右足を前に出すこと、小指を立てるのも、腰を落としてから3.33秒以内に抜刀することなどはまったく意味がなかったことが能力名の判明によって明らかになった。
いや、時が止まった際にはそうしてたし、当然発動条件に入っていると思うじゃん。
それに、何となく威力が上がっている気がしたんだよな。
気のせいだったみたいだが。
そして、俺の場合たまたま本来の発動条件が間違っていなかったので、名前が判明したわけだが、これで本来の発動条件を少しでも誤解しているといつまでたっても名前は降りてこないわけだ。
なお、慣れとは怖いもので、型を呟くのは止めたが、あれ以降も目は瞑って戦っている。
耳を頼りにした方がタイミングをとりやすいのだ。
まっ、こればかりは焦っても仕方ない。
じっくりと時間をかけて検証を重ねるしかあるまい。
なに、拡張能力が使えなくても崇やサスケなどは立派な戦力にな……
「おぉ!名前が下りてきたぞ!」
……はっ?嘘だろ?
慌ててケイトの方を見れば、中庭の壁には変わらず映像が映っている。
「なんと、拡張能力は過去に脳裏に焼き付けた映像も投影できるのか」
たしかによく見れば、さっきまでと違い校舎の風景ではなく、大海原が映し出されている。そして、次の瞬間には大海原を割って現れた、クジラの群れ。
当時のケイトが頭を動かしたのか画面は変わり、どことなくケイトに似た、少し背の高い3人の少女が映し出される。
「あーー――!!ホエホエだぁー―――!!」
少女特有のピッチが高い声が耳に響く。
見れば駆け寄ってくる一人の小柄な少女。
「こらっ、走ったら危ないでしょ!」
そのあとに続いてやってきたのは、スレンダーな体型のベリーショートの少女。
「林くんすごいね、もう能力を使いこなしてるんだね」
最後にトコトコとやってきたのは、ふんわりとした髪質の小動物のような少女。
「大したことはない……それよりも無事だったようだな、百々」
「うん、あびちゃんがね、見つけてくれたんだ」
そう言ってはにかむ小動物のような少女……
「ふむ……その……なんだ……
そうぶっきらぼうに答えると、ケイトは能力を解除する。
「あー!ホエホエがー!!」
オーバーリアクションで残念がる小柄な少女。
「もえ、今までどこに居たの?運動場で待ってたんだよ?」
イインチョが諫めるような口調で問いかける。
「えへへ……今日はたまたまおなかの調子が……」
小柄な少女……
「はぁ……今日はって、いつもじゃない。毎度毎度理由をつけて訓練サボってあんたは……こんなんじゃいざって時にどうすんの?」
ベリーショートの少女……
「でもだって、訓練なんかしても、もえの能力じゃ戦えないもん」
「もえが戦いにいかなくても、敵が襲ってくることは在り得るでしょ?そんなと き、普段から訓練しておかないと、上手く逃げられないよ?もえが傷ついたら、私とっても悲しいよ」
イインチョが三月さんの手を握り、子供に諭すような論調でそう語る。
不貞腐れた表情で目線を逸らす三月さん。
身長差のせいもあるが、傍目から見たらまるで姉妹のようだ。
まぁ、実際一部の生徒からは3組の三姉妹などと呼ばれている。
ちなみにイインチョが長女で、三月さんが次女、百々さんが三女、そして助宗さんはオカンだそうだ。
まぁ、決して口には出さないが、ぴったりだと思う。
そんな仲良し四人組だが、イインチョ以外は戦闘向きの能力をもっていない。
では役に立っていないかと言われればそんなことなく、後方支援において絶大な効果を発揮している。
特に百々さんの能力は成功率に最も貢献しているのは間違いないだろう。
三月さんの能力で生活レベルが跳ね上がったし、最初は使えないと思っていた助宗さんの能力も、その効果を理解さえしてしまえば大変有用なものだった。
そう、後方支援能力はとても重要なのだ。
ケイトの能力にもそういった一面があればいいのだが……。
そんなことを思いながら悪友の方を見れば、中庭の壁では上映会が開かれていた。
画面に映っていたのは、黒板をバックに踊る、メイド服と執事服を着こんだお面の集団。
「……って、お前!これ一年の文化祭の!おいっ!やめっ!」
慌てて、ケイトにヘッドロックをかける。
「何をする!能力の検証中だぞ」
「名前が判明したのなら、詳細も全部頭に刻まれただろ!」
「真偽は確かめる必要があるだろうが!」
「わかったから、せめて別の映像にしろ!」
その映像はやばいのだ!
ここにはイインチョがいるのだぞ!
幸いなことにイインチョは画面ではなくてこちらを見ているが、早く解除させなくては。
ヘッドロックの力を強くする。
「ちょっと待って!アンタ、能力が発現しただけじゃなくて、もう名前も判明したの!?」
驚きの表情を見せる助宗さん。
「あぁ、名前が下りてきたぞ」
「わぁっ、すごい!林くん頭いいもんね」
「すぐに全容を把握できる程度の能力ってだけでしょ」
身も蓋もないことを言う助宗さん。
まぁ、たぶん正解だ。
「でも、
「
……。
「……なんて?」
何となくだが、発音と文字数があってない気がする。
「だから、瞬きする間に終わるこの喜劇は、やがて名作として眼裏に投影される……と書いて、ブリンキングシアターだ」
……。
いやいや、いくら何でも、そのルビの振り方には無理があるだろ!!
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