2 3時3分何してた?①

2020年5月9日2時2分 鯨が丘海浜公園 潮吹き広場



 「3時3分何してた……だと?他の説明を差し置いてそれなのか?」

 「あぁ、本当に大事なことだから、嘘をつかずに可能な限り詳しく教えてくれ」


 「冗談を言っている……という様子ではないな。よかろう……とはい」

 「オイオイオイ!えっ!ナニコレドッキリ!?マジ意味わかんねぇんだけど!!」

 さっきまで呆けていたチャラめの若者が騒ぎ出す。


 「桑田くわた、時間がないんだ。落ち着いてこっちの質問に答えてくれ」

 「ちょっ、先生まで何すか!落ち着けるわけないでしょ!突然夜になったかと思ったら、2か月分の記憶がないんすよ!これ神隠しってやつ?そうだ大学!大学どうなって」


“キーンッコーンカァンコーン”

 響き渡るチャイムに場が凍り付く。


 「へっ……何でチャイムが?」

 「桑田!本当に時間がないんだ!こっちの質問に答えてくれ!3時3分何してた!」

 「ちょっ……顔が怖いっすよ」

 押し問答する若者と青年。


 「3時3分、あの時……俺とキャッチボールをしていた。そうだよな、りょうすけ?」

 そう告げながら暗闇の中から現れたのは、右目に眼帯をつけた若者。


 「タカ!!」

 チャラめの若者……涼介は眼帯の若者の元へ駆けていくも、その顔を見て噴き出した。


 「ぶはっ!おまっ!その目の奴どうしたんだよ!!今更中二病ですかぁ!?」

 「お前は俺とキャッチボールしていた。そうだよな、涼介?」

 ゲラゲラと大笑いする涼介に、毅然とした態度で聞き返す眼帯の若者。


 「ぶはっ!そうだよ、お前とキャッチボールしてたよ。何でそんな変なこと聞……へっ?」

 固まる涼介の視線の先を追えば、眼帯の若者の右腕。


 ……いや、右腕があるはずの場所。

 しかし、そこにあるべきはずの腕はなく、ひじから先が千切れるように消失していた。


 「オイオイ!!どうしたんだよ!その腕!!何で無くなってるんだよ!!」

 「ひぇっ……」

 狼狽する涼介と、声にならぬ悲鳴をあげて気絶する小柄な女性。

 小柄な女性を介抱するマサ兄に近づく眼帯の若者……山崎やまざきたかし


「先生、涼介は大丈夫でしょう。おそらくは俺と同じ様な能力かと。暴走しなければ戦力として期待できそうです」

 そして、そのままもう片方の腕で涼介の肩に手を回す。 

 「タカ……俺、何が何だかワケ分からねぇよ」

 「とりあえず学校戻るぞ。そしたら、いくらでも話してやる」


 学校の方面へ去っていく二人。広場に残っていた何人かがそれに続いた。


 

 「ふむ……色々と大変なことになっているようだな」

 眼鏡の男……はやしけいがそう呟く。


 「ケイト……お前もあの時何をしていたか教えてくれ」

 「よかろう……だが、特段変わったことは何も。ベンチに座り、貴様らの戯れ合いを眺めていた。一緒にいたのだから知っているだろう?」


 うん……俺の記憶と相違はない。

 「マサ兄どう思う?」

 「とりあえず、大丈夫そうだが……ひっかかるのは、ベンチに座ってたって部分か」

 「じゃあ、とりあえず座らせない方向で」


 ケイトの方を向き直る。

 「よし、俺たちも学校に戻ろう。ただ、学校に着くまではどこかに座るなよ?」

 「解せぬ指示ではあるが……承知した」



 さて、最後は我らが3組担任、もりすず先生なのだが・・・。

 まさか気絶してしまうとは。


 「困ったね、どうするマサ兄?」

 「暴発が怖いけど時間もないし、学校まで運ぶしかないだろうね」

 「うーん、暴発は多分ないと思うよ」

 「ジン、お前何か知ってるのか?」

 「まぁね」


 三森先生を背負ったマサ兄と並び、学校へ向けて歩き出す。

 ケイトやほかの生徒もそれに続いた。


 街灯もない真っ暗な世界を、ヘッドライトの明かりを頼りにただ進む。


 

2020年5月9日2時32分 三重みつえ第三高等学校 校庭



 「うぅう……ん」

 可愛らしいうめき声と共に、三森先生が目を覚ます。


 「目が覚めましたか?」

 「うっ、笛吹うすい先生!ごめんなさい、私ったら気を失って……あれ?ここは?」

 「えぇ、学校ですよ」


 「え……え……嘘ですよね?」

 何とか言葉を絞り出したといった様子だ。


 「いえ、残念ながらここは私たちがよく知る、三重第三高等学校です」

 周りを見渡し、どんどんと顔が青ざめていく三森先生。

 

 それも無理はない。

 築3年のピカピカの校舎が、今や見るも無残な姿になっているのだから。

 校舎の半分近くが消し飛び、残った部分も所々不自然に消失し、3階に至っては一部が宙に浮いている。

 さらに俺たちがいるグラウンドも不自然な大穴がいくつも開いており、覗き込んでも奈落のように真っ暗で見通すことができない。

 

 そして、何より……。


 「なっ!何でこんな!何で……何で生徒が植物になってるんですか!?」


 そう、学校に散在する生徒たち。

 それら全てが動かぬ緑色の植物になっているのだ。

 ある者はベンチに座りスマホをいじりながら、ある者は複数人で談笑しながら、ある者はグラウンドの上でハードルを跳んでいる状態で……その形を保ったまま植物になっており、頭には形も色も様々な花を咲かせていた。


 「街の人もみんな植物になってたよ」

 顔を青くした涼介がそう呟く。


 「嘘……そんな」

 茫然自失といった様相で三森先生はそう呟く。


 突然の出来事にすでに限界といった様子だが、残念ながらまだとっておきが待っている。


 

“キーンッコーンカァンコーン”

 響き渡るチャイム。


 「ほんれいだ……」

 誰かが呟いた。


“ピシッ……ピシピシ”

 「なっ……何が!?」

 今回加わった3人は驚いた様子で周りを見渡すが、ほかのメンバーは動じない。


 「有り得ん……有り得んぞ!!」

 ケイトが指さす方向を見れば……


 世界が……崩壊を始めていた。


 空が、建物が、地面が、バラバラと音を立てながら次々と崩れ落ち、奈落へと消えていく。

 そして、世界の崩壊は全てを巻き込みながら、徐々にこちらへ近づいてくる。


 「ひっ……」

 「ジンスケ!!本当に本当に大丈夫なのだろうな!?」

 「あぁ、崩壊は校門のところで止まる」


 「なっ、何でそんなことがわかるんですか!?」

 「私たちは何度も経験していますから」

 三森先生を支えながら、マサ兄はそう告げる。


 その宣言どおり、校門のところでピタリと崩壊は止まった。


 静まり返るグラウンド。


 

 「はは……なんだよこれ……夢なら早く覚めてくれよ」

 涼介がダラリと肩を落とす。

 

 「残念ながらこれは現実だ。そして、俺たちはこいつらと戦わなくちゃいけない」

 よく通る声で話しながら、崇が何かを引き摺ってきた。


 「ひっ……おばけウナギ!?」

 「ふむ……身体的特徴から見るにミツユビアンフューマのようだな。規格外な大きさだが」

 「オイオイ、流石に作り物だろ……てか、それ引き摺るとかどんなマジックよ!?」

 

 崇が引き摺ってきたのは、今朝倒した全長10m超えのウナギ……改めアンフューマ。

 食感や味から何となくそうではないかと思っていたが、やはりウナギじゃなかったのか。

 てか、何だアンフューマって。


 「3日に一度、さっきみたいに世界が開く。その時に発生するこいつらを時間内に狩れなかったら、ペナルティとして学校の一部が消失する」

 そう言って、消失した校舎を指す。


 「つまり、3月3日以降も貴様らは戦い続けてきたということか。だが、そのアンフューマがはりの虎でないのであれば、常識的に考えて狩ることなど不可能。であれば、それができるだけの超常的な力を得たと?」

 

 「……さすが林、理解が早いな」

 「こんな非科学的かつ非現実的な事象を信じろなど、馬鹿馬鹿しいにも程がある……が、実際に見せられては信じるしかあるまい」

ケイトがため息をつきながらそう答える。


 「つまり、俺たちチートパワーを得たってこと?だからタカはあんな重そうなやつを引き摺れたってこと!?」

 急に顔に生気が戻る涼介。


 「いや、そう都合のいい話ではないのだろう。全員が全員怪力自慢であるなら、ワザワザあんなことは聞くまい。能力は自由に選べず、相応のデメリットがあるとみた。だから、最初に聞いてきたのだろう?……3時3分何してたと」


 本当にコイツは理解が早い。

 まぁ、そうだ。そういうことなのだ。


 たしかに俺たちは特別な能力を得た。

 だが、どのような能力なのかは、時が止まったあの時、3月3日午後3時3分に何をしていたかで決まるのだ。

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