第21話 予言



 「何かあったのですか?」

 町長は、一呼吸置いてから口を開いた。

 「あなたたち転生者が、この町に来ることをハロン神父が予言していたのです」

 「予言?」

 あたしは、思わず聞き返した。


 「昨夜、私とグリド、セパレス司祭の三人で、こちらに伺う話がまとまったころ、東区の神聖真教の教徒が、大慌てで駆け込んできました。

 この教徒が言うには、昨日の午後、ハロン神父が……」

 町長がそこまで話したとき、今まで酔い潰れ、テーブルに突っ伏していたハロン神父が、いきなり立ち上がった。


 バネ仕掛けのような勢いで立ち上がり、しゃがれた大きな声でしゃべり始めたのだ。

 「わ、わしは、この世界の成り立ちと共に誕生した、唯一神、創造神を崇める、し、神聖真教の司祭である!」

 酔いのせいか、イントネーションが狂っている。


 あたしは、「ひ!」と悲鳴をあげてのけ反り、椅子ごと身を遠ざけた。

 間にテーブルがあるとは言え、老神父との距離は、身を乗り出して手を伸ばせば届く近さである。

 その距離で、唐突に立ち上がった老人が、焦点の合っていない、血走った目を見開いて大声をあげ始めたのだ。

 メッチャ怖い。


 「主は、わ、わしにお告げを下された。

 ひ、陽が沈むころ、転生者が現れる。

 かの転生者は、こ、この町に災いをもたらす、黒き獣を、う、打ち、打ち、打ち払うであろう、と!」

 神父は広げた両手を大きく持ち上げ、筋張った細い首を伸ばすと、天に向かって叫んだ。


 そこで、糸が切れたように、ストンと腰を落とした。

 万歳をしたような体勢で、テーブルに上半身を倒したため、伸びた手の指先が、あたしに届きそうになる。

 そして、そのままイビキをかきはじめた。


 唐突な行動に、全員が呆気にとられた。

 そして、気を取り直した町長が、ようやく口を開いた。

 「……昨日の昼、教会に集まった教徒たちの前で、まさに今の言葉を発したらしいのです。

 ですが、教徒たちは、酔っぱらいの戯言と聞き流していました」

 教徒が神父の神託を聞き流すとか、ハロン神父の人柄が良く分かるエピソードである。


 「と言うことは、そのときも神父は、酔っぱらっていたのですか?」

 イビキをかく神父に警戒するような視線を向けつつ、イゼさんが質問した。

 「お恥ずかしい話ですが、そう聞いております」

 町長が溜息混じりに答え、団長が吐き捨てるように付け加えた。

 「このじいさんは、四六時中酔っているんですよ」


 マリーちゃんは、この神父の予言を聞き、イゼさんに話して聞かせたということなんだろうか……。

 あたしが、そう考えていると、町長が話を続けた。


 「教会のある東区は、ここから距離があるため、情報伝達に時間が掛かってしまいましたが、その場にいて、ハロン神父の予言を聞いたという複数の証言も得ました」

 町長は、イビキをかく神父に視線を向ける。


 「さすがに、予言を的中させたとなると、この席から、ハロン神父を外すわけにはいきません。しかし、まともな挨拶も望めそうにない。

 苦肉の策として、ハロン神父、セパレス司祭の両名に出席してもらったと言うことです」

 そこまで話し、町長は頭を下げる。


 「このロキアの町を黒き獣より、どうかお救い下さい」

 予言の説明は、そのまま魔獣退治の依頼へと繋がってしまった。

 あたしが返事を出来ないでいると、イゼさんが質問をした。

 「そもそも、その獣とは、いかなる存在なのでしょうか?」


 そう。それが一番知りたいことである。

 アライグマぐらいまでなら、イゼさんと二人で何とか退治できそうな気がするが、その程度の脅威なら、すでに町の人々が何とかしているであろう。


 町長は、団長に顔を向けた。

 黒き獣については、自警団の団長に、説明を任せたということであろう。

 

 「その怪物については、実際のところ、あまり情報が無い」

 団長は苦い顔をしつつ、無責任な言葉から入った。

 「二年ほど前から、西にある岩山に棲みつきだしたのは分かっている。

 その時期から、西回りの行商人や伝者、旅人が行方不明になることが多発し、化け物に追われたと言って、この町に逃げ込んできた商隊も現れた」


 棲みついているのは、アライグマでは無さそうであった。

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