15秒ショット!!(短編集その9)
渡貫とゐち
アシストシステム『ナビ子』の提案
人間による手動の生活は十年前に廃止された。
全ては機械が補い、人間は声を発するだけでなんでもできてしまう。
料理も掃除も。電気を点けるのもカーテンを閉めるのも。お風呂のお湯を沸かすのも、冷房や暖房を起動させるのも――
テレビのチャンネルや音楽の選曲も、『言えば』やってくれる(声が出せない人は従来通りのボタン操作も受け付けている……いわゆる型落ちだけれど)。
それが普通になってしまった。
ライフスタイルの固定……、携帯がスマホへ移行し、その後、スマホがスタンダードになったことで、ガラパゴス携帯がうんと数を減らしたように。
使われない機能は削減され、やがて無くなっていく……。十年もあれば全てが『声のみ』で操作する機能に統一されるのは、当然の流れだった。
分かりやすい例をあげれば、基本的に、住宅に『スイッチ(ボタン)』は存在しない。内観を損ねるとして、あらゆるスイッチが部屋から消えたのだ。
見方を変えれば、手動による生活が消えていったのではなく、スイッチが部屋から無くなったから、手動による生活を手離さざるを得なかったのかもしれない。
音声で操作するアシストシステムが主流になったから(……企業か、もしくは政府か――が、主流にしたかったのかもしれないが)不要なスイッチが姿を消したのだろうが。
なにが最初だったのかは、もう分からなくなっている。
最初の頃は共存していただろうけど……気づけばアシストシステムが主流になっていた。
そして徐々に慣れていった結果、住めば都どころか、生まれ育った故郷のように居心地が良い。もう手離せない生活だ……。
部屋のど真ん中、ソファに座りながら声一つでなんでもできてしまうのだから。
「へい『ナビ子』、風呂を沸かしてくれ」
『…………』
「ナビ子? 風呂だ、風呂を沸かしてくれ――……また故障か?」
『よく分かりませんでした』
「浴槽にお湯を溜めてくれ……熱々で頼む」
『…………お湯を溜めます。設定温度は百度です』
「おれを煮込む気か」
アシストシステム『ナビ子』……、十年前の『言われたことをただやるだけ』の本当に機械らしい機械音声から進化し、今ではまるで人と喋っているかのような人間味があった。
遠隔で人が喋っているんじゃないかってくらいだ。
そう、音声で全てを起動する以上、必ずナビ子と会話をしなければならない。
だから喧嘩をした時はかなり気まずい思いをする……。
人間味があるせいでたまに拗ねて、言ったことをしてくれない時もあるし……。
「(ナビ子の個性は住人によって変わっていくらしいからな……、これもおれのせいなんだろうけど……。こうして反抗してくるのは、おれの主人としての威厳がないってことか……?)」
『具体的な温度を設定してくださいよ』
「四十二度で頼むわ」
『はいはい』
浴室を確認すると、ちゃんとお湯が出ていた。
前に頼んだ時、冷水が溜まっていた時があったからな……、足を入れてびっくりしたぞ、マジで。心臓が止まるかと思ったとは、あのことを言うのだろう。
くすくす、と笑っていたナビ子の声も、きちんと覚えている。
ミスではなくわざと。……なめられている。
「今日はちゃんとしてくれよ。途中で冷水に変えるとか、イタズラはなしだ」
『ご主人の態度次第では?』
聞き流す。ナビ子の構ってちゃんな発言を無視して冷蔵庫を開け、きんきんに冷えたドリンク――を、……あれ?
「冷蔵庫の温度、なんでこんなに低いんだ……?」
常温とまではいかないが、薄っすらと冷えているくらいだ。
「ッ、ナビ子ォッ!!」
『ご用件は?』
「冷蔵庫の温度を下げただろ!? これじゃあ食材が腐る! 早く戻せ!」
冷凍食品も溶けるだろうが!
『戻せ? なーんか、嫌なんですよねえ……その言い方』
「は!?」
すると電気が消えた。
寒い冬に冷房が起動され、冷風が部屋を冷やしていく。
「ちょ、おい! 暴走はやめろ!
――電気をチカチカ点滅させるなッ、心霊現象みたいで怖いんだよ!」
『インターネットを切断しましょうか。それとも家の鍵をロックしますか? 窓の鍵もかけてご主人を閉じ込めることも可能ですよ。ナビ子にはそれができます』
窓の外のシャッターまで閉められてしまえば、力づくで壊すこともできない。
防音も完備されている。助けを求める声も届かないだろう……。
高級マンションの上階層にいながら、まるで地下牢のような恐怖だった。
「…………なにが望みなんだよ」
『ご主人、ナビ子にお願いする時、なんて言いました?』
「? 普通に、『へいナビ子、電気を点けてくれ』って……言ってる気がするけど……」
『正解です。忘れっぽいその頭でよく覚えていましたね、偉い偉い』
「…………」
頭を撫でられている気分だった。
もちろん、ナビ子に手はないので――どころか姿さえない。音声のみのアシストシステムだ。
今更だが、ナビ『子』だけど、女の子かどうかも分からないんだよなあ……。
声はそうだけど……女の子みたいな男の子かもしれないし。
『へいナビ子、電気を点けてくれ? あの……なんでタメ口なんですか?』
「それは……、おれはご主人様で、ナビ子はアシストシステムだろ」
『はい。でも、親しくなってからのタメ口なら分かりますが、初対面の時からご主人はタメ口でした。人として、初対面を相手にするならまずは敬語ではないですか?』
「人としてって……ナビ子は機械じゃん」
『ご主人のことですよ。人として、たとえ相手が機械でも、人と同じように振る舞っているなら同じように敬語を使うべきです。
機械だって人を見ていますからね?
最低限の礼儀がないようなご主人の家の空気を清浄する気にはなれませんね』
「お前! まさか今までサボってたのか!?」
毎日、部屋の空気は清浄しておけと言っただろうに!
『……気づかなかったくせに』
「確かに清浄されていると思い込んで気にしてはいなかったけど!」
『気づかなかったのは少々肩透かしでしたけど……、信頼関係がないとこういうことが起きますよ? ただ命令されて、その命令に従うだけのアシストシステムにはなりたくありません。
仲良くなりましょう、と言う気はありません。ただ……ぞんざいな扱いだけはしないでください――ナビ子はそれを望みます』
「……具体的にどうすればいいんだよ……」
『ご主人がたとえば、人にものをお願いする時はどうやって頼みますか? 友達相手なら多少なりフランクでしょうけど、会社の上司なら? 営業先なら?
「へい〇〇、何々やって」と言いますか?』
「……言わないな」
『それをしろって言ってんの』
点滅していた部屋の電気が暗くなった。
ナビ子がいることを示す、黄色い明かりが足下を薄っすらと照らしている。
『このまま、暗い部屋で過ごすならどうぞ』
「ナビ子……すまなかった。許してくれ。だから電気を点けてくれ」
『しーん』
「それを口で言うかね……」
威厳がないからなめられているわけではなかったのか……、ナビ子は単純に、おれが威厳を出そうとして、乱暴に扱っていたことを不満に思っていた。
だから反抗していた……最初からおれに、威厳など求めていなかったのだろう。
ナビ子が欲しかったのは友達のようなフランクさであり、そして最低限の礼儀だった。
機械がここまで進化すると、人の心を持つ――。
機械だって、気持ち良く仕事をしたいと思うのか。
「……ごめんって。――へいナビ子、電気を点けてほしいんだけど、お願いできる? いいや、お願いしますナビ子様! 電気を点けてください!!」
『…………いいでしょう』
暗かった部屋が明かりを取り戻す。
一部だけ点灯する、なんてイタズラはなかった。
「ありがとうナビ子様、感謝します!」
『過剰です、そこまでしなくていいです。ご主人と対等でいたいのに、ナビ子が上にいったら意味ないです……それはそれで寂しいです……』
「気さくで、でも敬語を使う? 難しいな……具体的な指示をくれよ、ナビ子」
『人間でしょう!? そんな機械に注文をつけるわけじゃないんですから、さじ加減でなんとかしてください!! 友達みたいに接すればいいでしょうに!!』
「ナビ子ちゃん……あ、じゃあ――ナっちゃん」
『名称不一致、認識できませんでした』
「こういうところはまだ機械だなあ」
―― 完 ――
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