ユーレイ墓なし
「さっきから周りをうろうろうろうろ……鬱陶しいんだが、なにしてんだ」
墓の上で肘をつき、手の平で頭を支える少女がいた。
寝転ぶ彼女は、見た目は十二歳から十四歳ほどだった。月夜に反射して輝く金髪は、毎日手入れを欠かしていない、と言えるほどの綺麗さを保っていた。
……実際は、一度も手をつけたことなどないのだが。
そんな彼女に呼び止められた青年が、立ち止まって首を回す。
むっとした表情で一言、
「行く当てがないんだよ」
「自分の墓に帰ればいいじゃん。
ここにたくさんの墓があるんだから、どれかがオマエのじゃないのか?」
「……ないんだよ」
あれば戻ってるだろ、と言わんばかりだった。
当たりがきついのは、彼の中で苛立ちが膨らんでいるからか。
「? どれが自分のか分からないのか?
もしかして死んだばっかり? ……自然と引き寄せられる墓があるはずだけどなあ……」
「だからっ、墓が作られてないんだよ!!」
「え……そんなことって、ある? ……もしかして今の時代は墓を建てることは一般的ではない……? アタシが死んだ時は、死者の家ってことで、絶対に墓は建てたけどなあ――。
Z世代は墓を建てないんだなあ? ……でも、じゃあ、周りの墓はなんだ?」
月夜に近い高台には遮蔽物がなにもない。
なので、周囲に広がっている墓がよく見える。
等間隔で建てられた墓たちだ……。
綺麗な墓も多いので、Z世代も墓をきちんと建てているらしいが……。
「……私が、死ぬ前に散々言ったんだよ……墓は建てなくていい、とな」
「で、家族はオマエのその言葉を真に受けて、墓を建てなかった……と」
青年が静かに頷いた。
「知らなかったんだ。墓が死んだ人間の家になることを。生前は、残された者たちの自己満足にしか思っていなかった。……墓を建てることで『死んだ本人』がこの世界にいた、ということを証明するための、自己満足の儀式だとな。
墓を建てるのだって、維持するのだって大変だろうし、金もかかる。裕福ではない私の家庭環境を考えたら、建てなくてもいいと――それがまさかこんなことになるなんて……!!」
青年が頭を抱える。
だが、自分が撒いた種である。
「結果、幽霊が路頭に迷ってるわけだよな……自業自得だけど、真に受けたオマエの家族も、それはそれで薄情だよな。
いくら墓はいらない、と本人が言っても……作るだろ、普通。このへんの土地は、墓は建てる風習だろうに。建てないことで村で浮かなきゃいいけど」
「……私はどうすればいい。このままふらふらと歩いていたら……っ」
「うん、退治されると思うぞ。霊媒師から身を隠すための墓でもあるし……、アタシが何百年とここで成仏せずにのんびりしていられるのも、墓があるからだ――。
それにオマエ、フラフラしてるだけならいいけど、後悔とか不満を持ち続けてると、あっという間に悪霊になるからな? 墓がないなら、最低限のセルフコントロールはしてもらわないと……、墓に帰らない家出幽霊も巻き込んで退治されたら、他が可哀そうだ」
「何百年? 君、年上なのか……」
死者は歳を取らない。
死んだ時の年齢が、幽霊の姿に採用される。
「アタシが生きていた時代は窮屈な世界だったぞ。特に差別が酷かった……、人ってのは、上下で分けられて、その間には大きな溝があるんだなあ……って思ったね。
そして『下』の人間は『上』を引きずり下ろすために多大な犠牲を払う。湯水のごとく他人の命を犠牲にして、積み上がった死体を登って上までやってくる。
たぶん、墓がなくて路頭に迷う幽霊が多かったピークは、その時代じゃないか?」
それまでは胡散臭かった霊媒師が、急に台頭してきたのもその時代だ。
「じゃあ、君は幽霊界では大先輩ってわけだ――」
「納得しているわりに、大先輩へ向ける態度じゃないけどな」
青年が熟考している。
彼の視線は少女の墓に向いており、
「君。良ければそっちの――」
「霊の気配がするのう……」
鈴の音があった。
やがて近づいてくる……、その音の間隔は、歩幅と同じだ。
やってくる。
鈴の音を聞いた周囲の霊たちが、すかさず、自分の墓へ隠れた。
絶対に壊されない盾に、身を隠す。
そして、夏でも全身を覆うような重たい見た目の霊媒師がやってきた。
「な、なんだ……?」
「霊媒師がきたな。定期的に、こうしてふらふらしてる霊を退治するために巡回してるんだ。……早く逃げないと退治されるぞ……、まあ、退治とは言ったが、成仏だから……痛いのは最初だけで、昇天してしまえばあとは極楽って噂だぞ」
「その先を知っているわけじゃないんだろう!?」
「そりゃ、アタシは成仏したことないし……噂でしか知らないっつーの。
いってみれば分かるよ。いってみないと分からない……もしかしたら苦痛の連続かも?」
「それを聞いて、のこのこと霊媒師の前へ出られるか! き、君の墓に入れてくれ!!」
「いいけど……意味ないけどなあ」
少女の墓の裏へ、青年が身を隠す。
が、当然、霊媒師が気づいた。
まるで墓が透けて見えているかのように、青年の居場所を言い当てる。
「そこにいるのかい?」
「ほら、霊媒師のババアのご登場だ」
鈴の音が止まった。
霊媒師の視線は墓の裏ではなく、上に寝転ぶ少女へずれた。
「ヨミ様は今日もご元気そうですね……、いかがですか、成仏、そろそろしませんか?」
「まだだな。うん百年とここにいると、愛着も湧くし、居心地も良くなってくるんだ……ここまで居座ったら、最後まで居座ってやろうと思ったんだよ――」
「最後なんてあるんですかね……。
はいはい、そうですか……私の命も、もうそろそろなんですけどねえ……」
「オマエの娘か孫が、どうせ後を継ぐんだろ……? そうやって今まで世話になってきたんだ……、世話をしてやった? 最初はアンミツ、娘のリオウ、その娘のコトブキ……そしてオマエ――カエデ。娘の名はなんだった? サクラ、だったか?」
「孫の名前はコスモスですよ」
「……ほんとにそれでいいの?」
いいのだろう。
少女が生きていた時代とは違う――時代の常識は変わっていっている。
「娘は継ぎませんので、可能性があるとしたらコスモスちゃんですねえ」
「ふうん。まあ、会いにやってきたら、面倒くらいは見てやるよ」
「お願いしますね、ヨミ様……では、仕事の方、よろしいですか?」
「好きにしたらいいだろ。あ、でも加減はしてやってくれよ、『墓なし』の新参者だ、成仏することに怖がってるからな」
「ええ、できる限りは」
自分のことを言われている、と自覚した青年が、墓の後ろで身を小さくさせる。
「隠れても意味ないんだけどな――だって、」
霊媒師が長い言葉を紡ぎ……――滅ッ!! と叫んだ。
白い光が墓を貫き、青年の胸だけを焼いた。
「あが、ぎぃ、あがあああああああああああああああああああッッ!?!?」
「この墓が守ってくれるのはアタシだけで、オマエじゃない」
彼の存在が消えていく。
燃えた紙のように、徐々に小さくなっていく青年が、天に昇っていく。
「墓はやっぱりないとな……こうしてきちんと建っているだけで、霊を守ってくれる役目があるんだ……、知らなかったとは言え、墓を建てなくていいなんて言わない方がいい――
こういうことは、生きている人間が周知させていくべきなんじゃないのか?」
「こちらとしては、霊に引きこもられると困ってしまいますのでね……、ああいう『うっかりな霊』は楽なんですよ――」
「そういうもんか」
「そういうものです」
すると、霊媒師が少女の墓に手をつけた。
今だけは、霊媒師ではなく、老婆として、死者への感謝だ。
「いつも悪いな」
「いえ、きちんとお手入れをしないと、経年劣化で倒れてしまいますからね。
人の想いが霊を守る力になってくれますから。……もしも私たち一族が、ヨミ様のお墓をきちんとお手入れしていなければ――だいぶ前に守護の効力を失っていましたよ」
「え。……ほんとに?」
「ですよ。なので放っておけば、ヨミ様を成仏させることはできたわけです」
墓がなくなれば、霊は身を守る術がない。
霊媒師にとって、仕事をする上で願ったり叶ったりの状況なのだが……、
「なんで……」
「お手入れをするのか、ですか? 退治したいわけじゃないです。成仏させたいわけで――ヨミ様が納得した形で成仏していただくのが一番ですから。
そのために背中を押すことは、やぶさかではないんですよ」
「……そう言われても、まだ成仏しないからな」
「お好きにどうぞ。後のことは孫のコスモスちゃんに頼ってください」
「――ではヨミ様。お先に成仏してまいりますね」
「……早くないか? もうちょっとゆっくりしていっても……」
「霊を成仏させてきた霊媒師が、いつまでも現世にいるわけにもいきませんからね……それに、上は極楽浄土だと信じていますから」
元霊媒師の霊・カエデは成仏した。
それから数日後、彼女の後を継ぐ、新たな霊媒師がやってきた。
夏でも着ているその重たい服装は、まだ体に合っておらず地面に裾を引きずってしまっている。……まだ小さな少女だった。鈴の音も落ち着かない。まだまだ、祖母には届いていないが……、これからだ。
「オマエがコスモス?」
「は、はひ……っ、お、おばーちゃんから、聞いてます……ヨミ、さま……?」
すると、霊媒師の少女の緊張が、少しだけ解けた。
なにを見て、肩の力を抜いた?
「オマエ、今ちょっと気を抜いただろ? 年が近そうな見た目だからって――違うぞ、アタシは何百年も生きているんだから、オマエよりもすっごい先輩だ」
「せんぱい……じゃあ……、こういうの知ってる?」
コスモスが取り出したのは、長方形の電子機器。
当然、ヨミが生きていた時代にはなかったものだ。
「っ、なんだそれ、小さな画面に映像が――はっ!? 飛び出してくる!? やめろなんだその音楽は! アタシが好きなのはもっと落ち着いた曲で……でもその曲もノリやすいなあ……」
「町の子はみんなこれで遊んでるし、コミュニケーションを取ってるよ」
「…………、なにが言いたい?」
「何百年も生きていても、時代の変化についてこれてなければ意味がないんじゃないかなーって。なんだっけ、せんぱい? じゃあヨミさま、この機械の使い方を教えてよ」
手を伸ばしたヨミは、当たり前の事実に気づいて、手を引っ込める。
「幽霊が触れるわけないだろう……!」
「冗談ですよ、ヨミさま。
……あ、そうだ、お近づきのしるしに、ツーショット、撮ってもいいですか?」
「いいけど……それ、堂々とした心霊写真になるだけなのでは?」
―― 完 ――
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