仔猫のおくりもの

すぅ

仔猫のおくりもの


シミがかわいいなんて感じたのは初めてだった。

シミなんておばさんの証とか、そんな風にしか思ってなかった。

でも、あなたのそれを見たとき、僕はかわいいと感じてしまったんだ――



大学も休みの日曜日、僕は祖母の家に遊びに来ていた。

縁側でのんびりとお菓子を食べながら外を眺めていると、庭に1匹の白い仔猫が迷い込んできた。

よたよたとやっと歩いているようで今にも倒れそうだった。

辺りに母猫はいなさそうだ。

はぐれてしまったのだろうか。

気づいた時には僕はその子を抱き上げていた。

小さくはあれど、その軽すぎる身体に怖さを感じた。

「おばあちゃん、ちょっと動物病院いってくる!」

居間にいる祖母に声をかけ、病院に行く準備をする。

空いたダンボール箱にタオルを敷き詰め、仔猫をそっといれた。

自転車のカゴにのせ、近所にある病院へとむかった。


病院につくと、受付の看護師さんにどうしたのか声をかけられる。


「すみません、うちに迷い込んできた仔猫なんですけど、弱ってるみたいで…」


「診察室にどうぞ。」


待ってる人はおらず、すぐに診察に通してもらえた。

先生は一通り仔猫の様子をみて


「しばらく母猫と離れちゃってたかな。栄養失調だ。」


と言うと看護師さんにミルクをあげるよう指示を出した。

注射器のようなものに入ったミルクを仔猫の口元に添え、少しづつ与える。

お腹を空かせていたんだろう、懸命にミルクを飲んでいる姿に僕はホッと一安心した。

仔猫はミルクを全て飲み干し、眠たそうな顔をしている。


「おうちでミルク、あげられるかな??」


「あの、僕の家ペット禁止のマンションで…祖母の家は前にも飼ってたし大丈夫だと思うけど、ミルクはちょっと大変かもしれないです…」


「そっかぁ。ちょっと先生に確認してくるね。」


少しして看護師さんが戻ってくる。


「離乳まであずかるのは大丈夫だって。」


「本当ですか。来れるときはなるべく様子見に来ます!」



それから、バイトがない日や休日には病院に向かって仔猫の様子を見にいくことにした。


次の日の夕方、病院へ向かうとちょうどミルクをあげるところだったらしい。


「今日もいっぱい飲もうね。」


看護師さんの、優しい声色が心地よく耳に響いた。

診察台を挟んで、すぐ近くに看護師さんがいる。

なにげなく、看護師さんを見遣る。

女性をこんな近くでまじまじと見るのはそうないことだった。

頬のあたりに、すこしシミがあるのが見えた。

見た目からして30代後半くらいだろうか。

特別美人というわけではない。

なのに、なぜか僕は看護師さんのミルクをあげる表情に魅入ってしまった。

大学生の僕からしたら、おばさんと称してもいい年齢だ。

その証のシミがかわいいと感じるなんて。

今まで年上に興味を持ったこともなかったので、この感覚に戸惑いを覚えた。


「はい、よく飲めました。」


看護師さんの声に慌てて仔猫の方に目線を戻す。


「元気になってよかったです。」


「この調子なら大丈夫そうだね。」


仔猫をひと撫ですると、甘えるように擦り寄ってきた。

連れて帰りたくなるのをこらえ、僕は病院をあとにした。


家に帰ってからも、看護師さんのことを考えていた。

恋愛的な感情とはまた違うような気がした。

というより、恋愛に踏み込むことが出来ないだろうと逃げに入ったかもしれない。

僕には昔からコンプレックスがあり、160cmと背が低いことだ。

好きだった子に告白したとき、背の高い人が好きだからという理由で断られたこともある。

やはり人は見た目かと落胆した。

それ以来好きな人は作っていない。

でも看護師さんに出会って、本来ならマイナス要素であるだろうシミをかわいいと感じたことにより、自分の背の低いことも悪く感じない人もいるのではと思い直した。

自分が短所だと思っているところも、人によってはプラスに受け取ってくれる人もいるかもしれない。

そう思えると、自分のコンプレックスもやわらいでいくのを感じた。


次からはご飯の時間を教えてもらい、それに合わせて病院に行くようにした。

ミルクを飲ませている間、看護師さんを盗み見していた。

またかわいいなと思ってしまう自分がいる。


他の患者がいない時は、仔猫と遊ばせてもらっていた。

おもちゃにじゃれてくる様子が愛らしい。

それを見つめる看護師さんをチラ見する。

穏やかで優しい表情をしていた。


やっぱり好きだな。

好き、という感情はわかっていた。

でもこれは恋愛でない何かだった。

たとえば、相手とキスしたいとか、そういう感情がわいてこなかったからだ。

恋人になりたいなどということもなかった。

このなんとも言えない感情を持ったまま、仔猫の引き取りの日がきた。



仔猫のごはんがドライフードに切り替わったところで、祖母の家へと連れて帰った。

看護師さんとは、それ以来会うことはなかった。

寂しくはあったけど、理由もなく会いに行くことも出来なかった。

仔猫はそれからもよくごはんを食べ、すくすくと元気に育っていった。



仔猫を拾ってから数年たち、僕は社会人になった。

コンプレックスも克服し、僕より背の高い彼女もできた。

祖母の家に行って、ねこを見る度にあなたと出会ったことを思い出すんだ。

見た目だけでの判断に苦しんでいた自分を変えてくれたこと。

欠点だと思われるようなことも魅力的に映ることがあると教えてくれたこと。


今ならそう思える小さな悩みの世界から救ってくれたあなたを、僕はきっと忘れないだろう。



ーーーおわり。




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