Part 03. Remnant

 ――公安本部司令塔四階、中央作戦指令室。


 中央広場同様に、絶え間ない報告と共に職務をこなす数百名の職員。東京監視システムの他、数多の情報を映す巨大な複数のモニター。東京本部勤務の全捜査員の任務を司るに相応しいその空間に、新たな風が吹く。


「繋がりました、スクリーンに出します」


 眞木の入室と共に映し出される三名――公安警察、大阪・兵庫・京都の各支部長。

「奴が消えただと?」

「あぁ、こっちやと最後の記録は家宅捜索の前日や」

 問いに答えるは公安警察大阪支部長――畑川はたかわ康利やすとし。天下の台所の裏で東京本部と同等規模の施設を構え、各道府県の支部をまとめ上げる。

「密輸関係者との接触――こいつらはもうの一課で始末しとる」

 追加で映し出される、大阪府内の監視カメラ映像。複数の組員と共に、人気のない場所へと入る姿が収められている。高解像度の監視カメラにより取引相手の顔は割れ、政府のデータとの照合により本名、住所、経歴など何から何まで。極道――いや、民間に危害を及ぼしかねないヤクザへと成り下がった連中へは、情報が出揃い次第速やかに公安部が対処する。

「こっちにも何人か来はったわ、一旦身柄は確保しとる」

 全組員の移動経路は3D地図に表示され、京都支部長の発言通り運よく現場に居合わせなかった者も拘束済み。必要であれば、殺処分も厭わない。


「その日は何事もなく事務所へ戻ったが、以降、《トワイライト》の到着まで奴が外出しおった形跡はあらへん」

「彼出向いた際、建物内にはおったのか?」

「家宅捜索の時に全員ぶっ殺しはったんや、死体始末した絢路組と確認したんやが一致する奴はおらんかった」

「隠し部屋やらもあらへんのやろう?」

「せや、困ったことにな」

 

 専ら当日の彼に下された司令というのも『密輸銃器の確保』であり、組員の対処に関しては『現場の判断に委ねる』と。実際問題組員総出で青年一人を血祭りにあげようとした以上、職務上の正当防衛で殺害もやむなし――それは公安の憲章、憲法九十八条の二に基づくものと言える。

 無論ほったらかしで済むようならば楽な話だが、公的機関による現場での虐殺は組織の痕跡と共に抹消されなければならない。が残っていては世間の不信感と嫌疑の矛先がいつ誰に向くか分からないが故に、弾痕や破片、血痕など証拠になりうる全ては綺麗さっぱり消し去られる。特に死体の扱いには丁重に――相手が何人たりとも同じ人間としての敬意を払い、各々の風習に従って適切な処置を施し、公安の施設で保管もしくは火葬後に国有地への埋葬とされる。


「――ミカエルか」


 ふと、兵庫支部長が口を開いた。

「先日発生したインターポールへの大規模なサイバー攻撃、その影響でミカエルに負荷がかかり、僅かな間一部システムが機能停止状態に」

「だが復旧自体は完了しているはず――」


 何かを察したかのように、ある男が口を開く。

「その間にバックドアを仕込まれた可能性は十分にありうるでしょうな」

 公安警察副総監、藤原ふじわらりょう――眞木の右腕として、ミカエル以下複数のシステムの開発に携わってきた。日本全域に張り巡らされた監視網は、効率的な運用の為にミカエルに依存している。

「全システムの再検査を行え。所要時間は?」

「最低でも九時間はかかりますが、可及的速やかに」

 眞木からの指令に応じ、職員へ目配せ――システム担当、十数名の司令部職員と共にその場を離れる。歩きながらホログラムを投影、また素早くそれぞれに指示を下す。


の可能性は否定できん。予備システムを活用し検査終了まで警戒を厳とせよ」

 ミカエルの目が確実でない以上、限界はあるが公安の人員を以て人手での監視にシフトせざるを得ない。公安部、特捜局――そして情報局や戦機隊も動き出す。

 そして間髪入れずして、職員が報告する。


「総監、インターポールから連絡が」


 噂をすれば――心の中で留める彼等。

「繋げ」

 モニターに映し出されるはブロンドのイギリス人。画面端には『フランス・リヨン』と。

「ミスター・眞木、そして公安警察の皆様方。日頃からの協力に礼を言う」

 国際刑事警察機構――インターポールの名で知られる組織の総裁、デイヴィッド・C・カリック。眞木の旧友にして、独立戦争後最大の事件を収束させた者たちの一人。

「まずくだんのサイバー攻撃で、公安を始めとする各機関に被害が出た事については深く詫びる」

 公安を始めとして、インターポールは各国の秘密警察や諜報機関と提携――内政干渉は行わず、世界規模の脅威やいわゆる『不可視犯罪』に関する情報提供、そして協力を行う。実際、過去複数回に渡って公安はインターポールに恩がある。

「カリック、用件は手短に頼む」

「分かった――直近の悪い話だけではない、特別犯罪局が実行犯の存在を掴んだ」

 被害を受けてからでは遅い――この世界において後攻は圧倒的に不利だが、そのリカバリーはしっかりと果たしている。

 カリックの操作に応じ、暗号通信で転送された複数のデータが自動的にホログラムで投影される。特別犯罪局の捜査ファイル――既に相当の情報が搔き集められている。

「『レムナント』を名乗る国際的なテロリスト集団。彼等の目的は恐らく――」


「東京サミット」


 司令部の面々が、その言葉に硬直する。

 人類独立戦争以降、世界経済・安全保障等について世界各国の首脳が集まり会議を興す。今年、二〇二六年は十月に東京での開催が決定していた――その影響により、サミット会場の建設を始めとして都内での再開発が進められている。

「サミットでの首脳陣抹殺は何としても阻止しなければならない」

 カリックが話す中、職員たちは既に眞木からの指令を下されずとも各方面へ情報伝達を始め、眞木及び畑川以下各支部長はファイルへと目を通し続ける。

「世界全体の秩序と安定に影響する問題だ。早急に正体を暴き、速やかに壊滅させなければならない」

 降りかかったこの問題は、戦後三十年貫かれた世界平和の崩壊を招きかねない――彼等にとって、最も由々しき事態。武力と恐怖による支配という凄惨な時代への逆戻りは、紡ぎ上げてきた全てが無に帰する。是が非でも、この平和は――。

「我々も動かねばならんな、を頼む」

「了解した、直ちに手配しよう」

 画面の向こうで、カリックは秘書や側近たちへ端的に指示を下す。同様にして東京本部のみならず、各支部もまた。


「――それと」

 少しの間を置いて、カリックは口を開く。


「引き続き使の世話を頼む」

 その詞の真意を知るのは、この場において眞木と畑川のみ――司令部の面々はその大半が知らぬが、深追いをしようとする者は誰一人として居ない。


「人類の切り札――その為のマンデイター計画だからな」


 世界には、知らないほうが幸せな事が山ほどある。表の社会に生きる人間にとって、公安を始めとする裏社会は知らなくて良い。裏社会に生きる人間にとって、その陰謀は知らなくて良い。

「幸運を祈る」

 カリックはモニターから姿を消し、映し出されていた資料も虚空へと。モニターの最前面には、東京監視システムが戻される。


「各部署警戒態勢コード・ブルー、組長の捜索は引き続き行え――追って通達する」

「「「了解」」」

 再び慌ただしく動き出す中、支部長たちは通信を終了。眞木も同様に立ち上がり、ホログラムへと目を通しながら歩み去る。


 ◇◇◇


 ホログラムの機密文書を読みながら、再び煎茶を口にする眞木。背後から差し込む日光――だが、総監執務室は東京の地下八十三メートル故にそんなことはありえない。斜陽の発生源は超小型の人工太陽――先の戦争で会得したテクノロジーひとつで、東京本部の全電力を賄うだけに留まらず。


 コンコンコン、とドアより響く。


「入り給え」


 ドアより姿を現すは神崎。


「お呼びですか、総監」

「さっきの件だが――」

「機密解除ですね」


 すべては彼の予測通り。外見に似つかわしくないスペックと経験がそれを可能にする――時に、ベテランをも超越することさえ。


「インタポールの一件に関しては存じております」

「なら話が早い。以降、特捜局と情報局が主体となって実行犯のテロ組織を追う。通例通り複数の者には別行動の指示を下す」

「私は単独行動、と」

「いや、一人ではない。そろそろ来ると思うが――」

 彼がそう発した時、ノックの音が響く。その奥にいる者が何者か、思考を張り巡らせていた。総監が直々に自らとタッグを組ませるような人間――それは特捜局一課か、司令部直属の人間か。


「どうぞ入ってくれ」


 現れたのは、彼の予測を大きく外れた存在――少女。その外見は、神崎と同じく十八にも満たない学生。年齢柄、公安などという闇にまみれた組織へ属しているはずがないと思わされるその清楚な姿に、彼は僅かに舌を巻く。

「大阪支部、公安部三課からの引き抜きだ。似那にな和香わか――特捜局への異動に際し、以降はコードネーム《オリヴィア》と呼称する」

 眞木からの紹介を耳にしながら、即座にホログラムを起動する彼。公安のデータベースから捜査員ファイルを検索。映し出されたプロファイル、『生年月日』と記されたその項に、再び驚く――僅か十五歳。早生まれだが、彼と同い年。

「よろしく、《トワイライト》君」

「よろしく頼む、《オリヴィア》」


 ホログラムを停止させたのち、握手を伴った二人の簡潔な挨拶が済んだところで眞木は続ける。

「君達は現時点を以て特捜局の管轄を外れた独立部隊となる。二課の中でも群を抜く強さ、そして外部から一番警戒されない姿――大きなアドバンデージとなるだろう」

 彼等の外見は一般的な学生とさぞ変わらない。特に敵からの警戒を緩めることを可能としながら、年齢に見合わぬ実力故戦闘において有利に立ち回ることができる。

 公安警察、その総監たる眞木からの信頼を預けられたのは青年と少女――彼等ならば成し遂げるとの確信を以て。

「念の為だが言っておこう。命は落とすな、最優先命令と思え」

「「了解」」

 二人は揃って返答。よし、と眞木が頷きホログラムを動かす。神崎の腕時計へと送信――似那に関する情報はそこから映し出されていた。見た目はただの洒落たアナログ時計だが、中身は近未来のスマート・ウォッチ。


「早速だが仕事だ。翌日の十三時頃、特別犯罪局からの派遣捜査員が羽田に到着する。到着後、本部まで護送しろ」


 二人は互いの顔を見合わせ、小さく首を傾げる――あまりにも単純かつ簡単であり、公安部ではなく特捜局の二人にわざわざ行わせるのは非効率的でないか、と。だがそんな疑問を晴らすかのように、眞木の口から語られる。

「総裁曰く、発信元不明のメッセージが届いたそうだ。暗号文なのかポエムなのか分からんが、文の要旨は『下手に動けば派遣捜査員の命はない』と」

 彼の手の上で踊るホログラム――『狂いし世界を定められし軌条へと戻す都市、その妨げとなろう者は塵残さず』と。少なくとも、差出人は独特な感性を持っているらしい。


「いち派遣捜査員に、その何者かが固執する理由はなんです?」と尋ねる似那。

「彼がだからだろうな。民間人に扮して来日する手筈になっている」

 『パスファインダー』――インターポールから各国関係組織への情報伝達を担う者にして、機密情報を握る者たちの通称。機密情報の開示は当人の判断に委ねられている以上、失っては致命的な存在でもある。

 さらに追加で投影されるホログラム――羽田空港の警備網に護送ルート、捜査員の配置予定図。似那は事を察したのか、それ以上発することなく。


「異論がなければこれで以上とするが、構わんか?」


 二人は顔を見合わせ反応を確認――どちらも問題なし。目線を眞木へと戻す。

「翌朝六時に行動開始、公安部からの動員リストも時間があれば確認してくれ。以上だ」

 頷く彼等、「了解、失礼します」との言葉と共に部屋を去る。

 眞木は見逃さなかった――彼の瞳から発せられた、形なき声を。


 ――『何故、僕に相棒を?』


 彼はその心を知ってなお、静かに煎茶を飲み続ける。


 ◇◇◇


「僕と同年齢の人がまだ居たとはな」

「大阪でも君の名は知れ渡っとったけど、うちと同い年やったなんてね」

「――それはまたどうも」

 エレベーターのリフトへと乗り、パネルを操作して三階へと。


「ところで、一つ聞きたいことがある」


 悩んだような溜め息をついて言う彼へ、彼女は視線を動かす。横からではあるが、透き通るようなその蒼い瞳の奥。注視しなければ気付けないが、奇妙な何かを覚える。

「もし、自分の引き金が全世界の命運を変えてしまうものなら――引けるか?」

 ただの問いではなかった。彼が抱える重大な何かを、相棒として共に背負えるか――そのカタチは、誰にも知りえない。


「この世界を平和に導くなら、うちは躊躇わず引く」


 その言葉に、視線を彼女へと向ける神崎。彼女の持つ瞳――人並ならぬ何かを感じ取り、そして心の中に留める。ほっとしたような表情で戻す顔、「よろしく頼むよ、」との言葉とともに。

 リフトは到着、ドアが開いて彼等は再びその歩みを進める。手すりからは中央広場を見下ろせる構図となっており、依然として数多くの人間が行きかっている様子を目の当たりにできる。

「大阪もそうやったけど、ようこんな施設作れること」

「元は政府の非常シェルターだが――今の本部は独立戦争の賜物だ」

 数十万人を居住可能とし、兵器の製造から研究、車両倉庫に自給自足の食糧システムや人工太陽による発電。必要なものは何一つ欠けることなく、ここに揃っている。無論東京本部だけではない――似那のかつてのポストである大阪を始めとして、各道府県の支部それぞれが地下の超音速鉄道によって結ばれている。全ての施設はまるで病院のように白く、綺麗で洗練されている。どこをなぞっても、埃ひとつないほどに。

 かつては必要最低限の設備しかない場所に過ぎなかったが、戦後の世界協調・団結を目的として各国機関が負う役目は大きくなり、それは公安も必然的に。日本政府は継続的に莫大な税金を投じており、その影響で全国規模の組織の運営を可能としている。

「独立戦争……今でも爪痕は残ってる」

「だが犠牲の上に成り立った平和を守り抜くこと――それが僕らの役目」

 二人が辿り着く地、自動ドアが開いた先に広がるは総監執務室同様モダンな雰囲気の漂う空間。機能性を究極に追及した会社のようなフロアでなく、捜査員一同に程よく心の余裕をもたらす旧世紀の要素を主体としたフロア――公安警察、特殊捜査局本部。


「ちょうど来たな」


 同僚と話す、高身長でスラリとした体形の持ち主。

「先輩、珍しく現場には居ないんですね」

 その名を、コードネーム《ダマスカス》――神崎の師匠にして、公安警察で最強の捜査員。そして公安五大老のトップに君臨するのは、彼であった。

「ここをしばらく任されちまったもんでな、思うように身動きできん」

「致命的ですね、僕だったら投げ出したくなるほどに」

 現場主義者――それ以上に、彼の行動を表現するに相応しい言葉はない。ましてや、その面影は弟子である神崎にも。


「そんなことはさておき、司令部から回ってきたぞ」


 彼がそう言いながら手を動かしたとき、通りすがりの一名がその手に置く。

「ホットコーヒーお届けよ」

「おうよ」

 何の躊躇いもなく口に含むが、瞬時にそれを吹き出す。咳き込みながらも「だからブラックは無理だって言ってるだろ」と発する先には、同僚の女性の姿が。

「油断するのが悪いんだからね、《ダマスカス》」

「うるせぇこんにゃろ」

 にやける彼女に対し、ガンを飛ばす彼。軽いいざこざが勃発しかねないが、日常茶飯事。そしてここは公の場――軽く咳払いをして状況を戻す。


「……気を取り直して」


 複数名の捜査員が大きな机を取り囲むように集い、数百枚にわたる文章を孕んで起動するホログラム。

「いつ名乗ったのか知らんが、組織の名は『レムナント』」

 『残党』を意味する言葉――神崎の頭の中にあった事柄と結びつく。


「アルカイダの生き残りですか」


 彼の問いに、《ダマスカス》は頷く。

 二十一世紀最大の事件である、世界同時多発テロ。その首謀者たる国際テロ組織――アルカイダ。世界平和の崩壊と、自国の誇りに対する毀損を許さない者たち――特にCIAの通称を持つ米中央情報局が血眼になって指導者の所在を突き止め、ミサイル攻撃によって抹殺。その後報復として勃発しかけていたアメリカと中東との戦争は、インターポールを始めとする組織の介入もあってか回避された――という歴史。

「幹部もまとめて殺処分されたはずだが、機密解除のファイルによれば数名が行方をくらましていたらしい」

 羅列される名前、無論二人にはなにひとつ馴染みがない。それどころか公安の人間でさえ、このアルカイダ殲滅にあたって関与したのはごく僅か――陣頭指揮を執った者は、今や公安に居ない。なにせ実際に動いたのはアメリカであって、日本が動くような節ではなかったことも事実である。

「てっきり俺は死んだものかと思っていた――特別犯罪局の連中はこれが生き残りだと踏んでいるようだ」

「サミット前に厄介事なんてごめんですよ」

「まったくもってそうだ――こんな奴らがいるから、俺達の仕事は減らないんだろうな」

「特捜局も大変そうですね、公安部とは違う意味で」

「腹一杯になるだろうぜ、覚悟しといたほうが良いかもな」

 《ダマスカス》と言葉を交わす彼女。公安警察が担う役割、その過半数を実質的に特捜局が。犯罪捜査とは名ばかりに、諜報から破壊工作――彼等は、公安における便利屋。


「一課は海外に飛ばしますか?」

「動かせる人間は動かして構わんが、一定数は国内に残しておけ」

 部下たちには適宜指示を飛ばす。二課・三課・四課は国内での基盤固めが急務――その一方で一課は常日頃より海外へと派遣される。


「我々はまず敵を知ることから始めなければな」


 全員が彼の発言に頷く。戦における常識――孫氏の兵法のひとつ。今や古ぼけた代物だが、いつの時代においても与える影響は大きい。そういった教養を持つ者には、特に。


「一日でも早くケツに蹴りを入れるぞ、解散」


 彼の言葉に応じ、捜査員たちはそれぞれの場所へ――神崎と似那はその場に残る。

「明日の護送任務、頼んだぞ」

「「了解」」


 揃って発する二人に、彼は「若々しいのが羨ましいぜ」と一言。

 《ダマスカス》の年齢は二十九歳――特捜局一課所属の人間という観点では、かなりの若さであるものの弟子とその相棒は十六歳。彼等よりも十歳以上年上という現実が、巨大な棘として彼の心に突き刺さって来る。

 彼が僅かしか老いていないその身体に溜め息をついたその時――それは、突然に特捜局の本部へと姿を現した。


「宅急便で~す」


 ガラスが割れる音と共に、腹に段ボールを抱えたドローンが二機。内臓の小型スピーカーから響くその声、主はスリー・エックス。

「またお前か。いい加減ガラスを突き破るのは勘弁しろ、ぶちのめすぞ」

「物騒なことを言うもんだねぇまったく」

「業務改善命令が出ないんなら人間改善作戦でも実行してやろうか」と呆れながらに。


 ドローンは神崎と似那のもとへと動く。


「総監からの依頼品だよ~」


 二人が手を差し出すと、ドローンは抱える段ボールを話す。似那が手持ちのナイフで開けた先にあるのは、彼女が用いる拳銃の弾倉マガジンに加えていくつかの爆発物。だが今回の任務の中心となる羽田空港が民間人も利用する場であるならば、爆発による損壊といった痕跡は残すべきでない――故に、破壊力よりも殺傷力に重きを置くモノ。

「ついでに僕からのおすすめで煙幕弾も入れてる」

 赤いゴルフボールのような形をした球体――携帯用煙幕弾。主に視界の妨害を目的として用いられ、激しい衝撃を感知すると内部の物質が化学反応を起こして煙を生じる。相手に向かって投げて視界を奪うもよし、自身の至近距離で用いて後退の為のヴェールにするもよし。使いどころは、戦術の数だけある。


「君にもお届けだぞー」


 もう一機のドローン越しに、神崎へと話しかける彼。しかし「武器関連なら手持ちで十分だ、部屋の前に置き配でもしといてくれ」と。それに応じるかのように、ドローンは先ほど突き破って来た穴を平然と通って、公安本部を飛んで行く。


「さすがはメイド・イン・チ――」

「それ以上はいろいろまずいからやめておけ」と《ダマスカス》が彼の言葉を遮った。


 神崎が口に出そうとした言葉――爆発の可能性がある危険物という意味では、完璧にマッチしている。しかしかと言われればそうでもない。かつて《スウィンドラー》が言ったように、その品質は最高レベル――とはいえ、明らかに危険性の方が高いことは事実である。

「いずれにせよ――」

 《ダマスカス》は言葉を濁らせるが、続けざまに。


「アイツは悪魔だ」

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