第36話 曖昧推理
雨衣円座。
忘れそうだが、ぼくと楽外が出会うことになったきっかけを作ってくれた少女だ。
そう言えば、あいつ、突発的にぼくに会いにくる、とか言っていたけど、しかしあの日以来、コンタクトがないな――、それは良いことなのか、悪いことなのか。
こないとなると、それはそれでそわそわして気持ちが悪いな……。
きてもらってもそれはそれで困るけどさ――。
今になるまできていないということは、これからくる、ということでもあるが……。
その雨衣円座が犯人、か。
可能性の話だ、しかし否定もできない。
でも、あの雨衣が心志さんを殺すか? いや、彼女の人柄など、あの日――出会ったあの日に見たものしかぼくは知らないのだから、分かるはずもない。
殺していない、とも言えないが、殺した、とも言えないほどの無知だ――。
動機は分からない。
だが、実力は充分――
ぼくを襲ってきた時のことを思い返せば、まるで『気づかれる前に殺す』みたいだった――暗殺だ。
心志さんにも通用するかどうかは分からないが。
「どうしてそう思う?」
ぼくは聞いてみる。
「そうね、やっぱり、疑う理由が知りたいわよね――、あの子はね、雨衣、円座はね――、元、魑飛沫なのよ」
元、魑飛沫……?
過去に魑飛沫であって、現在は魅奈月に所属している少女――それが彼女、雨衣円座だって?
え、それは可能なのか……?
魑飛沫も魅奈月も、持つその性質は違うのだ。
特徴を二つ、彼女が持っていたということか?
それとも特徴が、彼女の中である時、切り替わったということなのか――。
「パパがこのタイミングで殺されたのは、跡継ぎ問題が関わっていると思うんだけど――どう? 合ってるかしら」
「うん、まあ、ぼくもそう思うよ。心志さんを殺し、内部分裂させようという、他の一族の企みだろうね。このままいけば、まんまと相手側の思い通りの末路を辿りそうだ」
「そこなのよ。他の一族の跡継ぎの時期なんて、本来、分かるはずないでしょう? 大体の予想はできていても、確実なところは分からない――、でも、この時期にパパを殺せたってことは、相手はぼんやりとでなく、ほとんど確信的に、分かっていたってことよね。だから、あの子を疑ったの――」
元魑飛沫だからこそ、過去の情報を使い、今の跡継ぎの時期を推測できた、ということか。
でも、それでも過去の情報だぞ? もしかしたら更新しているかもしれないのに……。
確信だと思っていたことが、実はずれていました、って可能性もあるだろう――なのに。
その情報に賭けて、心志さんを殺すだろうか。
「跡継ぎなんて、しょっちゅうするわけじゃないでしょう? あの子が魑飛沫だったのは、数年前よ……、その頃の情報が、そう簡単に変わることもないわ。それに、あの子も少しは探るでしょうしね。お得意の『かくれんぼ』で、ね」
なるほどね……。
となると、雨衣円座が犯人であるという説は、まあ、濃厚かもしれない――。
でもまあ、ここで。
心志さんの死体の状態を把握しておこう。
―― ――
死体はうつ伏せで倒れており、顔は血溜まりに埋まっていた。
血の噴出場所は、死体の胸だ。心臓部分から溢れ出ていた――
そう、ナイフ。
ナイフが深々と刺さり、絶命させていたのだ。
―― ――
「決まりね、犯人は雨衣円座よ――そうと決まれば、動かない理由もないわね。いくわよ、棺。学園にいって、あの子を捕まえるわ」
捕まえる――、聞いてみるのではなく、最初から実力行使ということか。
楽外の視野が狭まっているから、にしては、理路整然としていたか――。
ふうむ。
会話がないとなると、じゃあ戦うことになるのか――、楽外と、雨衣が。
魑飛沫と魅奈月が。
でも、どうだろうか……、違うんじゃないか?
雨衣円座は、犯人では、ないのでは?
無実の少女にしか思えないのだけど、無知のぼくだからこそ考える、ミスなのかもしれない。
でも――
雨衣は、魅奈月だ。
心志さんの胸に突き刺さっていたのは、ナイフだ。
たとえ過去、魑飛沫だったのだとしても、今は魅奈月だ。それに違いはない。
魅奈月にいるのだから、魅奈月の特徴を、確かに持っているのだろう。
魅奈月がナイフなんて、使うのか? 使えるのか?
だが、そんなことを口にすれば、楽外がさらに混乱することになる。せっかく落ち着いたのに、ここで波風を立てることはしたくない――、彼女も内心では分かっているのだ、口ではそう言いつつも、犯人が雨衣であると、信じているわけではない――。
まだ揺れている。
犯人だ、犯人じゃない――で、揺れている。
まあ、ここで指摘したところで、進展はしないだろう。
動けない状態を作るよりは、動ける時に動くべきだ。
この勢いを大切にしたい――。
たとえ見当違いだったとしても、疑惑を消化するために動いたっていいはずなのだ。
雨衣に確認し、違うなら謝ればいいし、合っていればそのまま捕まえればいい。
簡単なことなのだ。
そして、新たな手掛かりを掴むために、ぼくと楽外は、学園へ向かう。
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