第26話 vs特殊技師

 静かになった妹の方も見ず、体調が悪そうな弟のことも見もせずに、負冠兄妹、その長男は、ぼくと楽外を見てにやりと笑った。

「初めましてだな、魑飛沫一族。まあ、俺は他の一族に会うってことがあまりないからな――たぶん、会っている時もあるんだろうが、俺が確認していないだけなんだろうな――。だからこうして名を名乗るのは、新鮮だ――初めてかもしれねえ」

 言いながら、彼は地面を蹴り、たったの一回で、ぼくを越え、楽外の目の前へ、着地した――楽外の警戒区域を突破した、だと!? 楽外も目の前の彼に、目を見開いている……。

 そして、片手を地面につけ、その手を軸にし、回転――回し蹴りを楽外の左肩へ直撃させた。

 楽外は反応できない。

 いや、ぼくが見えなかっただけだ、彼の靴と楽外の肩の間には柄が挟まっている。

 柄で防御し、なんとか直撃は免れたようだ。

 反撃、に、移ろうとした時にはもう既に、彼は楽外から距離を取っていた。

 ぼくの隣へ着地し、ちらり、ぼくを横目で見て、汗の一つもかかないまま、涼しい顔で笑っている――。

「はッ、ははは、ひゃははははははははははっっ! 俺の攻撃を防ぐとはなあ!! やっぱ、魑飛沫は違うぜ、反応速度が桁違いだっ! こいつぁ、おもしれえ。魅奈月では味わえない、魎野目じゃあ期待できない戦いができそうだぜ――、おいてめえ、俺のお眼鏡に適ったぜ、女ぁ!!」

 叫び、彼が再び楽外へ飛び掛かる。そこでぼくは、彼が言ったセリフの、一族の名前に注目をした――魑魅魍魎、そこに含まれる四つの一族。

 彼はそのいくつかを口に出したけど、一つだけ、名前を出していなかった。

【魍倉階段】――。

 名前を出さなかったのは、なにか理由があったのか――しかし、単純なことだった、と遅れて気づく。身の回りの一族の名を出しただけで、自分の一族の名をわざわざ出すことはない。

 つまり、だ。

 彼は、魍倉階段に所属している……。

 確か……、特殊技師、だったか。

 剣士 vs 特殊技師。

 優勢か劣勢か、分かりづらい。

 だが、戦い方を見れば、どっちが現時点で有利なのか、不利なのか、見たままのイメージで答えるとすれば、楽外が押されているように見える――ぼく視点で、を言えばだ。

 楽外は防御のみを徹底している……、

 彼は攻撃を続けている――矛と盾、その関係性がずっと続いているのだ。

 楽外は柄だけを持ち、彼の蹴りをなんとか防いでいる……、刀身をはめこみ、戦えばいいのにと思うが、楽外がなぜそれをしないのか、理由を考えれば答えが出る。

 しないのではなく、できないのだ――。猛攻に追いつくので精一杯。刀身を交換する暇なく、ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ――、一瞬でも気を抜けば落とされる劣勢の状況。

 刀身交換なんてできるはずもない。

「――なんだよ、さっきから様子見で戦ってみれば、お前、防戦一方で、攻撃なんてしてこねえじゃねえか。それはしないだけなのか? 作戦か? まさか、できないとか言うつもりじゃねえだろうなあ? 前者ならまだ楽しめそうだが、後者なら興ざめだな。俺の目の前に立つ権利はねえ。魑飛沫、こんなもんかよ。これじゃあ蟻の巣に水を流し込む殺戮の方がおもしれえよ」

 言って、彼が飛んだ――、そして楽外の側頭部を狙い、蹴りを繰り出す。

 さっきから見ていれば、彼は殴れる場面でも蹴りを放っているように見える――、彼は蹴りに特化している、のか……? それなら、足を封じることで、攻撃力を半減させることができそうだが……。すると、楽外も同じことに気が付いたらしい。

 彼の足にめがけて、同じく足を出し、転ばせるような感覚で、すねを蹴る――。

 体勢を崩すが、しかし、彼は表情を崩さない。

 笑ったまま、微動だにしなかった。

 隙――、楽外の、蹴りを放ったその隙を狙い、彼は自分の足を捨て、握り拳を作り、楽外の正面に拳を突き出した。

 蹴りしかできない、わけではなかった……ッ。

 拳も使えるじゃねえかよ!

 彼の計算ではないだろう、勝手にこっちが推測し、騙されたと勘違いしているだけだ。

 自業自得である。足ばかり使うから手が使えないと思う方が間抜けである。

 そしてそんな小細工を使う性格ではない。

 彼は単純に、使いやすいから足を使っていたのかもしれない。

 偶然、手を使っていなかっただけで――、彼にぼくらを騙した、という自覚も、狙いも、なかったのだ。

 彼にとっては当たり前の拳――、それを、楽外は反射的に掴んだ。

 一瞬の隙。

 彼から生まれたその一瞬の隙は、楽外が反撃に移るまでの時間としては、充分過ぎる。

 刀身を取り出し、柄にセット、構えて攻撃に繋げる――。ただそれだけの動作が、ぼくにはまったく見えなかった。こうして説明できているのも、普通に考えて、楽外が攻撃に移るまでにしそうなことを予測しているだけだ。

 それから。

 結果だけを理解する――、名前の通りに、血飛沫だ。

 彼の血が舞っている。

 だけど彼は怯むことなく、自分の血に、見惚れているような表情だった。

 本当に、戦いを楽しんでいるようで……、そして意外だったのが、そこで彼は、攻撃をやめたのだ。

 どうやら戦闘狂ではないらしい。冷静に今の状態を理解することができる。

 最善の手を思いつき、実行することができる……、自分勝手ではない。

 さすが、兄貴という役を担っていることだけはある。

 見事な判断力だった。

 致命傷ではないが、しかし傷は傷だ。

 深い傷――、これ以上の傷は、避けるべきだと彼も思ったのだろう。

 抱える妹弟きょうだいのことを考えれば、ここで重い怪我を負うべきではない。

「ふん、油断していたとか、そろそろ本気を出すか、なんて、小物みてえなことを言うつもりはねえよ。認めてやる――てめえは強いな。この俺――魍倉階段である俺に傷をつけるなんてな。世界に五人いるくらいだぜ? てめえで六人目だな。いいぜ、いいぜえ、魑飛沫の女。これは俺の自己満足で、テキトーに流してもらって構わねえがよお、決めてんだ。自分が認めた相手には自分の名を名乗る、ってな。それは魍倉階段としてでも、負冠兄妹としてでもねえ、俺だ――俺個人の名だ――」

 舞う血飛沫。

 その源泉である頬の傷。

 そこから流れる血を舐め、そして彼が言った。

「魍倉階段の中でも異質と呼ばれている俺たち負冠兄妹――、仲間である同族からも嫌われている負冠妹弟――、じゃじゃ馬の二人を束ねるリーダーであり長男であり、基本的に裏舞台を担当し、表舞台には滅多に出ることがない男……っ、負冠ふかんぜんってのは、俺のことだ!」

 叫ぶように名乗る彼――負冠禅。

 その声は声とは言えず、言うならば音の大砲だ。

 こっちからすれば攻撃である。

 油断していたぼくと楽外は、その音の大砲をまともに喰らってしまう。

 鼓膜が破れたわけではないが、麻痺している感覚が続いている……。

 彼が一度、距離を取り、攻撃をやめたのは、今、この攻撃をするためだったと言うのならば、ぼくたちはまんまと策にはまったということだ。

 敵を目の前にして、行動を許してしまうなんて……。

 分かりやすい落とし穴にはまったような間抜けと、レベルは同じだ――。

「楽、外――っっ!」

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