第24話 咄嗟の救世主

 相手は女の子だ、さすがにぼくでも、こんなぼくでも、妹を後ろから引っ張れば、兄貴から引き剥がすことくらいはできるだろう。

 その後は、妹の方が頭を冷やしてくれるはず……。

 未だに、この兄妹を縛るルールは分からなかったが、引き剥がせれば、兄貴の方がどうにかしてくれるはずだ。意識がきちんとあれば、の話だけど――。


 さて、結論から言おう。

 失敗した。

 ぼくは妹を、兄貴から引き剥がすことができなかった。

 気づけばぼくは、空中にいた。後ろから掴もうとしたぼくの腕を反射的に掴み、一本背負いのように、前へ投げ飛ばしたのだろう――妹が。

 なにが、『ぼくでも女の子くらいは引き剥がせる』、だ。全然ダメじゃないか。

 逆に、ぼくが地面から引き剥がされた感じだった。

 忘れてはいけないはずだったのに、ぼくは忘れていたのだ――気を抜いていた。

 妹は、女の子でも、しかし『魑魅魍魎』なのだ。

 その中の一つの一族に、所属しているのだから。

 普通の女の子ならまだしも、戦闘一族――その道の女の子に、ぼくが勝てるわけもない。

 対等に戦い、勝てるわけがないのに――、もっとやり方は他にもあった、なのに……。

 油断ゆえの、今の結末だ。

 空中、女の子とは思えない力で投げられたぼくは、あっさりと屋上を囲うフェンスを越えた――そして、重力に支配され、ぼくの体が落下し始める。

 傍観を決めていたぼくが、こんなぼくが、誰かを助けようと思って立ってみれば、危機に陥っているのは、助けに入ったぼくの方だった。

 流れ弾が当たったようなものだが、その流れ弾は、致命傷だ――運がない。

 いや、ぼくが間抜け過ぎるだけか。

 運のせいにするのは、ずるいかもしれない。

 これだったら、なんでも運のせいにできてしまう。

 誰かを銃殺しても、石ころに躓いて、転んでも――運がないで片付いてしまう。

 便利な言葉だ。

 だけど、自分の失敗に向き合わない、悪用される言い訳だ。

 ぼくがよく使う言い訳――運がない。

 最後くらいは、使わないで終わらせたかった。

 地面が近づいてくる。

 いや、違う……、ぼくが地面に向かっているのだ。

 ぼくから近づいている。

 迎えにいっているのだ。

 地面ではなく、死を、死神を、捕まえにいっているのだ。

 たぶん、今は三階ほどの高さだろうか。

 勢いもつき、真下からの風も強くなり、目を開けるのもしんどかった。

 しかも、苦痛である……怖い。臓器がふわりと浮く感覚がずっと続いている。

 というか、ぼくはもう既に、地面に衝突していてもおかしくないのではないか?

 思ったが、死ぬ間際というのは、時間が長く感じるようで――、でも、それは走馬燈、というもののはずだけど、しかしぼくは、走馬燈をまだ見ていない。

 え、ぼくって、見られないの?

 まずそう考えた。

 でも、よくよく考えてみれば、他にもあるのだ。

 ぼくはまだ、実は、死ぬ間際ではないのかもしれない、と。

 ぼくはゆっくりと目を開けてみた。

 体に当たる風は、さっきよりも弱く、優しさを感じる――勢いも、殺されたみたいに無くなっていた。パニックになっているつもりはなかったが、ぼくは誰かに、体を支えられている、のか……? 落下から助けられていることに気づけなかったのは、自分が思っている以上に、していないと思っていても、パニックになっていたからか――。


 ぼくを助けた人物は、校舎の壁に刃物を突き刺し、その支えを使って、真上に飛ぶ。

 ぼくという人間、一人を抱えながらも、屋上まで走り抜けるように、重力に反発した。

「――うわっ!?」

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