自叙伝「或る変人の生涯(平成初期篇)」

夢笛メタ

第0001撃「メタ氏、中学に入学する!!」の巻

芝嶋中学は1970年代後半から80年代前半にかけて、

不良の巣窟として大阪でも一、二を争っていた、

と従兄弟のかっくんから悪名高い話を聞いていました。


「ちゃんと勉強せんから、ケッタイな病気にもなって、

こんな学校に入らなあかんようになったんや!

おまえには救いは無いわ!」

母からの言葉は、裁判長が発する死刑宣告を感じさせました。


そんなものだから、その芝嶋中学へ入学することになり、

死刑日当日を待ってるようで戦慄の走る日々です。

いっそのこと中学登校は無しにして、

自宅でのんびりハワイ休暇のような生活を望みましたが、

自宅は自宅で、母という鬼ババアがいるため、

自宅もまた生き地獄に違いありません。


小生は高校こそは名門校へ復帰するべく再起を図るんだ!

芝嶋中学なぞ、そのためのツナギにすぎぬわ!

と絶望感をかき消そうと自分に言い聞かせました。

愛犬のぺるの体を引き寄せ、ぎゅっと抱きしめると、

ぺるは慰めてくれるように、小生の鼻をぺろぺろと舐めました。


制服が届いたのは、入学の少し前の日でした。

生まれて初めての黒色の学ランというものでした。

昭和初期の帝大生とかが着ていた詰め襟のやつです。


ツナギでいくための元超不良校だから、

監獄の囚人服のように思いましたが、

少々魅力を感じた、

というのは偽りではありませんでした。

だからといってはなんですが、

その学ランを着て、

マンション「フォーエバー」内の長い廊下を往復してみたのです。


上緒修吾、小生が修ちゃんと呼んでいた幼馴染みが、

芝嶋中学の入学式に小生を学校まで引率してくれました。

前もって、母が修ちゃんの母親に頼んでおいてくれたからでした。


校舎までは自宅のフォーエバーから淀川沿いに、

徒歩で15分から20分の距離です。

登下校の際、門前で校舎に向かい脱帽し敬礼していた小学校と違い、

どの生徒も何事もなく通り過ぎ、門をくぐっていました。


運動場で砂埃の舞う中、入学式を終えました。

修ちゃんとはクラスが違い、小生は4組でした。


「おう夢野やんけ、おまえも芝中に入ったんか」

教室へと向かう途中、一人の男子生徒が声をかけてきました。

多坂でした。

小学生の頃、フォーエバー地下ショッピングフロアの

文化センターにあった空手教室の帰りに、

同じマンションの違う号館の知り合いだった多坂には、

私立小学校である自慢と、

空手に通ってるから強いんだぞ、

と自分を優等にみせていました。

だから、公立の中学校内でバッタリ出くわしてしまった気恥ずかしさと、

同時に、今後の学校生活は前途洋々案外楽しいものになるかも、

という淡い期待に揺れ動きました。


修ちゃんが緑谷という生徒を小生に紹介してくれました。

「りょくちゃん、俺の昔の友人やねんけど、よろしく頼むな」

と修ちゃんが言いました。

小生は修ちゃんが、小生のことを「昔の友人」、

と言ったことによそよそしさと不満を感じました。


緑谷はひょろりとして背の高く、喉仏が出ていて、

愛嬌たっぷりの話し方をする者で、

一瞬で好感をもってしまいました。

都合よく緑谷とは同じクラスで、座席も隣り合わせでした。

1年4組の担任となった中村先生からの

今後の学校生活に関する説明を終えて、

たくさんの教科書を詰めた紙袋を提げ、

緑色の強化ナイロン製のナップサックを背負って、

緑谷と教室を出ました。


修ちゃんと合流し、下校しました。

登校のときは淀川沿いの道を通りましたが、

下校時は緑谷の案内で芝嶋町の細い道をゆきました。

芝嶋の町並みは、昭和風情があります。

途中、緑谷は一軒の駄菓子屋を教えてくれました。

お婆ちゃんが一人でやっているお店でした。

お店といっても、木造家屋の自宅の一階部分を、

駄菓子屋にしているのでした。

涼しい古い木の香りで、いつまでも居たい気分になります。


緑谷が、駄菓子屋の冷蔵庫から30円のコーラを3個取り出し、

透明なプラスチックの容器のオレンジ色の蓋を開けて、

串に刺してある茶色いイカを3本出して、

小生たちにおごってくれました。

「旨い!!」

生まれて初めて口にした味わいでした。


緑谷の自宅は、芝嶋神社のすぐそばにあり、

「じゃあ、また明日な」

緑谷と別れ、小生と修ちゃんはフォーエバーへ向かい、

小生の家の階段下の一階で別れました。


帰宅すると母が掃除機をかけながら、

「新しい学校はどうやった?」

と訊いてきました。


「よかったわ」

無愛想に母に強がってみせましたが、

実は強がりでもなく本心に近かったのです。


「よかったね」

母が掃除機をかけながらそう言いました。


ぺるが教科書の詰まった紙袋や緑色のナップサックを、

物珍しそうに嗅ぎまわっていました。

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