第8話 鳴沢澪の秘密②

 堀は鳴沢が平手打ちを仕返して来るとは思っていなかったのか一瞬驚いた顔をしたが、直ぐにまた鳴沢に平手打ちをする。

 鳴沢もそれに怯まずやり返し、そのままいつ終わるか判らない平手打ち応酬決戦へと移行した。


 その後2人が暫くやり合った結果、最初に崩れ落ちたのは堀であった。

 堀は口の端から血を流し、脳震盪のうしんとうを起こしたのかフラフラして立ち上がれない様子だった。

 それを見た取巻きが、


「調子に乗るんじゃねーぞ!」


と集団で鳴沢を取り押さえ、わるわる腹を殴り付ける等の暴行を加える。


 グッタリと倒れ込む鳴沢の横で多少回復したと思われる堀がフラつきながら立ち上がると、取巻きが1人堀に近寄って肩を貸した。

 

「鳴沢ぁ、お前良い度胸してんなぁ…

 あれだけ平手打ちカマしたんだから、この後アタシもお前も顔がパンパンに腫れるだろうよ…

 お前、顔の腫れが引くまでは学校に出て来るなよ?

 これが学校にバレたらお前も停学だからな…

 だからこの件に関しては学校には黙ってろ。

 お前が学校を休んでる間は平川へのかわいがりは一旦止めてやるよ。」


 倒れたまま目線だけを堀に向けた鳴沢が口を開く。


「…一旦…?一旦どころの話じゃ無い…

 この件が学校にバレたら、私は停学でも貴女達は退学じゃないの?

 私が素直に黙っているとでも?」


「お前こそよく考えて学校にチクれよ、アタシ達が退学になったら人生お先真っ暗で間違いなく自暴自棄になるだろうな…

 そしたら更に何をするか分からないぜ…?

 お前や平川の家に火をつけたり、お前らを集団で男に襲わせたりなぁ。

 …これでお前らの今の立場は理解出来たか?

 また学校に出て来られる様になったら改めてこの件の話をしようぜ、じゃあな。」


 そう言い残して堀とその取巻きは体育館裏を後にした。


 鳴沢と平川が2人きりになると、地べたに横になったままの鳴沢に平川が駆け寄る。

 鳴沢をよく見ると顔が少し腫れて来ており、口の端に血が滲んでいた。


「大丈夫!?鳴沢さん!」


 平川がしゃがんで鳴沢の上半身を抱き起こし、背後から肩を抱く。


「大丈夫大丈夫、こんな殴り合いなんて今までした事無かったから、ちょっとね…

 口の中、血の味がするわ…。」


「ボクのせいでこんな事に巻き込んでしまって、本当にごめんなさい…。」


 平川は涙を流しながら鳴沢に謝罪するが、鳴沢は頭をゆっくりと左右に振る。


「平川さんは全然悪く無いじゃない…

 …私、この件を学校に報告したとしても、もう学校の手には負えないと思うの。

 警察も犯罪が起きてからじゃないとあの人達を捕まえられないし、その時にはもう私達は酷い目に合わされた後だと思うわ…。

 だからもう少しだけ何とかならないか、あの人達の出方を見ようと思うのだけれど…

 平川さん、それでいいかしら?

 もし平川さんが学校に言いたければ、それはそれで構わないのだけれど…。」


 平川は複雑な表情で、


「…もしあの人達がさっき言ってた事が本気だったら、最悪鳴沢さんも襲われちゃう…

 停学どころの話じゃ無くなっちゃうから、ボクも今はそれでいいと思う…。」


と下を向く。


「取り敢えず、私の顔の腫れが引いたらあの人達ともう一度話をしてみましょう。

 先ずは平川さんがイジメられない様にするのが第一なんだけど、どうなる事やら…。」


「ううっ、鳴沢さんっ…。」


 平川は更に流れる涙をそのままに鳴沢に抱き着いたが、鳴沢は平川の背中をポンポンと叩いてなだすかす。


「さ、早く着替えて家に帰らないと顔が腫れ上がっちゃうだろうから。

 先生には虫歯が痛くて顔が腫れたから帰ったって言っておいてくれる?」


 平川はウンウン頷くと立ち上がった鳴沢に肩を貸しながら2人も体育館裏を後にした。




 次の脳内映像は恐らくその数日後だろうか…

 放課後の空き教室と思われる場所で、堀とその取巻き、それに鳴沢と平川が対峙している。

 

「鳴沢ぁ…その綺麗な顔は元に戻った様だなぁ…

 パンパンに腫れ上がったお前の顔を見てみたかったよ。」


「そんな事より私達を呼び出したのは、平川さんのイジメを止めてくれる話をする、という事でいいのかしら?」


「そうだ、平川のかわいがりを止めてやる条件だよ。」


「…どんな条件なの?」


「なぁに、簡単な事だよ。

 それはお前が今後学校を卒業するまで、独りぼっちでいる事だ。

 よっぽど必要な要件以外は誰にも話し掛けたりするな、友達も彼氏も作るな。

 もしそれを破ったら、お前にではなく平川へのかわいがりを再開する。

 お前は自分がやられたらやり返せる奴だっていうのはこの間の件でよく解ったからな。

 どうだ?面白いゲームだろ?」


 堀は鳴沢と平川を交互に見ながら、せせら笑っている。


「面白い…ゲーム…?

 私達で遊ぼうっていうの…?」


「あぁそうだ。お前は平川のためにカラダ張ってアタシと殴り合いが出来る奴なんだから、これから残りの2年半、友達や彼氏の居るハズだった楽しい楽しい高校生活を平川のために犠牲にするくらい、簡単な事だろう?ん〜?」


 ニヤつきながら鳴沢の顔を覗き込む堀。

 そこに教室の隅で怯えていた平川が、初めて言葉を発した。


「な、鳴沢さん、気にしないで…

 ボクの事は自分で何とかするから…」 


「平川ぁ、お前はこの人数相手に何とか出来ると思ってんのかよぉ…!」


 堀が教室の隅に積上げてあった机の脚を足蹴にすると、派手な音を立てて机がいくつか床に崩れ落ちた。

 平川はビクリと身体を震わせる。

 

 鳴沢は両手を強く握り締め、俯いたまま暫く佇んでいたが、ようやく決心したのか顔を上げた。


「分かったわ…その条件、のみましょう…。

 その代わり、ちゃんと約束は守ってもらうわよ。」


「あぁ、解った解った。

 これから楽しみだなぁ、お前の様な陽キャが本当にぼっちでいられるのかが。

 いつもお前の行動をアタシ達は監視してるからなぁ…

 決して忘れるなよ。

 …あぁ、それからお前が直ぐにぼっちになれる様に、アタシ達が周りに有る事無い事ウワサを色々と流しておいてやるから。

 そんじゃあなー。」


 堀と取巻きが空き教室から立ち去った後、取り残された平川は顔を覆って


「鳴沢さん…巻き込んでしまってごめんなさい…本当にごめんなさい…」


とすすり泣いたが、それを見た鳴沢は無理に表情を明るくし、


「イヤ、むしろこの程度で済んで良かったと思うわ、うん。

 平川さんも、もう気にしないで。」


と平川の背後から肩に手を置いて宥める。


 これで済めば、だけどね…


と言いたそうな苦渋の表情を平川に見えない様に浮かべた鳴沢は、暫くの間そこで立ち尽くしていた。

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