噂話【ほっこり】
青年はひとりぐらしです。内気で人見知り。友達も少なく、自宅アパートとアルバイト先の工場を行き来する日々です。それは少し孤独な日々でした。朝、出勤のために家から出ると、ゴミ捨て場の近くで近所のご婦人が三人集まっておしゃべりをしていました。
「くらい」
「こわい」
「みてる」
ところどころ聞こえてくる言葉で、青年は自分の噂をされていると思いました。自分は暗いし、目つきも怖いのかもしれない。じろじろ見たら嫌な思いをさせてしまうかもしれない。青年はゴミ捨て場にいそいそと近寄り、ゴミを捨てて速足にその場を去りました。
またある日、青年は出勤のために家から出ると、またご婦人が三人おしゃべりをしていました。青年は何を話しているのか気になりましたが、自分のことを悪く言われていたらつらいので、なるべく聞かないように気を付けました。ゴミ捨て場にゴミを捨てると、カラスよけの網から少しゴミが外に出て散らばっていることに気付きました。青年はゴミ捨て場に常設してあるホウキでゴミを集め、カラスよけの網の中に入れました。そのとき、ご婦人たちの声が聞こえました。
「またいる」
「おかしい」
「いやね」
ところどころ聞こえてくる言葉は、やはり自分を悪く言っているように聞こえました。青年は顔を隠すようにして慌ててその場を去りました。
またある日、青年が家を出るとまたご婦人三人がおしゃべりをしています。青年はつらくなりました。また今日も悪口を噂されているのだろうか。
通りすがり、ご婦人のうちのひとりが青年に向かって何か言いました。
「ゴミ……」
ひどい。青年は思いました。もうひとりのご婦人は言いました。
「……しね!」
ひどい! いくらなんでも直接そんな言葉を言うなんてひどいと思いました。ひそひそと噂をしているだけならまだしも、直接言うなんてひどい。温厚な青年もさすがに言い返しました。
「なんですか!」
ご婦人たちは少しきょとんとしたあとに
「『ゴミ』捨て場の掃除、いつもありがとうね」
「若いのにえらいわね。あなたイケメンだ『しね!』」
そういって笑いました。
「もう、奥さん、若い子をからかっちゃダメよ」
「あらあら、ごめんなさいね」
ご婦人たちは笑っています。青年は赤面しました。なんて勘違いをしていたのでしょう。そして、青年は今まで自分が言われたと思った言葉とご婦人たちのおしゃべりをよくよく思い出してみました。
『くらい』
「町内会長さんのところの娘さんって、もう中学生『くらい』かしら」
『こわい』
「そうよ。自分も年とるわけよ。『こわい』わね~。そういえば、週末の運動会、天気はどうかしら」
『みてる』
「うちのよし『み、テル』テル坊主作って張り切ってるわ」
『またいる』
「リフォームして居『間、タイル』の壁にしようと思っているの。部屋がおしゃれになるわ」
『おかしい』
「いいわね。もうすぐクリスマスだし。クリスマスといえば、うちは末っ子が『お菓子い』っぱい買いたいってうるさいのよ」
『いやね』
「あら素敵ね。うちは主人がスキーに行くって張り切っているわ。タ『イヤね』そろそろ冬用にしなきゃ」
ああ。青年は恥じました。自分の思い込みで、悪いことを噂されていると思い込んでいたのです。青年はしっかりご婦人たちを見て言いました。
「おはようございます」
それからというもの、青年はご婦人たちに必ず挨拶をするようになりました。もう自分のことを噂しているとは、勘違いしなくなりました。心なしか、青年は以前より明るくなったように見えます。ひとりぐらしだけれど、青年は孤独が薄れた気がしたのでした。
【おわり】
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