加工と自分【皮肉】

 自撮りの画像を加工する。美肌小顔モードで撮影した顔のほうれい線を「ぼかし」で消して、髪の傷みが気になるところに艶髪加工をほどこす。目の下に涙袋を足して、鼻筋にハイライトを入れて丸い鼻を少しでも高く見せる。どうにか満足するレベルまで加工してから、SNSへ投稿する。

「自撮り超わかいい」

「めっちゃ加工済みだけどね」

「元が良くなきゃ加工してもこうはならないよ」

 そんなやりとりが、嬉しくないわけじゃない。そのために、わざわざ自撮りなんて載せるんだから。

 SNSで学生時代の友達ともつながりはあった。みんなだって、絶対に加工している。でも今更お互い様だから何も言わない。ときどき載せる部屋の写真だって片付いているところだけ切り取って載せてるって思っているし、服だっていいもの着ているときしか撮影していないのはわかっている。「白髪気になる~」なんていう投稿のくせに美容院行ったばかりの艶髪しか載せないこともわかっている。わかったうえで、やっている。

 久しぶりに会おう、と誰かが言い出したのは忙しい新年度の余韻がようやく落ち着いた頃だった。私は久しぶりに友達に会うのは楽しみだったから「参加」と返事をした。次々に参加を表明していく友達の名前を見ながら、スマートフォンに保存されているプリクラ画像をGoogleフォトの奥から引っ張り出す。ずいぶんさかのぼって出てきた画像に思わず「懐かし~」と独り言が出た。

 明るい画面の中で、当時女子高生だった私たちのプリクラは、異様に目が大きく顎が細い顔で映し出された。プリクラ特有の加工は、今もさほど変わっていないだろう。いや、もっと進化しているのかもしれない。

 友達に会う日になって、私はいつも以上におしゃれをした。メイクも気合をいれた。さりげなくブランド品を使い、嫌みじゃない程度にアクセサリーをつけた。独身の若々しさを見せたかったし、見せられる自信もあった。なんだかんだ既婚者は落ち着いていくし、子持ちはくたびれていく。マウントをとるつもりはないけれど、勝負にはならないと思った。

 待ち合わせの場所へ行く。何人かそれらしい女性がうろうろしているが、どの人も友達ではなかった。自分が一番乗りか、と思いながらグループLINEに「着いたよ」とメッセージを送ると「私も着いてる」「私も着いた」と次々にメッセージがきた。私はきょろきょろする。でも、知り合いは誰もいない。私のことを見つける人もいない。待ち合わせ場所、間違えたかな、と思ったとき「あの……」と声をかけられた。

「もしかして、キョウコちゃん?」

 そう声をかけてきたのは、ミナだった。

「ミナ! 久しぶり。変わらないね!」

 ミナは今回集まる友達の中で唯一SNSに自撮りを載せず、学生時代のプリクラも手元にない子だった。だから顔を見るのは本当に久しぶりだ。

「キョウコちゃんも変わらないね」

 そういうミナは、少し苦笑いしているように見えた。もしかしたら、私が若々しいから妬んでいるのかもしれない。ミナは年相応の服装で、やや地味に見えた。そこへ

「もしかして、ミナ?」

「あ、ミナだ!」

 さきほどから周囲をうろうろしていた女性たちが、ミナのまわりに集まりはじめた。え、誰。知らないんだけど。すると集まってきた女性たちが、ほかの女性たちや私を見て口々に言った。

「ちょっと待って、みんな誰?」

「誰って、私、キョウコ」

「キョウコ……」

 みんなが私を見る目が、不思議そうにしている。そういう私も不思議そうに周囲の女性を眺める。

「ねえ、ミナ。ミナはどうして私がキョウコってわかったの?」

「それは……最近キョウコがSNSに乗せてたバッグ持っていたから……」

 その言葉には「そのバッグを持っていなかったら誰かわからなかった」という感情が滲んでいた。そして、まわりにいる女性たちを眺めながら、加工されていない状態の顔を思い出せないことに気付いた。私の思い出の中で彼女たちは、常に加工されている。SNSの顔も加工されており、記憶の彼女たちも加工されている。

 ショウウィンドウにうつる自分をじっと見つめる。そこには、年相応にほうれい線があり、目元にはぷっくりした涙袋なんてない、当たり前に肌荒れをした二十九歳の私がいた。


【おわり】

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