惑星誕生【不思議】

それはある日の朝、突然のことだった。


風の強い朝。窓に吹き付ける風は、ドンドンドーン、ドンドンドーンとリズミカルな音を立てている。音にあわせてカーテンは揺れ、朝食のミルクの表面が弾んだ。


「不思議な風だ」


町のみんなが思った。そして、朝早くから、わらわらと外の様子を見に出てきた。


すると、風はドンドンドーンではなく、ヒーヒーフーと鳴っていることがわかった。これはおかしな風だ。こんな風の音は、町中で誰も聞いたことがない。町一番の長老も、初めて聞いた風の音。新緑の木々を揺らし、タンザナイト色の湖に波紋を広げる。


ヒーヒーフー

ヒーヒーフー


そのおかしな風は、この町だけではなかった。


テレビのニュースを見てみると、そのおかしな風は、目本の東京でスカイツリーを揺らし、アマリカのニューヨークで自由の女神をなぶり、中間国のゴビ砂漠で黄砂を舞い上げ、フラランスのモンブランで山々にこだました。世界中で吹いているのだ。


世界中の研究者たちが興奮しだした。これは新しい気象現象だ。いや、これは温暖化によるものだ。いや、大地震の前触れだ。新しい生物兵器だ。アルマゲドンだ。世界の終末だ。世紀末だ。世界沈没だ。ノストラトラダムスの大予言だ。


世界中のみんながこぞって語ったが、おかしな風の謎は解けなかった。


そこへ、宇宙ステーションにいる宇宙飛行士から連絡がきた。


「宇宙で、今までに感じたことのない波動のようなものを感じます」


「なんだと。それはどんな波動だ?」


「はい。宇宙には空気がないはずなのに、ヒーヒーフーと風の音が聞こえます」


「なんということだ」


このおかしな風は宇宙から来ているのだ。


すると今度は、宇宙の研究者たちが興奮しだした。それは【宇宙出産説】を唱える研究者たちだった。


今まで「そんなはずはない」「バカげている」と散々無下にされてきた学説だった。日の目を見ず、薄暗い研究所で密やかに研究されていた【宇宙出産説】。それが今初めて脚光を浴びだした。


「新しい惑星が誕生するぞ。【宇宙出産説】は正しかったんだ。今までは、原子円盤形成の中で微惑星が成長して惑星になると信じられてきたが、やはり惑星は宇宙による出産で誕生していたのだ!」


俄然、【宇宙出産説】派の研究者たちが色めきだった。


宇宙ステーションの宇宙飛行士が言った。


「宇宙の一部が膨張してきています」


それは【宇宙出産説】を裏付ける現象であった。黒瑪瑙のような漆黒の闇の中、微かに光沢を持った宇宙が、大きく膨張している。宇宙が妊娠しているのだ。


急ピッチで【宇宙誕生説】を唱えていた研究者たちは、研究員を宇宙ステーションに派遣した。研究員が到着してすぐ、ヒーヒーフーの風の音が大きくなってきた。


「これは出産が近いぞ」


宇宙ステーションからの映像は全世界に生中継され、みんなが注目した。


宇宙の一部が少しずつ開いてきた。


「宇宙口だ。宇宙口が開いてきたぞ」


全世界が見守る中、宇宙の出産が始まろうとしていた。


少しずつ大きくなる宇宙口の中から、新しい惑星が頭を見せた。それはどんな宝石よりも美しい青であった。神々しく、神秘的であった。世界中のみんなが、見惚れていた。


「良かった、逆惑星じゃないぞ」


研究員は興奮した。なんといっても宇宙の出産に立ち会えるんだ。研究者最大の喜びだ。ヒーヒーフーの風もどんどん大きくなる。


新しい惑星は少しずつ回旋しながら出てきて、宇宙がぎゅーんと力んだ瞬間、ポーンと惑星は誕生した。黒瑪瑙の闇に出産された美しい青い惑星。その様子は全世界に中継され、世界中が大きな歓声に包まれた。


出産のせいでまだ少し楕円形をしている新しい惑星は、次第に正確な球体となった。宇宙口はゆっくりときれいに閉じ、宇宙の出産は無事に終わった。


「おめでとう!」


世界のいたるところで祝福のパレードが行われ、【宇宙出産説】を唱えていた研究者の代表で、今回宇宙出産の瞬間を初めて映像に記録した博士はノーノベル賞を受賞した。【宇宙出産説】を散々バカにしてきた研究者も、彼らの功績を称えた。




それから三年。


またしても、風の強い朝がきた。ドンドンドーン、ドンドンドーン。


外に出てみると、案の定、ヒーヒーフーである。


すぐさま、【宇宙出産説】の研究員が宇宙ステーションに派遣された。


到着するとすぐに、宇宙の一部が膨張していることが確認され、宇宙の出産が近いことがわかった。


しばらく見守っていると、宇宙口が少し開き始めた。


世界中が見守っている。しかし、三年前の出産のように、スムーズに宇宙口が開かない。何かあったのだろうか。みんなが心配した。世界中のみんなが、それぞれの信仰する神に祈った。無神論者さえも「ああ神様仏さま」と祈りを唱えた。


しかし、宇宙口はなかなか開かない。


膨張する宇宙は、ヒーヒーフーと風を鳴らしながら、ぎゅーんぎゅーんと力んでいる。しかし、宇宙口は開かない。宇宙の闇に青みが増している。黒瑪瑙に混じるプルシアンブルー。宇宙が少しずつ疲弊しているようだ。


「おかしいぞ」


「大丈夫か」


世界中が心配する中、ノーノベル賞をとった博士が叫ぶ。


「帝王切開だ!」


すぐさま宇宙ステーションに指令がいく。


「帝王切開準備!」


「了解。これより宇宙の帝王切開に入る!」


宇宙ステーションに緊張が走る。初めての経験だ。うまくいくかわからない。でも、やるしかないのだ。


宇宙出産の研究により、必要とされる改良をかさねてきた宇宙ステーションから、長い特殊なアームが伸びる。クレーンの先のような作りで、十か所以上の関節を持ち、自由自在に稼働できるアーム。そのアームで、膨張している宇宙の中心部に、鋭いメスで真一文字に長い切れ目が入れられた。すると、切れ目はスパーっと開き、中から玉のように可愛らしい真っ赤な新しい惑星がポーンと飛び出してきた。ルビーよりもガーネットよりも美しく、可愛い真っ赤な新惑星の誕生だ。


「産まれました! 新しい惑星は無事です」


「よし。これより宇宙の縫合に入る」


「了解!」


宇宙ステーションから伸びたアームで、丁寧に宇宙が縫合されていく。研究員は緊張し、手に汗をかきながらアームを操作した。一縫い一縫い、丁寧に、慎重に。最後の一縫いが終わり、無事に宇宙は縫合された。


「終わりました!」


世界中のみんながお祝いした。


喧嘩していた夫婦は喧嘩をやめ、仲直りして祝った。テロを企てていたテロリストたちは計画を中止して祝った。軍事訓練は中止され、戦争は止まり、国境を守る兵士同士は肩を組んで新しい惑星の誕生を祝った。こうして世界はどんどん平和になり、【宇宙出産説】を唱えていた博士は、ノーノベル平和賞も受賞することになった。新しい生命の誕生は、それほど貴重で、素晴らしいことなのだ。


博士には新惑星の命名権が与えられた。


博士は、最初に生まれた青い惑星を「地球」、次に生まれた赤い惑星を「太陽」と命名した。



【おわり】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る