あの日【ホラー、ヒトコワ】
あの日のことを一日中考えている。そう、私が死んだあの日のことを。
あの日、私は火事で死んだ。全焼して真っ黒く焼け落ちた自宅の上を、ふわふわと漂って一週間。死んだあの日のことをずっと考えている。
あの日の火事で死んだのは、私とおばあちゃんだけだった。二階の自室にいた私と、一階の和室で寝ていたおばあちゃん。おばあちゃんは寝たきりで介護が必要だったから、火事に気付いても逃げられなかったのだろう。
あの日は休日で、私はクラスメイトのリカとショッピングに行く予定だった。お父さんは朝から職場の人とゴルフに出かけていた。お母さんは昼すぎからパートだと言っていた。私が家を出たとき、お母さんはおばあちゃんのお昼ごはんのしたくをしていたと思う。私はリカと待ち合わせていたショッピングモールに行ったのだけれど、リカにドタキャンされたのだ。愛犬の具合が悪い、ということだったから、私は納得して家に帰った。
あの日、私が帰宅したとき、もう家にはおばあちゃん以外誰もいなかった。私は出かける予定がなくなってしまい、自室でごろごろしながら漫画を読んでいた。そしていつの間にかウトウトしていた。気付いたときには、すでに私の部屋にも煙が充満していたのだ。おばあちゃんの心配をした気がする。おばあちゃんはひとりで歩けないから助けにいかなきゃ。そんなことを思った気がする。でも、このあたりの記憶は曖昧だ。意識が混濁していたのだろう。
あの日、死んだのは私とおばあちゃんだけだった。ふたりのお葬式が終わって、今お父さんとお母さんは一時的に親戚の家に住んでいる。家が全焼してしまって住めないからだ。それなのに、私だけこの焼け落ちた家の上空を漂っている。お葬式の日も、私はふわふわと漂いながら眺めていた。お母さんがすごく取り乱していて、私の体にすがりついて泣いていた。いつも冷静なお母さんらしくなくて、私も悲しくなって泣いた。幽霊になっても泣けるんだ、と不思議に思った。リカやほかの友達も来ていた。みんな悲しんでくれていた。
あの日、一緒に死んだおばあちゃんはいない。死んでから一度も会っていない。おばあちゃんは幽霊になっていない。成仏したということだろうか。天国に行ったということだろうか。現実の世界に未練があると成仏できないと聞いたことがある。たしかに、もう少し長生きしたかったとは思う。十六歳で死ぬのは早すぎる。悲しいけれど、でも別にこの世に未練はない。それならどうして、私は成仏できていないの? 思い当たらない。ただ……
あの日のことを考えると、何か引っかかることがあるのは事実だ。何なのかはわからない。これが未練なのだろうか。この、何か思い出そうとしても思い出せないような、この妙な気分が未練の元なのだろうか。
あの日、ショッピングモールから帰った私は、一度おばあちゃんの部屋をのぞいてから自室に行った。おばあちゃんはお昼寝をしていた。それはよくあることだ。お母さんは、おばあちゃんのお昼ごはんの介助を終えてから、パートに向かったらしい。キッチンに洗われた食器が置いてあった。お母さんはおばあちゃんの介護とパートでいつも忙しい。だから、家にはおばあちゃん以外は誰もいなかった。あれ、じゃあどうして、火事になったんだ?
あの日の火事の理由について、考えてもみなかった。どうしてこんな大事なことを考えなかったのだろう。おばあちゃんは寝ていて、私は自室で漫画を読んでいた。その間、誰もいないのにどうして火事になる? 嫌だ。何か思い出しそう。
あの日、漫画を読みながらウトウトしていた私。焦げたような臭いに気付いて……目が覚めた。おばあちゃんが心配で……急いで和室に駆け込んだんじゃなかったか。
「おばあちゃん!」
あの日、勢いよく襖を開けた私が見たものは……何だったか。そうだ、和室が灯油臭くて……ああ、なんか嫌だ。少しずつ思い出してきた。もうもうと黒い煙の充満した和室の、おばあちゃんの寝ている布団のあたりが激しく燃えていて……ゲホゲホとむせながら私が見たもの。あの日私が見たものは。
思い出した……
窓から逃げる……お母さんの後ろ姿。
【おわり】
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