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「あー、終わっちゃった」


 真っ暗なディスプレイに少年の顔が反射する。


 数秒前まで低く鳴っていた稼働音は少しずつ小さくなっていき、やがてピタリと止まった。目の前に座った少年は軽く舌打ちをして、レバーのついた操作盤を拳で叩いた。


「このジャンルも大分廃れてきたね。他の台もプレイヤーが減ってきてる」


「まあ、随分と昔からあるからな。いい加減、飽きが来たってしょうがないさ」


「レトロもいいんだけどねー。たまにやるからこその味なんだろうな」


「間違いないね。さて、そろそろ新しいやつに戻ろうぜ」


「そうしようか」


 二人の少年は動かなくなった筐体きょうたいから離れて、人で賑わっている方へと駆けて行った。プレイヤーがいなくなってから程なくして、石造りのゲーム機はサラサラと砂になって崩れ、風に乗って跡形もなく消えた。


「・・・」


──その様子を柱の陰から眺めている華奢な少女が一人。


 赤い髪に青い瞳、頼りなさげに唇を噛む彼女は、ボロボロと崩れていく機体を名残惜しそうに見つめていた。


 消えていく最後の一粒を見届けた後に、ため息交じりに呟く。


「・・・また、なくなっちゃった」


 少女は柱の陰で隠れたまま、がっくりと項垂うなだれる。小綺麗な黄金の床が、陰鬱そうな貌を歪んで映し出す。それを見て、少女はさらにどんよりとした気分に襲われた。


「エルー。そんなとこで何やってんの?」


「ひぃっ・・・!」


 後ろから突然声をかけられて、少女は身体に電気が走ったように飛び上がる。


 その拍子に正面の柱に頭を打ちつけた。今度は頭を抱えてしゃがみ込む。


「・・・くぅぅっ」


「はぁ、何やってんだか・・・。また打ち切りになった機体に入れ込んでたの?もういい加減にしなよ?アタシだっていつまでもアンタの面倒見てらんないんだからね」


「だって、でも、だって・・・」


 エルーという赤髪の少女は涙を浮かべながら、自分を見下ろす相手を見上げる。呆れた顔で眉尻を下げるのはタトという名前の、これまた華奢でたおやかな黒髪を持った少女だった。


「まーたそれ。でもー、だってーはやめろって言ったはずでしょー」


「うっ・・・」


「どうするかはアンタの勝手だけどさ。このままじゃヤバいよ」


「・・・」


 黙り込むエルーを見て、タトは再三のため息を吐く。


「忠告はしたよ。前のタームの時みたいになっても、私、今回は知らないからね」


「・・・う、うん」


 背中越しの足音は段々と遠のいていく。エルーはしばらくしゃがみ込んでいたが、どろりと立ち上がると、重そうな足取りで歩き出す。


 向かう先は小さな部屋。さっきまでいた大広間とは違い、床のあちこちには苔や草が生え、石畳の隙間からは下地が所々見えている。その中央に置かれた古臭いピンボール台にエルーは手をかける。プランジャーを引き、球を打ち出す。激しく飛び出した球はバンパーに弾かれ、所狭しと跳ね返り、その度に小気味のいい音が誰もいない部屋に響く。エルーはフリッパーを操作するボタンをなぞる。ゆっくりと息を吐いて、左上のエクストラ・ゾーンに狙いを定める。至る所にぶつかり尽くし、やがて球は力なく落ちてくる。タイミングを合わせて、エルーは左のフリッパーを動かす。


「えいっ」


 エルーの狙いとは違って、ボールはふらふらと打ちあがり、台下部のアウトホールへと嘲笑うように吸い込まれていった。


「ああっ・・・!」


 間髪入れずに次の球が落ちてくる。反射で打ち返すが、今度は強く弾きすぎてバンパーに直撃し、跳ね返ったボールはダンクシュートのようにホールへと叩き込まれる。そしてまた次のボールが落ちてくる。

一度、始めてしまえばスコアをクリアするまで終わらない。

しかし、プレイしなければこの台もやがてなくなってしまう。


──エルーは一瞬で二つの命を失った。


「・・・っ」


 古ぼけた小さな部屋には、少女の荒んだ息遣いと、拍子抜けしてしまうほどに楽観的な電子音が繰り返し響いていた。

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