レベルアップ

 姉さんは刀を肩に担いで、僕らの前に姿を現した。恐らくダンジョン内のどこかで拾ったのであろう。武器らしい武器はそれぐらいで防具は身に着けておらず、それどころか現代人の義務である衣類の着用をせず真っ裸の状態だ。


 あ、そういえば……姉さん、たしか風呂入ってたんだっけ。だからか、服を着ていないのは。


「ウフフ……! ゴブリンちゃ~ん、怖がらないで~。痛いのは一瞬だから、ね?」


 そう言った直後、姉さんは高く跳躍するとゴブリンに向かって切りかかった。縦真っ直ぐに振られた刀はゴブリンの体を切り裂くと、緑色の血が噴き出し魔物はすぐに息絶えた。


 しかし、あれだな……。愉悦な顔を浮かべた十八歳の女が乳丸出しのスッポンポンな状態で魔物を切り殺すこの光景は、はたから見れば末恐ろしいに違いない。

 きっとさっきのゴブリンが僕を見て逃げ出そうとしたのも、今みたいに姉さんが大暴れしてるせいで、人間に対して恐怖心が生まれたのだろう。

 これじゃあ、どっちのほうが魔物何だか……。


「姉さん、大丈夫だった?」


「あ、光大!」


 声をかけると、僕に気づいた姉さんが一目散に駆け寄ってきた。


「はい、姉さんこれ」


僕は家に帰ってきてからそのまま着ていた学校制服のYシャツを脱ぐと、それを姉さんに手渡した。

今の姉さんの姿は、あまりにも目のやり場に困るからだ。まあ血を分けた姉弟だからか、ピクリとも興奮はしないけど。


「わあ~、ありがとう光大」


姉さんは喜んだ様子で、Yシャツを受け取った。

そしてすぐ僕は、姉さんに背中を向ける。

いくら身内といえど、覗きみたいで何となく着替えてるところを見たくなかったからだ。


「よし、オッケー!」


どうやら着替えは終わったようだ。

僕は後ろを振り替える。


「姉さん……」


「ん、何?」


「乳丸出しなんだけど……」


頭隠して尻隠さず、ならぬ乳隠さず。

姉さんはシャツを腰に巻いて股は隠していたものの、無駄にデカイ胸は一切隠すことなく丸見えの状態だった。


「え~、だってしょうがないじゃん。光大の服、小っちゃいんだもん!」


「姉さんがデカすぎるだけだよ……」


僕は今、十四歳で身長は百六十と決して小さくはないはずなのだが……、百七十は超える姉さんにしてみれば僕の服のサイズは窮屈に感じてしまうのだろう。


やれやれ、仕方ない……。僕の履いてるズボンの股下を切ってサラシ代わりに巻いて貰おう。


「あのさ姉さん、その刀で僕の股下切ってくれない?」


「えっ……? ダメに決まってるでしょ、光大バカなの!? あたしが可愛い弟の足なんて切れるわけないじゃない!」


「ズボンの股下に決まってんだろ。人の足、勝手に切ろうとすんな! 切ったそれをサラシ代わりにしたらいいんじゃないかって言ってるの」


「あ~、そういうことね。ビックリした~。光大、頭おかしくなったのかと思ったわ」


「…………」


姉さんの奔放っぷりはどうやらダンジョン内でも健在の様子だった。

まあ、いちいち突っ込んでもしょうがない。ここはクールに受け流すとしよう。


僕は学校指定の黒のズボンを脱ぐと、姉さんに渡した。姉さんはそれを片手で持ち上げ、まっすぐ伸ばすと膝から下を横一直線に切った。

再度、僕はズボンを返して貰うと再び履きだし、姉さんは地面に落ちた股下を拾い上げるとそれを胸に巻いて、ようやく隠すべきものを全て隠してくれる状態になった。


「んじゃ、ダンジョン脱出に向けてレッツ……」


姉さんが陽気に意気込んだその時だった。

ポケットに入れていた僕のスマホが急に、バイブレーション機能で振動しだしたのだ。


ダンジョン内に電波は届かないため、メールや電話は来ないはずだが……?

不思議に思いながらスマホを取り出し、電源を付ける。

それは一件のアプリの通知だった。


これは……! そのアプリの名は先ほど暇潰しに見ていた「ステータスオープン!」からの通知だったのだ。

そして驚くのはさらに、その通知内容。


――あなたのレベルが1上がりました――


僕はすかさずタップし、アプリを起動させた。アプリにはレベルアップし、変化した僕のステータスが記されていた。


__________


コウダイ レベル2


TP 11

STR 1

VIT 1

AGI 2

INT 3

LUC 2


<技能スキル>

光魔法 Lv1

回復魔法 Lv1

料理 Lv1

観察眼 Lv1


<パッシブスキル>

なし


<アクティブスキル>

なし


__________


おっ! ちょっとばかしだが、レベルが上がったことによって僕のステータスが伸びていた。


ダンジョン内の空気にはマナという目では見えないエネルギーの源のようなものが流れている。

人や魔物はそのマナの力を得ることによって、並外れた力や魔法を放てるようになる。


このレベルやステータスの概念は、そんなマナをどれだけ上手く扱えるようになったかを、機械で測定し数値化した人間の作った一つの目安みたいなものだ。


しかし、どうしてだろうか? 僕、レベルが上がるようなこと何かしたっけな……。

ただダンジョン内で過ごしてるだけでは、普通レベルは上がらない。成長するほどのマナの濃さはないからだ。


じゃあどうするというのか。それは魔物を倒すことにあるのだ。魔物に限らず生物は、命を失うことによってそれまで生きてきた中で溜め込んだ大量のマナを放出する。


それらを一気に吸収することによってマナを扱う効率が上り肉体的に強くなって、所謂レベルアップという現象が起きるのだ。


となると、僕は魔物を倒したということになるのだが、あ~そういうことか。

姉さんだ。姉さんがさっき二匹のゴブリンを倒したことによって、きっと僕の方にもマナが吸収されたのだろう。それならレベルアップも納得だ。


「光大、何見てんの?」


すると姉さんが僕の前までやってくると、僕の携帯画面を上から覗きだした。


「あ~! それ「ステータスオープン!」じゃん。光大、実は冒険者志望だったりする?」


「いや、昔たまたまノリで入れてただけで……」


「ふ~ん、そうなんだぁ。どれどれ光大のステータスは……、すごっ! 技能スキル四つもあるじゃん!」


「それって多いの?」


「多いも何も、ほとんどの人は二つくらいで、三つ以上持ってる人はかなり少ないわよ。光大はまだレベル一桁台なのに四つもあるなんて、かなりの才能の持ち主ね」


「へえ~」


あまり実感はないが、才能があると言われて悪い気はしないな。


「そうだ! あたしのステータスも見してあげる。光大、スマホ貸して」


姉さんのステータス……? 確かに中堅冒険者の数値がどんなもんになってるかは、いささか興味はあるな。

僕は姉さんにスマホを渡した。姉さんは携帯を顔の前に構えると、ピースをとって自撮りし始める。


「姉さん、わざわざポーズしなくても読み込んでくれるよ」


「わかってるわよ、雰囲気よ、ふ・ん・い・き! あ、出たわ。はいこれ」


__________


ツムギ レベル30


TP 21

STR 49

VIT 23

AGI 44

INT 8

LUC 15


<技能スキル>

剣術 Lv4

短剣 Lv2


<パッシブスキル>

パリィ

血染めの一撃


<アクティブスキル>

エアスラッシュ

クイックステップ

焔宿し

乱舞

__________


力と俊敏性に振り切ったいかにも姉さんらしいステータスだった。

やはり僕よりレベルが高いこともあってスキルの数がかなり充実している。ただ充実するパッシヴやアクティブとは違って、技能スキルはわずかに二つだけ。

姉さんの言う四つが多いって話もあながち間違いじゃなさそうだ。


「どう? すごいでしょ! 大船に乗ったと思って魔物の相手はあたしにまかせなさいな」


姉さんが胸に手を当て、誇らしげにドヤ顔で言った。

ちょっと鼻につく態度な気もしなくはないが、まあでもさっきのゴブリンを瞬殺した姿を見れば頼りになるのは事実だ。


「あっちの道に行かない? 僕の後ろの道行き止まりだから……」


僕はさっき姉さんとゴブリンが姿を現したのとは反対の左の道を指差した。


「オッケー、いいよ~!」


姉さんは陽気なテンションで返事を返すと、先ほど自身が投げた短剣をゴブリンの頭から抜き取った。


「んじゃ、改めてレッツゴー~~」


快活な掛け声と共に僕らのダンジョン攻略が今始まった。

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