118。

 ――兄さん。お誕生日、おめでとう。

 私もね、随分歳をとってしまって。

 あの人も、随分前に亡くなって、子供達も、家庭を持って、私はひとりぼっちになってしまいましたよ。

 でもね、ちっとも、寂しくなんてないんです。

 どうしてだか分かりますか?

 言わせないで下さいよ、もう。

 こうして兄さんとお話しできるから、わたしは寂しくなんて無いんです、声なんて、聞こえなくても、私には兄さんが居ますよ、耳を澄ますと、ね。

 いま、兄さんが、なんて言ってるか、当ててみましょうか?

 ……ええ、分かりますよ、

 どんなに歳を取っても、

 お前はいつまでも俺の可愛い妹のまんまだ。

 何? 言ってない?

 嘘おっしゃい。

 そうやって、照れくさくて嘘をつくのだって、ぜーんぶお見通しですよ、何年あなたの妹をやってると思ってるんですか、

 兄さんが私の兄さんをやってる時間の何倍も長いんですからね。

 えへへ、いつも見守っていてくれて、助かりましたよ。

 いえいえ、良いんですよ、わたしはね、兄さんに、何度も、何度も助けられたんですもの。

 これくらい、お安いご用ですよ。

 それはもう、随分年上の妹だけれど、今、兄さんが私のことを本当に大切にしてくれているのが、分かります。

 時間なんて飛び越えて、私に届いてるんですよ。

 私は兄さんに色んな物を遺してあげたくて、この動画を撮り始めましたけどね、兄さんも私にたくさんの物をくれましたよ。

 さっきね、ひとりぼっちだって言いましたけど、実は、嘘なんですよ?

 ここには、みんな居ますよ、息子も娘も孫も友人も、兄さんのお友達だってきてくれてますよ。

 色んな人に出会って、ご縁があって、今日ここに来てくれてるんです、兄さんと私を祝うために。

 今はカメラの後ろでわんわん泣いてますよ、うるさいったらありゃしない。

 それに、お父さんや、お母さん、あの人だって。

 みんな、いい人ですよ。

 みんな、長い間つきあってくれてすまないね。


  間。


 そうそう、兄さん。久しぶり! 元気にしてる? ……って、そりゃ元気にしてるよね! その為に兄さんとお別れしたんだもん。

 兄さんにとっては昨日のことかも知れないけど、私にとっては百年も前のことだからさ。

 でも憶えてるよ、忘れられない。

 ……ねえ、兄さん。

 私には分かるんだ。

 私もうこれで最後なんだって。

 もう、そんな顔しないで? 男前が台無し。

 ええ、辛いのは分かってる、でもね、色々考えたけど、言わない方が辛かった。

 勝手だよね、分かってる。

 でもでも、正直私はこれまで、ずーっと勝手に喋ってきたよ、このレンズの向こう側に、兄さんが、居ようが居まいが。

 でも、私って勝手だし我が儘だから、この動画を、きっとここにいるみんなが。

 届けてくれるって信じてるんだ。

 きっと、きっと、きっと、きっと。

 えへへ、私、もう大女優だよね。

 だって、こんなにみんなを泣かせてるんだもん。

 涙で海ができてしまうわ?

 それに、時代を超えてあなたに今、こうして、この思いを届けてるんだもん。

 ねぇ、兄さん。

 ねぇ、七彦兄さん。

 百年先、千年先で待ってるあなたに、十八歳の私が会いに行って、百年ばかり、今この時の私が名残惜しくもここにいるけど、そろそろ終わりだよ。

 今日は七月七日。

 七夕。

 二度と会えない二人に奇跡の起こる日。

 旧姓、夏川菜々の百十八歳の誕生日。

 そして、双子の兄さん、夏川七彦、十八歳の、誕生日。

 おめでとう。えへへ、兄さん、いままで、ずっと、ありがとう。

 さようなら。

 さようなら、いつか、どこかで、また、会える日を楽しみに――


  動画が切れる。

  《幕》

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

千年後の兄さんへ。 音佐りんご。 @ringo_otosa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ