第一、紅い星

 モンスターに襲われたりも結構したのだが、少し強いとはいえ所詮はじまりの街近辺のモンスターである。

 七体ぐらいに囲まれて普通に命の危機に陥ったりもしたが、所詮は雑魚モンスターであった。


 うん、やっぱ正直に言おう。一人なら数回余裕でリスポーン案件だった。

 一体一体の強さは本当に雑魚モンスターと言った所で、ステータスが他のプレイヤーより低い俺でもスキルで攻撃力を補強してあげれば一発で倒せる程度のHPなのだが……


 問題なのは一糸乱れぬ連携と森林というフィールドの視認性の悪さ。

 俺の腕が鈍っていたこともあり、華火花さんがいなければ本当に面倒だった。あと一体一体が弱いせいかレベルが上がらなかった。


「……どうかした?」


「いや、何でもないです」


 そう、話を戻すが華火花さんが居たおかげでどうにかなったのだ。

 この森の土地勘があるのもそうだし、スキルで夜目がきくらしいので影からの奇襲にも対応できる。そして何よりも、どんな状況でも崩れることが無いのが華火花さんの最大の長所に見えた。

 それはメンタル的にも、対応的にも。


 特筆してプレイヤースキルが高いというより、安定性に優れているプレイヤー。

 高い平均点を叩きだし続けれるタイプのプレイヤーだと感じた。縁の下の力持ちと言うべきか、凄く楽に立ち回れる。


「ならいいけど。ほら、着いたよ」


 彼女の視線の先には、目的地であるはずの里と言うには自然の要素が多すぎる洞穴……。俺の眼には只の洞窟にしか見えないそれがあった。


「ここが?」


「うん。着いて来て」


 洞窟の中に歩みを進めるごとに湿度の高い冷たい空気が深まっているのを感じて、つくづく作り込みのおかしなゲームだと笑みがこぼれ出る。


 温度だけならまだしも、じんわりとした空気まで五感で感じさせられるのは変態的な作り込みとしか言えない。


「行き止まり?」


 そんなことに思考を巡らせながら洞窟の中を歩いていたのだが、突然道が岩の壁でふさがれる。


「ほんと面倒。……離れて」


 憂い気にそう呟いた後、彼女はインベントリを操作して手元にメモを出現させる。


「えーっと、『我は月光と共にある。我らは深淵に潜むもの』」


 その言葉に反応し、何処からか出てきた赤い線が地を這い、華火花さんの周りを取り囲む。

 それは血液のように拍動し、脈打っているようだった。


「『魂を啜る、何よりも脆弱でそれ故何よりも強大である種族』」


 大量に現れたその線は交わり、結ばれ、形を成す。


「『我らが主、カリアの名の元に』」


 幾何学的な模様を成したその姿は、まるで血液で描かれた魔法陣のようで。


「『我らが都に入ることを望む!』」


 魔法陣内の模様が回転しだし、それに合わせて魔法陣が紅に発光する。洞窟の中を眩く照らすその光は、少しずつ力を増し、果たして、視界が閃光で覆いつくされる。


 いつの間にか閉じていた瞼を開き、眼前に広がっていたのは


「道が……!?」


 行き止まりだったはずの岩の壁が消え去り、代わりにそこに在ったのは元々岩肌だったはずの場所に現れた通路だった。

 なるほど、特定のワードがないと出入りできないのね?特定のワードを、毎回?


「……華火花さん、一つ言いたいことがあるんですけど」


「何?正直、大体何言うかはわかるけど」


「これ毎回やるんですか?」


 結構長めの合言葉を、口頭で、拠点に帰る度に……?


「うん」


「フルで?」


「……うん」


 苦い顔をしている彼女に、色々と察した。言葉にしなくても、その表情から暗いメッセージが送られてきているのだと、国語力的な何かが感じ取ったのだ。


「……行くよ」


「はい」


 面倒くさいんだろうなぁ、と。


 内心そう思いながら、なんとか口にはしないよう堪えていた。限られたプレイヤーの拠点とはいえ、利便性をもっと大事にするべきでは?



 ◇



 荒々しい岩の道を進みながら、ふと口を開く。


「華火花さん」


「ん、何?」


 気だるげながらもはっきりとした返答に、もう一度言葉を投げかける。


「何で私だったんですか?」


 華火花さんとは当たり前だが初対面のはずだし、信用何てあるはずもない。

 実力のみで見ていたとしても、不確定性の大きい俺よりも著名なプレイヤーの方がギャンブル性が無く、安定だったはずだ。


「不満?」


「いや、逆ですかね」


 一人のゲーマーである以上、特殊イベントと言う文字面に心躍らせてしまうのは仕方がないだろう。

 だからこそ、それが俺で良いのかという疑問が生まれたのだ。


「……直感」


「納得しました」


「え?」


 俺が放った返答が予想外だったのか、僅かに目を丸くして彼女はこちらを見る。


「もうちょい質問してくるものだと思った」


「いや……」


 直感ならいくら理論で説明されても理解はできないだろうし、なら詮索してもどうにもならないなぁ、と思っただけの事だった。


「まぁ……入ったらわかる」


 少し影を落とした含みのある笑みで彼女は零す。


「私は、貴女に向いてる場所だと思うよ」


 曲がり角の先から、光が漏れ出す。それは日差しのような眩いものでは無く、一寸先を確認するために灯っているような小さな光だった。

 少しずつ、少しずつ光度を増していくそれに、警戒度を引き上げる。


 冷たい、氷のような感触が、心を蝕む圧迫感が、そこに居る。


 何かやばい。そんな確信だけが、ぐるぐると渦巻いていた。


「……」


 集中力を一気に研ぎ澄ます。

 何が来ようと、何が起きようと対応できるようにと。足音はなく、けれど距離の推測は容易。


「血液魔法」

天災あまのわざわい流」


 それが姿を表したのと同時、横に向かって跳躍を開始する。側面にあるのは壁、そのままなら衝突することになるが


 体を回転させ、結果的に足と頭の位置が入れ替わるような状態になる。


 そのまま壁に両足で着地し、膝を曲げることで衝撃を吸収。それと並行してを完了させる。


 『雲霧』の発動条件は屈んだ状態になること、つまり膝が曲がり切っているということだ。そこに、地であるべきという指定はない。

 眼前に紅の魔法陣が展開される。けれど、関係はない。


 角度を調節し、ある一点に移動できるようにする。そしてはっきりと、叫んだ。


「【血槍エマ・アコンディオ】」

「雲霧!」


 壁を足場に跳躍したということは、地面と水平に射出されるということ。


 轟、と耳元で唸る風すら刹那の前に置き去りにして、相手との距離を詰める。


 魔法陣から放たれた発射物も唐突な方向変更と速度に追いつけず、俺の残像を貫くことしかかなわない。


 空中で体を捻り、来る着地の一瞬に備える。


「ここ……!」


 狙いを定めた場所、つまり相手の少し前。ここは刀の間合いじゃない。なら、何故ここへと向かったのか。


「複合魔法『紅の玩具箱』」


 情報を整理しろ。

 ここは、吸血鬼の里の前だ。相手が使ってきた魔法は、聞き間違いでは無ければ血に関係している。


 華火花さんは、まるでこの襲撃を知っているかのような口ぶりだった。


 答えを弾き出せ。

 つまり、相手の目的は防衛か小手試し。どちらにせよ、俺のタスクは力で相手を制圧することじゃない。示せばいいんだ、自分の力を。


 空中に展開された武具の数々。剣や、槍や、斧や、弓。


 その全てが静かに語るのは俺の命を刈り取らんとする殺意。数は俺が高速で移動している故正確ではないが、おおよそ二十程度……


「余裕!」


 着地と同時に空中で溜めた捻りを、回転へ昇華させる。


 その次に起こるのは防御。横回転しながら放たれる斬撃は、俺に向かって飛翔する武器……いいや、玩具を弾き飛ばしていく。


 切れる、つまり雲霧のモーションが終了することを察した俺は、人力でそれを再現する。


 雲霧が可能にするのは簡単に言えば大量の斬撃だ。攻撃力はスキルの補助がなくなり劣ってしまうが、システムのサポート無しでも似たようなことはできる!


 斬って、弾いて、叩き落して。そうするうちに、空中に浮遊している武具は一つになる。


 深紅に染まった短剣、空気を引き裂いて迫る其れを、空いた左手で掴み取る。


 指に触れたのは刃に当たる部分だが、全くHPに被害はない。


 だから、玩具。


「お返しだ」


 全身を使って放り投げたその短剣は、相手の額に当たるよりも先に空中で液体へと変化し、崩れ落ちた。


「……合格?」


 静かに問う華火花さんの言葉に、正面に立つ誰かは嗤いながら返答する。


「そりゃあ合格じゃ!それが刃の無い玩具とまでわかってたとはのう?」


 けたけたとさぞ楽しそうに、しかし底冷えするような恐怖を感じさせる雰囲気を纏ったそれは、軽く会釈をする。


「儂はこの里の長、カリア・キルミリアス。気軽にカリアと呼んでくれて構わないぞ?よ」


 華火花さんと同じ深紅の髪を揺らし、開いた口の隙間から八重歯を覗かせる女性。


 微かな光の中でも尚輝く美貌を携え、けれどそれを感じさせない程の存在感を放つ、カリア・キルミリアスと名乗る女は、開口一番に「スタラ・シルリリア」の一番の秘匿要素を看破した。


「……何故」


 知っているという言葉が省略されたその文章を聞いて、悪辣な笑みを美しい顔面に張り付けてカリアは言葉を放つ。


「ここは儂の場所じゃぞ?」


 蛇に睨まれた蛙、と言う言葉をここまで実感するのは初めてだ。頭上にCN《キャラクターネーム》は表示されておらず、つまり今俺が対面しているのはNPC、そのはずなんだ。


 なのに、全てを掌握されているような悪寒がずっと脳髄に蔓延っている、


「ようこそ、月光と血液が支配する里。『デミアルトラ』へ」


 微笑みながらそう言葉を零したその女に最大級の嫌な予感を受け取るのと、目の前に四つのウィンドウが現れたのは同時だった。


『夜空の破片の状態が変化しました』

『スキル獲得! 「天災流 朱月しゅげつ」』

『クエスト 「紅を覆う叢雲」が発生』

『因子クエスト 「翼のない鳥、星空と交わりて」が発生』

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