紅に交われば

歯車は嚙み合って

「うええっっ!?」


 ちょっと待て!今までの行動を見られていることも大問題だが、それよりも……


「特殊クエスト?」


「……ごめんなさい、勝手に熱くなって。タダとは言わない。もちろんお礼はする」


 『吸血鬼』。伝承に登場する怪物であり、生物の血を栄養源としている……俺の中では、そういう認識だ。


 伝承だけでなくファンタジーな世界観でもよく出てくるイメージがあるが、例に漏れずこのゲームにも存在しているらしい。しかもプレイヤーの種族として。


 目の前にいるプレイヤー、深紅の髪を靡かせ、これまた真っ赤な瞳でこちらを見つめているこの女性がどうやらこの世界の吸血鬼のイベントと関わりがあるらしい。

 というか、多分この人自身が吸血鬼だ、喋るたびにちらちら見えてるの八重歯が、静かにその事実を伝えてくる。


「引き受けてくれるなら、細かいところは説明する」


 正直選択肢は一つしかなく、逡巡は一瞬で。返答を口にしかけたその時、自分の手が視界に入ってくる。


 あぁ……俺は今女性アバターを使ってるわけで、相手は事情を知らない以上同性として話しかけてきてるのか。

 そのままの口調で話すのはちょっと違うなぁ……よし、こうしよう。


「わかりました、引き受けます」


 佇まいを正し、毅然と言い切る。

 さっきの戦闘を見られている時点で今更かっこつけても意味がない気がするが、どうだっていいんだよそんなこと!


「……信じるの?」


 僅かに眉を下げながら彼女は質問する。自分でも唐突な誘いだというのはわかっているのだろう。確かに全てが偽りと言う可能性があり、騙されてPK《プレイヤーキル》とかされたら嫌だが……


「困っている人は放っておけないですから」


 手伝って欲しいということは一人じゃ対処できない事態なのだろう、そんな状態の人間から助けを求められて跳ねのけるのは、単純に好みじゃない。


 「こんなイベントが起きて乗らないなんて面白くないだろ!」という思惑が結構な割合で含まれているのは心の奥底にしまっておく。


「……有難う。移動しながら、説明で良い?」


「勿論!」


 そういえば座り込んだままだった自分の状況を思い出し、立ち上がりついでに体を伸ばす。

 忙しくなりそうだが、そういうプレイも悪くはないだろう。


「名前を聞いてもいいですか?」


 プレイヤーネームはずっと頭の上に表示されているが、こういう形式は保っておいた方がテンションが上がる。


「『華火花みつか』、申し訳ないけど、よろしくお願いする」


 あ、「か」って読む漢字が三つでみつか……名前聞いといてよかったぁ。絶対間違えてた。


「私は『スタラ・シルリリア』です。こちらこそ、よろしくお願いします。華火花さん」


 ぽん、と言う音と共に現れた華火花さんからのパーティ招待の表示に、真っすぐに「OK」のボタンを押した。



 ◇



「ん~……紅茶と青汁混ぜたみたいな……」


 華火花さんに貰ったポーションを啜りながら感想を口にする。美味しくないわけではないが、絶妙な味だ。


「まさか、ポーション持ってないとは思わなかった」


「それはほんとに申し訳ないです」


 ポーションというのは序盤に受けられるクエストの報酬として定番であるらしく、どんな初心者プレイヤーでも二桁は所持しているのが当たり前らしい。


 ゲームに於いて体力回復というのは文字通り生命線な訳だし、その入手のしやすさも納得である。

 それを鑑みると、ボスに挑んでいるのに体力回復手段がゼロな人間と言うのは……まぁ、中々イレギュラーなんだろう。


「というか、ギルド行ったら強制的ににクエスト受けるでしょ?」


「行ってないんです」


「え?」


「ギルドに、行ってないんです」


「……そう」


 困惑だの驚愕だのを通り越して呆れを込めた息を吐き出した華火花さんに罪悪感を感じ始める。

 説明と言う名の言い訳をしまくりたい気持ちも山々だが、華火花さんが話出したのでこの気持ちはそこらへんに置いておく。


「まぁ、いい。それは置いとく。概要説明するから」


「はい」


「普通のプレイヤーは、ファーティアからスタートするんだけど」


 ファーティア、ゲーム開始地点であり、第一の拠点だ。特殊な状態になっている俺ですらそれには従っていたので、全プレイヤー共通だと思っていたのだが彼女の語り口調からそれは思い違いだったようだ。


「私は、『魂ヲ喰ラウ者』は例外。あの森の中にある里でスポーンする」


 華火花さんが指差した先には、背景にしか見えない程乱雑に生い茂った木々があった。


「敵がそこそこ強いけど……スタラなら大丈夫でしょ」


「そう、ですか?」


 手元にウィンドウを広げて片手間で操作しながらそう呟く彼女に、思わず疑問を口にする。

 プレイヤースキルにそこそこ自信があるとはいえ、このゲームでは初心者だ。『星ヲ望ム者』の所為でレベルは確認できないものの、数戦しかしてないからそこまで高くはないだろうし。


「……スタラ、ステータスは閲覧拒否できるからわかるけど、なんでレベルまで見れないの?」


 俺のステータスを閲覧していたらしい華火花さんが、困ったようにそう言った。


「あっ」


 パーティ組んだら仲間のステータス見れるタイプのシステムか。

 くっ……俺から見れないだけじゃないのか。まぁ閲覧できてしまったら他人から教えてもらうだけで因子のデメリットが消えてしまうので、当たり前といえば当たり前なんだけども。


「……まぁ、それもいい。詮索はナンセンス」


「有難う、ございます」


 無頓着なのか線引きがはっきりしているのかは不明瞭だが、どちらにせよ感謝。

 因子を秘匿し続けたい訳では無いが、自分でもわかっていないことが多すぎるので説明が難しすぎる。


「この草原は人が多すぎてモンスター少ないけど、ここからは沢山出てくるから」


 歩いて辿り着いたここは木々と野原の境目、というべき場所だった。

 森林の奥から吹いてくる冷たい風が、首に突き付けられた刃のように静かに、しかし確かに命に刃を突き立てているような気がした。


「了解です」


 刀の柄を撫でながら小さく息を吐き出す。ここまで来て引くなんて野暮さらさらするつもりはない。


 ゴブリンはチュートリアルエネミーだから手ごたえがなく、スライムは例外的なのでまともに刀の切れ味も試せていないし。


「行きましょう」

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