廻りだす歯車
現れたガイドの文章を流し読みしながら、情報を整理するために言葉にする。
「最初は『はじまりの街 ファーティア』に転移、ね」
はじまりの街、というありふれ過ぎているネーミングではあるモノの、わかりやすさで言えばこの上ない。
「まぁ、初めてみますかぁ」
もう少ししっかり読んだ方が良いのだろうが興奮のダムが決壊しかかってる俺を、理性は制御できなかった。
文章を最後までスクロールし、「旅を開始する」という文字と向き合う。
色々イレギュラーな事態はあったものの、未知に飛び込む瞬間の高揚感は変わらない。細い指先が、僅かに震えていた。
◇
柔らかな風が頬を撫でる。
閉じていた瞼を開くと、色鮮やかで輝かしい光景が迎え入れる。何処までも広がる青空に儚い雲が添えられて、遠くに太陽が佇んでいた。
「きれ~……」
感嘆を零したのは、余りにも美麗なグラフィック。最近のVRゲームの画質の向上は目まぐるしいがあるといえ、ここまでのものは見たことが無い。
現実と見間違えるくらいリアルな光景が、視界いっぱいに広がっていた。
ある程度感傷に浸り終えた俺は、周囲を見渡たし始める。
見た感じファンタジーでよく見る西洋風の街並みそのままと言った感じの景観であった。
レンガ造りの建物に、石畳の道。
道端に設置された露店からは、活気に溢れた客引きの声が響いている。
否が応でもテンションが上がってしまうような光景に、思わずきょろきょろと周囲を見渡して、いたのだが。
すごく、慣れない空気を感じる。
例えば学校の行事でステージの上で立ったような、針のむしろに立たされたかのような、居心地の悪さを。
数秒経ってから、周囲の人間が皆俺を見つめていることに気が付いた。
プレイヤーたちはこちらを見ながらあんぐりと口を開いていたり、ひそひそと話始めたり反応は様々だ。
電流に似た不安感が襲い掛かってくる。
俺何かしたかなぁ!?規約違反?いやこんな序盤で規約も何も……
「何あのネックレス、宝石?」
「あんな髪色できたっけ?」
「いや……あそこまで綺麗なのは……。いや、リアルの外見そのまま使うならできるかも」
「え、めっちゃ可愛い~!」
騒ぎ出した思考が、耳朶を打った言葉でストップされる。
そこで、ようやくはっきりと自覚した。性別変更不可のゲームで、外国情緒な美少女キャラを操作している、と言う事実を。
というか言われて気づいたがこのネックレスなんだ?いつの間にやら首にかかっていたのは、糸で繋がれた黒い宝石だった。
あ、これ白い点々が中に入ってるから星空みたいに見えて……じゃない、今はそれどころじゃない。
「名前……あれもしかして本名なのか?」
「お前バッカ!合ってたらどうすんだよ!」
さて、状況を整理しよう。
唐突に初心者の集まる街に現れたキャラメイクでは再現不可能な容貌をしているらしい美少女。
転移してきた瞬間に放った言葉は「きれ~」である。内心は凄まじいグラフィックの進化に感動していたのだが、傍から見れば素晴らしい光景に心打たれている無邪気な女の子にしか見えるのだろう。
外見に関しても、ここまでの道筋を知らなければキャラクターの外見を変更せずリアルの外見を使っているように見えている……っぽい。
そして、キャラクターネームは「スタラ・シルリリア」。はい、ここで俺へ質問です。
キャラネームを決める時に感じた忘れている事、とは何でしょう!
正解はそのキャラを自分が使うことだよ馬鹿が。妙に拘ったせいで変な誤解を生んでるだろうがよ!!これが因果応報か……
「あの……」
くっ、自分を叱っている場合じゃない!
声を掛けながら迫ってきているのは、明らかに興味を顔に塗りつけた感じの女プレイヤー。
昔居たゲームではその生息数の少なさから希少種とされていた女性プレイヤーも、この状況なら獰猛な肉食獣にしか見えない。
今彼女に捕まってしまえば「あぁ、俺も声掛けて良い感じかな」みたいな思考をするプレイヤーが続出すること間違いなしだ。
一人のプレイヤーが生み出した空気が他の軍勢に伝播するのは、一瞬だ。瞬きも間に合わない。
ソースは今までの経験というか見てきた光景。
単純に上位プレイヤーであったり、有名配信者であったりと囲まれる理由は様々。
けれど装備やキャラクリなど外見の希少さから注目されるプレイヤーの場合他人から望まれることと言えばほとんどの場合……
「スクショ良いですか?」
スクリーンショット、通称スクショだ。
ゲーム内の一瞬を切り取る形で記録に残すことを可能とするそれは、一般的にプレイヤーを撮ることはマナー違反である。
しかし、しかしだ。それが許可をとった行為だった場合、法に則った合法的な行動に変化してしまう。
つまり、ここでこの誘いにのってしまえば彼女だけでなく周りの人間たちもスクショを撮り始めてしまう可能性が高い!気がする!
そうなってしまえばこの現代、情報の拡散など一瞬だ。
それも未確認生物並のレア度を誇る異国美少女(仮定)となれば、話題性もばっちり。
そんなことになってはまともにゲームプレイができなくなってしまう。鬼ごっこし続けるような体験はこのゲームに望んではいないのだ。
思考がよくわからない方向に吹っ飛んでいる気がするが、万が一、億が一であったとしてもそんなリスクは負いたくないのでこの考えは正しい。
そういうこととする。
「お……」
「「「お?」」」
ならば、ここで俺がとるべき選択肢は……!
「お断りします!!」
周りの人間全員に聞こえるようにそう叫び、その瞬間に踵を返して走り出す。
「わっ」
「えっ?」
「待って!」
内心道すがらぶつかる人に謝罪しながらも、それどころではないと走り続ける。
俺はレベル一、それもステータスに下降補正がかかっている。仮に誰かが本気で追いかけてくるならば余裕で追いつかれてしまうだろう。
だから、混雑しているこの街を利用する。
小柄な体を生かして人と人の間を潜り抜けたり、時には建物の影に身を潜めたり。
他ゲーで市街戦してた時の身のこなしの応用だが、こんなとこで役に立つとは思っていなかった。転がっていた木箱の横にすっと潜り込み、息を止めながらこれからどう動くべきかを考える。
謝罪で一瞬の硬直を作って、そこから全力で逃げ回ったから距離は離せたと思う。が、街の中に居る以上いつ見つかってもおかしくはない。
別に見つかったからどうと言うわけでもないが、囲われてしまうとひじょーにめんどくさい。
ならどうする?
戦闘フィールドに出る、というのが一つの手だ。
街の中よりかは広いだろうし、モンスターがいる状況なら呑気に俺の事を観察してはいられないだろう。
よし、方針決定!門の方突っ込んでみるか!
◇
そんなこんなで走ること二分程。
門を抜けても人が多かったので、もっと走って辿り着いたのはどうやら草原のはじっこ。
後ろを振り向き、自分を追いかける姿がないことを確認して安心から小さく息を吐き出す。そうしていると、醜悪な鳴き声が背中を打ち付ける。
「グギャァ!」
「ゴブリン、か」
緑色の肌に子ども程の背丈、木と石で作られた粗雑な剣のようなものを振り回すその姿は、ファンタジーでよく見るゴブリンの姿だった。
ここがゲームの中で、それも戦闘を前提とした場所に立っている以上プレイヤーの気持ちなど関係なしに敵は発生する。
要するに街であったことで俺の精神が疲弊しても、ゴブリンは襲い掛かってくるという訳だ。
逆に、普通のゲームプレイに戻った気がして安心もしているけど。
ばたばたと四肢を振り回しつつ、ゴブリンが走ってくる。
「グギ!?」
振り上げられた石剣。
迎え撃つは鞘から抜刀された鉄の刀。
切り上げ、弾く!
ギン!と小気味いい金属音が響き渡り、石剣が弾き飛ばされる。
体勢の崩れたゴブリンに一気に肉薄し、腹に向けて斬撃を叩き込む。
「……上々」
ぱりん、という硝子の割れる様な音と共にゴブリンの体が水色のポリゴンを噴出しながら崩壊した。
チュートリアルでも、逃げ回っている時でも感じたが、思う行動に一切ずれず体がついてくる。神ゲーの名は伊達じゃないらしい。
まだ強い敵とやり合っていないから、そこはまだわからないが。
『アイテム入手! ゴブリンの腰布×3
粗悪な石剣×1 』
倒した敵からのアイテムは自動入手らしく、インベントリを確認すれば自動的にドロップ品が入っていた。
「別に使わなさそうだけど……」
捨てる理由もないし、持っておいて損という訳でもないだろう。インベントリを閉じ、一つ深呼吸をし、伸び。
ん〜、と空気の漏れ出るような声が響く。
出鼻はくじかれたが、特に問題はない。問題は……ない。
このまま楽しんでこう!この世界を!
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