Luna Light Finale Online

 質素な木机の上に表示された半透明のディスプレイを、慣れた手つきで操っていく。

 その画面には、大きく『Luna Light Finale Online』という文字が映し出されていた。


 『Luna Light Finale Online』、通称L2FOと呼ばれているらしいそのゲーム。

 プレイヤーは『共鳴者』と呼ばれる存在になり、孤独に、時に仲間と世界を旅していく……という設定だけ聞けばよくあるMMOだ。


 ゲーム業界に飽和しているにジャンルであること、そして全くの無名会社からの発売と言うこともあって販売前までは話題の一つも耳にすることはなかった……のだが。


「インディーを越えたダークホース、ねぇ……」


 そのゲームが叩きだしたのは笑ってしまう程の桁の発売本数と、尋常ではない高評価の数々。下馬評からは想像も出来ないどんでん返しに、掠れた笑い声一つ。


 噂で聞くには。

 人間が作りだしたとは思えない完成度、文字通りなんでもできる自由さ、おかしなプレイ人口でも底が見えない無尽蔵のコンテンツ量などなど、様々な点で今までのゲームと一線を画すのだとか。


 最近では、ゲームをしないような人間すら飲み込んでいるそうだ。


 そんなもの、一ゲーマーとしてやらないわけにはいかないだろうと思っていたのだが……。一ゲーマーである以前に一学生である俺は、テストなどなどに阻まれ、スタートダッシュを遅らせてしまった。


「やっと……!」


 しかし、それも今日で終わりである。テストも終わり、夏休みに入らんとする今現在。

 心置きなくゲームを楽しめる状況に至った俺は、晴れやかな気持ちでソフトを購入し、帰宅したという訳だ。口角の緩みが抑えられない。


 ソフトをダウンロードする片手間、公式サイトでネタバレにならない程度の情報を集めていた俺だが。

 ダウンロードを完了したと伝える「ポロン」という電子音が部屋に響き渡ったのを聞き取り、ディスプレイを消滅させた。


「よーし!やろう!」


 勉強から逃げられる解放感と気分の高揚で独り言が溢れ出しているが、気にしている場合ではない。

 栄養の補給も、水分の補給も十分。よし、完璧だ。いざ!



 ◇



 そんなこんなで、バーチャル世界に移動した。

 夢の中で目を覚ます、と言うべき不思議な感覚は今でも慣れはしないが、このふわっとした感触は嫌いじゃなかった。


『この世界には因……』


「いいよ」


 響きだしたナレーションと目の前で再生され始めた映像を無慈悲にスキップ。

 どんだけこのゲームに期待したと思ってるんだ、テスト期間中に五回は見たぞこのムービー。


 景色が一瞬暗転し、線だけで構成された簡素な空間に投げ出される。

 眼前の表示には、キャラクタークリエイトの画面浮かんでいた。それを見た途端、胸の奥の高揚感が数倍に膨れ上がる。心臓が飛び跳ねている。


 このゲームの大きな評価点の一つであるキャラクリ。

 小さなシワからホクロのひとつひとつまで作り込める容姿と、二桁後半の数あるという職業によって、選択肢次第で何者にも成れる、と謳われるそのキャラクリ。

 それは俺がこのゲームをするにあたって期待していることの一つだった。


 VRの都合上ゲーム中は自分の姿は見えないとしても、やはりゲームをするにあたってこだわりたい部分になる。


 現実に及ぼす影響を危惧してか、異性にはなれはしないようだったが。


「よっし、良い感じのキャラ作……え?」


 意気込みを口に『容姿を作成』という項目を選択しようとする……が、音もなくウィンドウが消滅する。

 ウィンドウには触れていないし、動いてすらいない。チュートリアルとかが始まるのか?

 と、そんな思考を巡らせている最中だった。


 その声が、脳内に伝わってきたのは。


【……特殊因子を検出】

【性別を変更】

【能力値に変化補正】

【因子状態を『無白プレーン』から『星ヲ望ム者』へ変更】


「はぁ?」


 脳内に響いた機械的な音声に、思わず間抜けな声が飛び出した。

 特殊因子だの、厨二病チックで気になる単語が流れ込んできたせいで好奇心が刺激されて仕方がないが、本題はそこじゃない。


 性別を変更……?

 頭に過った不安を確かめるように、再度表示されたキャラクリの画面を早急に確認する。


 一番上、先ほどまでは青色の文字で男性と書かれていた筈のその場所には、鮮やかな赤の表示が……性別が、女性になっている。


「不具合?」


 一番可能性の高いであろうと思う選択肢を舌に載せる。けれど、一秒も経たずにそれは否定された。


『いえ、貴方は女性になってしまいました』


「まじかぁ……じゃなくて、誰?」


 藁にも縋るような思いを無惨にも断ち切ったその相手に疑問を投げるが、きょろきょろと周囲を見回しても、人っこ一人いない。


 聞こえてきた声は先程の機械的な音声とは違い女性的で、感情の起伏を感じられた。それに加えて懐かしいその声に、無意識のうちに警戒を解く。


『今は理解できなくても仕方がありません。けれど、貴方の補助をする役割だということは信じてください。』


「成程?」


 つまりはサポートキャラと言うか……メタ的に言えば、この特殊事態に対する救済処置のようなものか。


『時間がないので、手短に説明しますね。貴方は非常に特殊な因子を持っています」


「……?」


 因子……因子。

 ホームページでその言葉を見かけたのだが、興奮から流し見しかしていなかったのではっきりと思い出せない。


 なんか、魂的なものだった気が。


『気にしないでください、いずれゆっくり話します。貴方が女性になったのも、その影響です』


『性別以外にもその因子を宿していることで、貴女に様々な変化が訪れました』


 その言葉の意図を説明するように勝手にステータス欄に表示が変更され、一つの項目にカーソルが合う。


「星ヲ望ム者」


 まだ空欄の職業の下に表示されたそれが、俺に起きた変化と言うものの証なのだろう。思い返せば、機械音声でも読みあげられていた。


『そう、その身一つで星に手を伸ばすものの証。貴方の眼の前に広がる星へと続く道は、困難の待つ険しいものとなるでしょう』


 歌を紡ぐように語る明快な声は、けれど何故か震えているように聞こえた。


『厳しい道、しかし、確かにその先には星が光っている筈です。どうか、諦めないで。星を望む人よ』


 感激にも、悲哀にも、何処か望むようにも聞こえるその言葉。

 それを最後に、彼女の声は聞こえなくなった。補助用のNPCにしては感情が籠りすぎているような気がしたが、わからないことは置いておく。


「……へぇ」


 少なくともわかったことが二つ。

 一つは、この状況は不具合ではなく、運営側の想定内の挙動をしている事。二つ目はイベントのフラグを踏んだ気がすることだ。


 何もかも情報不足、松明を掲げて洞窟の暗闇を歩くような感覚だ。この不安と新鮮味は現実では中々得られないものだろう。

 いいぜ、バグじゃないなら気負う必要もない。楽しみまくってやるよ!



 ◇



 そんな突発イベントを経て、本来の目的であるキャラクリを開始したわけなのだが……。


「困難の待つ、ってそういう事なの?」


 ◆


因子状態:『星ヲ望ム者』(特殊)


 可能性を示す、因子状態が一つ。

 己が身のみで遠い、空へと挑んだ者の証。しかし地面に落ち、翼は折れた。自分がどれほど飛べるのか、何処まで飛べるのかすら知りえない者が、星に届くはずもない。


 しかし、地に繋がれたその身は、折れた翼は、未だ飛翔を望んでいる。


効果:全ステータスに下降補正

   ステータス閲覧不可

   一部魔法への抵抗レジスト

   特殊スキルの追加

   スキル獲得に対する補正

   一部イベントに強制参加


 ◆


 まぁ色々と気になる情報はあるモノの、問題は効果の一つ目と二つ目だろう。

 先ず、全ステータスに下降補正。

 簡潔な文ではあるが、ゲームプレイに与える影響は大きい。補正の値がどれくらいになるのかはわからないので、まともにプレイできる範囲であるかすらわからない。


 どれだけレベルが上がっても初期プレイヤーと同じくらい、とかだったら本格的に詰みだ。泣く泣く電源を落とすしかない。


 そして二つ目、ステータス閲覧不可。

 キャラクター情報が見れないというのはゲームプレイに大きく影響を及ぼす。……というか、このゲームはレベルアップ分のステータスポイントを割り振るシステムだと聞いたのだが。

 うん、見れないのにどう割り振れと。


「まぁ……うだうだ言っててもしょうがないか」


 ゲームとしてどうなんだと言いたい気持ちもやまやまだが、マイナスの要素だけじゃないみたいだし。

 そんな理論的なへりくつを並べて半ば無理矢理自分を納得させる。


 それに、こんなワクワクするイベントを見せられておいてやーめた、なんてできる程諦めはよくない。

 性別の変化も唐突に、それも性別変更不可のゲームで起こったからこそ驚愕に値するのであって、女キャラを使ったことが無い訳じゃない。


 プレイ不可能ではない、はずだ。


「キャラクリ固定ぃ……?ほんと何から何まで」


 『星ヲ望ム者』によって齎された外見面の条件を確認しながら、思わず言葉を口にする。キャラクリ勢にこんな事したら反乱モノなのではないだろうか。


 まぁ良いが、と呟きながら完了のボタンを押す。

 すると、自分の目の前に少女が出現した。最終確認の為に現れたのだろうが……今から俺がこの子になると考えるとむずがゆいところはある。


 白銀に水色を織り交ぜたような美麗な髪に、晴天のような空色の瞳。

 人形のように整った顔をした美少女が、そこには立っていた。背丈や顔立ちからして中学生程のように見える。


「名前。名前ねぇ」


 せっかくだから名前もしっかり考えようか。いつもは本名……宵乃よいのそらの要素を織り交ぜたりして名前を決めているのだが、偶には一から考えてみるか。


 このキャラの特徴として、星ヲ望ム者が唯一と言っても良い活用できる要素だろう。


 星、スター……名前はこれで……。こんなに外見が手入れされているなら高貴な生まれってことにしてもいいか。

 苗字も考えて、っと。銀髪だしこれにしよう。


『スタラ・シルリリア』


「これにしよう」


 我ながら良い感じではないだろうか。スター《スタラ》とシルバー《シルリリア》を組み合わせた安直なネーミングだが。

 何か忘れている気がするが、多分気にする事でもない。


「職業……スキル追加ってここか」


 ウィンドウの中に数十の職業が並んでいるが、そのどれもに(因子スキル)という項目が追加されている。

 職業が違えば因子スキルも異なるようだ……まぁ、この職業がある限り他の選択肢を選ぶ気はない。違うゲームでも、ずっとこれを選んできたしな。


 俺の腕はまっすぐに、「侍」と書かれた項目をタップした。


 ◆


職業:侍

 遥か異邦から伝わってきたとされる剣技を扱う者達。刀という武具を扱うことに長けており、その技量は他のどの武芸者にも劣らないという。

 流浪の剣士は、仁義をこそ尊ぶのだ。


装備

武器:鉄の刀

頭:無し

胴:革の服(VIT+?)

脚:革の脚(VIT+?)


スキル


パッシブスキル:武士道

        剣術(技)Lv1

        弓Lv1


アクティブスキル:(因子スキル)天災あまのわざわい

           ・雲霧



 ◆

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