節分伝記

涙田もろ

第1話 

 むらに鬼がせめてきました。


 むらびとはきょうぼうな赤鬼にくわれ、おおきな青鬼につぶされあびきょうかんです。


 わかもののひとりがだいかんにしらせにいきましたが、だいかんしょにはさむらいはごにんしかおらずことわられました。


 むらおさはこまりはてましたが、不入の地(はいらずのち)という、むらのうらやまにあるでんせつのばしょをおもいおこしました。


 むらおさはけっしてはいってはならないといわれてきたそのちにはいりました――




 ぎゃああー!


 むらびとたちがつぎつぎとくわれ、つぶされているそのむらに、むらおさがかえってきました。


 そのうしろには、おおぜいのおとこたちと、おおきなてつのかたまりがしゃりんのついたまつりにつかう山車だしのようなものにのせられてやってきました。


 むらびとのあじにあきてきていた赤鬼が、むらおさと、そのうしろのおおぜいにむかってのっしのっしとちかづき、くちからはらわたをたらしながら、にたりとわらいました。


「装填ヨシ!」


「照準ヨシ」


「撃て!!」


 村の薄い板を重ねただけの粗末な木造の家が轟音とともに揺れた。


 その瞬間75ミリ砲が咆哮しており、至近から水平に放たれた榴弾によって巨体の青鬼は声も残さず木っ端みじんに弾け輪廻の淵へと消えた。


 その肉片がばらばらと辺りに降って落ちた時には75ミリ砲の排莢は済んでおり、装填手は既に次の行動に移っている。


「装填ヨシ!」


「照準ヨシ」


「撃て!!」


 再び轟音が付近の山々の木々を揺らし、多くの鳥たちが狂乱して飛び去った。


 二匹目の青鬼も千の肉片となり、指揮をしていた隊長のヘルメットに吹き飛んできた鬼の角がこつんと当たった。鬼の反撃と言えば、それくらいだった。


 一発目の75ミリ榴弾砲が発射されると同時に、数匹いた赤鬼には自動小銃の弾が、雨あられのように注がれていた。

 挙句、赤鬼はその体をハチの巣のように穴だらけにして地面に背中をつけた。


 倒れてまだ生きているが虫の息だった赤鬼の一匹に小隊長が近づき、小刻みに震えながら何かを言おうとしているその口にハンドガンの弾を喰らわせてやると、最後の鬼も動かなくなった。


「鬼の血も赤いのか」

 小隊長が誰に聞かせるともなく呟いた。


 辺りには鬼に食い散らかされた肉片と、鬼の身体の破片が合わさって無数に散らばり、あたかも冬の地面に咲く牡丹の花の群れのように賑やかになった。


 だが、村内は静まり返っており、寒風が硝煙の香りを吹き飛ばしていく。


「あ……ありがとうごぜえますだ。おにを……やっつけてくれて……礼は……その……」


 おずおずと礼を述べる村長むらおさの顔が真っ青になっており、小隊長は青鬼の様だ、と思ったが、何も述べずに部隊の撤収を指示すると、鬼を倒した男たちは整然と村の裏山へと去って行った。


 痩せた犬と、カラスが牡丹の花をむさぼり始めた――。




 そのご、むらはげんいんふめいのやまいがはやり、かいめつしました。

 まわりのむらのひとびとは、不入の地にはいったたたりだとささやきあい、だれもそのばしょへはちかづかなくなりましたが、おにをたおすすべとして、まめのたまをぶつけるぎしきを、このじきにおこなうようになりました。


 ただし――このことをしったおかみのえらいがくしゃのひとりは、こうもいいのこしたそうです。

 鬼はこのしぜんのいちぶであり、それがはやりやまいをおさえていたのだ。

 すべてにおいて、よいこともわるいこともみな、このよのいちぶなのだ――と。


 おわり。




 

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節分伝記 涙田もろ @sawayaka_president

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