第15話 期待と不安
朝の日課を終えて朝食のサーモンとフレッシュチーズのサンドイッチを食べながらメモを取る。
「……創立記念祭は無事に終了っと」
チェックを付けながら当日のことを思い出し思わず頬が緩んでしまう。舞踏会に行くために、お友達と一緒に支度をして練習とはいえ殿方と生まれて初めて踊ることが出来て……。
「(……本当に夢のような時間だったなぁ)」
気を抜くと創立記念祭のことを思い出してしまうので温かい紅茶を飲んで気持ちを切り替える。
「今後起こるイベントは何だったかな……」
今のところ誰のルートにも入っていないと思うので共通イベントだけに絞って思い出して行く。
文化祭、体育祭、他校との交流会、ニューイヤー、バレンタインデー、ホワイトデー、海水浴、お城への招待、お誕生日のプレゼントを渡す……他にもあったはずだけど大きいのは、これくらいだったはずだとメモに書いておく。
「……確か私が断罪された後に他校との交流会が行われるはず」
いや、それよりも先にもうすぐ始まる夏休暇について考えよう。確か一年目の夏休暇中にお城に招待されて、翌年に海水浴イベントがあったはず。
――ゲームでは
このまま何事もなく進んで行けば断罪は免れるのではないか? そもそもキャロルに何かをするなんて事はあり得ないのだから。
――ただ。
もし、何らかの意図せぬ事故でキャロルに魔法を使ってしまったら? 間違って魔法を発動してしまったら?
……これまでに培って来たものが全て崩れ落ちてしまうのではないか。
想像の中でキャロルがシャーレ嬢がジェラルド様がサイラス様が……みんなが、私を見て驚愕と失望の表情を見せる。
――怖い。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
カイちゃんには話をしてあるから、私のことを信じてくれるかもしれない。
だとしても誤解を解くことが出来なければ、私はきっと断罪されてしまう。
ざわつく胸に手を当て落ち着けるように息を吐く。
考えても仕方のないことだと紅茶を口に含む。
私は私の出来ることをして仮に断罪されることになったとしても全てをやりきって悔いのない死を迎えたい。
「願わくば、何事もないことを祈りたいけれど……」
呟きながらメモを取るのを止めて朝食に集中することにした。
◇◇◇
登校すると何やら今日はやたらと視線を感じる。
「……舞踏会で……」
「……の、誰とも……」
「……まさか……でも……」
「……ですが……二人……で……」
何かなぁ……何だろうなぁ……何かやらかしちゃったのかなぁ……記憶にはないけれども。
皆の視線を避けるように私は足早に教室へと向かう。
教室に入り肩の力を抜くと安堵の息を漏らす。そして、今の自分にとって教室ここは安心出来る場所なんだと少しだけ笑みが零れた。
「コレルちゃん、おはよう!」
「おはよう。キャロルさん」
先に来ていたキャロルが元気に挨拶をくれる。今朝も可愛いなぁとほわほわしているとキャロルが辺りを見回してから興奮ぎみに口を開く。
「コレルちゃん、舞踏会でジェラルド様と踊ったって本当!?」
「……え?」
「学園中で話題になってるよ!」
あー……それで、みんな私のことを見ていたのかぁ。
「しかも、バルコニーで二人っきりで踊ってたって!」
顔を赤くしたキャロルがキャーっと小さく叫びながら口元を覆う。
「うん、本当だよ。でも、ジェラルド様は不馴れな私のために練習に付き合ってくれただけだよ」
「そ、そうなの? もしかしたら、二人はお付き合いしているんじゃないかってみんなが……」
「ないないないない! ジェラルド様だよ!? どう考えても釣り合わないし高嶺の花にも程があるよ!」
あははと思わず笑ってしまう。
噂とは怖いものである。そして、そんな噂を立てられているジェラルド様が気の毒過ぎる。
まぁ、こんな根も葉もない噂すぐに消えるだろう。
「そ、そうなんだぁー……そっかぁ」
キャロルが少し残念そうに呟く。
もしかしたら、恋バナがしたかったのかもしれない。お年頃だもんね。
話していると教室の扉が開かれる。
「おはよう」
アルベルト様とジェラルド様だ。
今朝も麗しい。美形が二人並んでいると破壊力が凄まじいなと改めて思う。
ちょっと待って。このお二人と同じクラスって今更だけど凄くない? 私の人生のピークはここなのでは?
いや、だからといって断罪は絶対に嫌なので全力で頑張るけども。
「…………」
考えているとジェラルド様がこちらを凝視していることに気付く。
「……どうかしましたか? 私の顔に何か付いてます?」
それとも、噂になっていることがジェラルド様の耳にも入ってしまって不快な思いをさせてしまったのかもしれない。
ここは一言謝っておくべきだろう。
「あのっジェラルド様、申し訳……」
「口の端」
「はい?」
「パンくずが付いてるぞ」
……本当に付いてた。
「……は!? え、えっと、ご、ご指摘ありがとうございます」
「いや。年の離れた弟もよく口の端に食べ物を付けていたのでな。気にしなくていい」
ちょっと待って、私は弟さんと同じってこと?
ジェラルド様はそれだけ言うとアルベルト様とご自身の席に着かれた。
――いや、それよりも恥ずかし過ぎない? ちゃんとチェックしたはずなのに……殿方にパンくずを指摘されてしまうとは。
「……ふっ、ふふっ」
「……キャロルさん」
「……ご、ごめんなさい……ふふっ笑っちゃって……ふふふっ……でも、コレルちゃんが違うって言ったことには納得できちゃったかも」
「うーん……それは、良いことなのかなぁ? それよりもキャロルさんこそカイちゃんとどうだったの? 踊ったんだよね?」
「え? えっと……その、すごく楽しかった、かな……えへへ」
「あらぁ~~そうなの~~! 楽しかったのね~~!」
だって! 良かったねカイちゃん!!
きっと今、私は菩薩のような顔をしているはずだ。自分でも分かる。
そんな会話をしていると続々とクラスメイト達が登校して来る。
「おはようさん」
「おはよう」
「おはようございます」
今日も一日が始まる。
ゆっくりと教室を見渡してから、そっと目を閉じる。私の一日はいつからこんなにも眩くなったのだろうか。
いつだって、この先のことを考えてしまう。あと一年と少しで死んでしまうかもしれないのだ。怖いに決まっているし考えないなんて無理な話だ。
けど、怯えてばかりなのは勿体ない。ほんの少しではあるが、ようやく自分を受け入れられるようになってきたんだ。今を楽しみたい。
もうすぐ夏が訪れる。
美しくきらめく季節だ。
夏休暇中もキャロルやカイちゃんやシャーレ嬢と時々は会ったり出来るかな。出来るといいな。
その前に行われる試験のことは一旦隅に置いといて今は夏休暇に思いを馳せることにした。
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