第8話 思わぬ出来事・前


 体を大きく伸ばし朝の新鮮な空気を身体中に巡らせる。


「んー今日もいいお天気だなぁ」


 今日も今日とて早朝ランニングだ。

 我ながら、それなりに引き締まって来たと思う。以前は細いだけでだらしのない体形だったが、今は腹筋も少しだが割れているし、力こぶだって作れる!


 体が変わってくるのはとても楽しい。

 気分良く走っていると、ふとキャロルも朝にひっそり魔法の練習をしていると教わったことを思い出す。


「キャロルさんは、どの辺で練習しているんだろ?」


 もしかしたら奥の湖の辺りにいるのかもしれない。いない可能性もあるが折角なので行ってみようと走る速度を早めた。


 優しく揺れる木々の心地好さを楽しんでいると小さな悲鳴が耳に届く。


「――やめてください! 放して!」

「いいじゃん別に」

「やめてくださいって! かっわいい~! 1年に、こんな可愛い子いたんだ」

「もっと奥の方に行こうぜ」

「――っ! やだ! やめて!!」


 この声はキャロル!?

 急いで声のした方へと向かう。


「キャロルさん!?」


 辿り着くと其処には3人の男子生徒に囲まれ腕を掴まれているキャロルがいた。


「コレルちゃん!?」

「――何をしているんですか!!」


 恐さよりも怒りの感情の方が強かった。

 キャロルの元に駆け寄り、その場にいた全員が驚いている隙にキャロルの掴まれていた手を振り解くと、彼女を庇うように前に立つ。


「はあ? いきなり何なの、こいつ? 」

「知らね。お友達じゃん? どうする?」

「二人連れ込めば良くね?」

「えー俺あっちのピンクちゃんがいい~」

「俺もだよ」

「俺はどっちでもいいかな」


 下世話な会話だ。こんなのキャロルに聞かせたくない。


「……コ、コレルちゃん……」


 私の服の裾を掴むキャロルの手が震えている。安心させるように、その手をそっと握り混んだ。


「大丈夫だよ、キャロルさん」


 後ろに居る彼女に微笑みかけると、正面に顔を戻し目の前の三人を見据えたまま、すっと息を吸うと口を開く。



魔導書ブック!」



 途端に目の前の三人が狼狽える。


「――こいつ魔法持ちか!?」


 魔法を使う際、手元に魔力エネルギーで作られた魔道書が現れる。そして、そこに書かれているスペルを詠唱すると魔法が発動されるという仕組みだ。


 ――攻撃魔法は使わないようにしていた。


 授業でも早々使うことはなく、使わないからといって困るようなことなどなかった。

 けれど、こんなことがあるなら少しは練習しておくべきだったかもしれない。


 ――大丈夫。大丈夫だ。


 少し驚かせるだけだ。傷つけたり怪我をさせるわけではない。この場から去ってくれたらそれでいい。

 気持ちを落ち着けるように息を吐いてから魔道書に視線を移しスペルを唱えようとした。


 ――刹那、ギロチンにかけられるスチルが脳内に過る。


「――……っ、」


 言葉が出ない。はくはくと口から息が漏れるだけだった。

 私の異変に気付いたのか男子生徒たちが顔を見合わせる。


「あ? なに、こいつ? 魔法使わねぇの?」

「はっ! なんだよ。拍子抜けしたわ」

「……クソッ! ビビらせやがって!!」


 怒鳴りつけてくる男子生徒が私の胸ぐらを掴むと反対の手で頬を殴った。


「――っ!」


 口の中が切れたのだろう、血の味がする。

 一度殴ったくらいでは男子生徒の怒りは収まらないのか、もう一度私を殴ろうと腕を振りかぶる。


「コレルちゃんっ!!!!」

「お前、さすがに殴るのはダメだろ!!」

「おい! やりすぎだ!!」

「うるせぇ!! こいつが悪っ……がはっ!!」


 言葉が続く前に男子生徒が吹っ飛ばされ、目の前から消え去る。


 次に視界に映ったのは長く美しい銀白の髪だった。



「…………え?」




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