第7話 サイラス様とルーク様


「マルベレットさん。この資料を魔法科室に運んでおいてもらえるかな」

「はい。わかりました」


 午前の授業が終わると担任の教師に魔法授業での資料を渡される。人数が少ないとはいえクラス全員分の資料はなかなかの量である。


「コレル。それ、運ぶの手伝うぞ」

「私も持つよ!」


 そんな私を見かねてカイちゃんとキャロルが声を掛けてくれた。


「ありがとう二人とも。でも、このくらいなら一人でも何とかなるし出来れば先にカフェテラスに行って席を取っておいてくれると助かるかも」

「結構な量だぞ。一人で大丈夫か?」

「ふふ。こう見えてそれなりに鍛えているから大丈夫だよ」


 優しい二人の申し出をやんわりと断ると足早に魔法科室へと向かう。


 今日のお昼は何を食べようか考えていると人気のない場所から声がする。

 ここは魔法持ちの生徒専用の棟なので一般生徒は入ることは出来ないエリアだ。


 なので居るとすれば魔法持ちの生徒のはずだが、時々一般の生徒が間違えて入ってしまうこともあるらしい。

 後者の場合だと声掛けした方が良いのかもしれないと思い声のする方へと近付いてみる。


「……サイラスさん、本当に良かったんですか? まだ一年の僕に会長の座を譲ってしまうなんて」

「うん。前会長から指名された時は嬉しくもあったけど、少し重荷でもあったんだ。僕はどちらかというと裏方の方が向いているしね。むしろアル君が引き受けてくれてほっとしているよ」


 どうやら前者のようだ。

 物陰からひっそりと様子を伺うとアルベルト様とサイラス様が仲良く談笑をしていた。


 そう言えば、このお二人は幼馴染だと設定欄に書いてあったことを思い出す。

 アルベルト様とジェラルド様もそうだけどサイラス様も最っ高に顔がいい。


 涼やかな空色の髪に優しい菫色の目。攻略キャラの中でも一番背が高く他の皆さんよりも筋肉質なのだが雰囲気の柔らかい方なので威圧感が全くない。


 お二人が穏やかに話しているだけで眩くて消えてしまいそうになる……美の暴力だ。


「でも、アル君の重荷にはなっていないかな? 君は昔から無理をしがちだから……」

「ふふ。ご心配ありがとうございます。初等部の頃からずっと会長という職に就かせていただいているので何の問題もありませんよ。相変わらずお優しいですね、サイラスさんは」


 サイラス様が眉を下げ肩を竦める。


「そういうところだよ。……僕で良ければ、いつでも頼ってくれていいからね」

「はい。ありがとうございます先輩」

「先輩って何だか気恥ずかしいね……あ、ごめんね。お昼の時間なのに長居させちゃって。アインベルツくんも心配してるんじゃない?」

「ああ本当だ。では、失礼しますね。お話しできて良かったです」

「こちらこそ。また生徒会でね」


 アルベルト様が反対側の通りへと行ってしまわれた。


 私は思わず会話を聞いてしまったことに申し訳なさを感じながら魔法科室へと急ごうと足を踏み出した。


 ――だが。


「……あっ、わっわっ!」


 踏み出した瞬間、爪先を引っ掻けてしまい持っていた資料をばら蒔いてしまう。


「ああ!!」


 覗き見なんて品のないことをしたからバチが当たってしまったのだろう。情けないものである。


「大丈夫?」

「え?」


 ひぇ……サ、サイラス様!?


「手伝うよ」


 サイラス様がしゃがんで資料を拾い集めてくださる。


「……あっ、い、いえ! だだだ大丈夫です!」

「でも、一人じゃ大変でしょ? 気にしないで」

「ひょえ……」


 や、優しい……前世の推しが優しい……。


「……あれ? 君は舞踏会の時の……」

「……あっ」


 ひゅっと喉がなる。

 体が硬直してしまい言葉が発せられない。


 恥ずかしい、いたたまれない、逃げ出したい、申し訳ない……様々な感情が駆け巡る。


「……あの時は、ごめんね」

「…………え?」


 まさかの言葉に目を瞠る。


「――確かにあのとき君も良くないことを口にしたとは思う。けど、大勢の前であんな見せしめみたいなことは、してはならなかった。……本来ならあの場でちゃんとフォローすべきだったのに出来なくてごめんね」


 驚きの余り口を開けたまま呆然としてしまう。まさか、サイラス様がそんな風に思ってくれていたなんて考えもしなかった。


「……い、いえ! お言葉の通り元は私の発言のせいですからサイラス様に謝っていただくことでは……」

「……ありがとう。ああでも、アルベルト殿下も悪気があったわけでは決してないと思うんだ。彼は真っ直ぐで矜恃が高い人だから……」

「……はい」


 その通りだ。


 あの時のアルベルト様の言葉は正しい。だからこそ傷ついたし変わろうと思えた。けれど恐いという感情はまだ消えてくれないから、なるべくなら関わりたくないとは思っている。


「そう言えば生徒会の手伝いをしてくれるんだって? さっきアルベルト殿下から聞いたよ」

「あ、は、はい……」


 なのに、それなのですわー!

 もっといろいろと上手くやって行きたいのになかなか難しいものだ。


「ふふ。じゃあ、これからも宜しくね。何かあれば直ぐに言ってね? 僕にできることなら出来る限り対応するから」

「……は、はい! ありがとうございます」


 あ~~推しの優しさが染みる~~!

 やっぱりサイラス様は最高だ……こんなモブにも丁寧で親切だ。今世でも推して行きたい。


「これ、魔法科室でいいの?」

「……え? は、はい!」

「じゃあ、行こうか」


 いつの間にかサイラス様が大半の資料を集めて持ってくださっていた。

 運ぶのも手伝ってくれるってこと!?


「だ、大丈夫です! 私一人で運べますので! サイラス様はお忙しいでしょうし、これ以上お手を煩わせるわけにはいきません!」

「でも、これを一人で運ぶのは大変だと思うし手伝わせてくれると嬉しいな。……ダメかな?」


 眉を下げ首をこてんと傾けながらサイラス様が問いかけてくる。

 その顔で、ダメかな? って聞かれて断れる女子いる? いなくない? 少なからずとも私には無理である。


「……お、お願いします」

「はい!」


 にこりと微笑みながら最高に可愛い「はい」をいただいてしまった……。

 あーー……眩しい……存在が輝きすぎている……溶けそう……。


 推しの素晴らしさを堪能しつつ廊下を進んで行くと割りとすぐに魔法科室へと辿り着いてまう。


 扉を開けようと手を掛けるが室内から声が聞こえたことに驚いて手を止める。

 サイラス様と目配せをし、少しだけ扉を開いて中の様子を伺う。



「ふふっ……いけない子だね」

「あら。そちらが誘って来たのでしょう?」

「そうだっけ?」

「そうよ」


 ……何だろ、この会話。


 良く見えないが室内では男女がイチャイチャしているようだ。

 どうしたものかと考えていると中から如何わしい音が聞こえてくる。こんな所で何をしてるんだか……。


 早く資料を置いてお昼食べに行きたいなキャロルとカイちゃん待たせてしまって申し訳ないと考えていた時。



 ――バン!!



「……は? え?」


 隣に居たサイラス様が扉を勢い良く開いた。


「ルーク!!」


 サイラス様の言葉に驚いて中を見るとルーク様とスタイルの良い綺麗な女の子が居た。

 いや、それよりルーク様!? 男性の方はルーク様だったの!?


「んー? あれぇサイラスじゃん。何してんの、こんな所で。あ、よければ混ざる?」

「混ざらないよ!」

「あっそ」

「それより、何してるのはこっちのセリフだよ! 何を考えてるのこんな場所で!」

「えー? 見ての通りだけどぉ?」


 そう言うとルーク様は女子生徒の腰を引き寄せ目の前でえげつない口付けを始めた。

 人生で聞いたことのない音が目の前の美男美女の咥内から発せられている。


「うわぁ……」


 思わず口元を押さえてしまう。

 高校生のしていい口付けじゃない……。確かにルーク様は女の子が大好きで頻繁に遊んでいる設定ではあったが細かい描写はされておらず、その辺はぼかされていたので特に気にしたことがなかった。


 ……いや、こんなの全年齢の乙女ゲーで見せちゃいけないやつだ。

 サイラス様の様子を伺うと片手で顔を覆って項垂れていた。


「……ルーク。いい加減にしなさい。生徒会の人間として弁えてください」


 サイラス様の言葉を聞いて、ルーク様はようやくえげつない口付けを止めた。


「――ありゃ。マジで怒ってる? んーごめんね?」


 ルーク様は女子生徒に耳元で何かを囁くとそのまま魔法科室から退室させた。


「……あの子、一般生徒だよね。何考えてるの? 君が連れてきたの?」

「そ。ここなら誰も来ないし安心して気持ちいいことが出来るでしょ」

「そんなことのために一般生徒を入ってはいけないこの場所へ連れ込んだの? そもそも学園内でしていい行為じゃないよね」

「あーはいはい。ごめんねぇー……あれ? 君は……」


 ルーク様と目が合う。どうやら、私の存在に今気付いたようだ。


「あれ? 舞踏会の時にアルちゃんにきっついこと言われてた子じゃん。なんか雰囲気変わったね」

「……え……あ、ありがとうございます……?」

「ははっ! うん、前より全然いいよ。よければお昼一緒にどう?」

「……い、いえ。先約がありますので……」

「そ。ざんねん」


 ルーク様が気怠げに金茶色の髪をかき上げながら笑う。


「――ルーク。話があるから一緒に来てくれる?……えっと、マルベレットさん?」

「は、はい!」

「ごめんね、不快な気持ちにさせちゃったよね」

「い、いえ、そんな……」

「――これ、ここに置いておくね」


 持っていただいていた資料を教卓に置くとオーティス様はルーク様の腕を掴んで出て行ってしまわれる。


「またね、お嬢さん」


 去り際にルーク様から投げキッスをいただいてしまった。


 ――嵐のような時間であった。


 私も持っていた資料を教卓に置くと急いでにカフェテラスへと向かう。


 何と言うか、いろいろと凄かった……。


 サイラス様が優しくてルーク様が女子生徒とえげつないキスをしていてサイラス様がルーク様に怒っていてルーク様は想像以上にチャラチャラしていて。


 誰もいないことをいいことに廊下を走る。

 頭の中は先ほどまでの出来事でいっぱいだ。


 誰もいないこの静謐せいひつな空間を、私は力いっぱい駆け抜けた。


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