第5話 キャロルと私の心の小さな棘


 ――AM5:30。


 簡単なストレッチをして身支度を終えると、ひっそり寮を出る。

 週に3日程度ではあるが早朝にジョギングをしている。


 朝の静寂で透き通った空気はとても好きだ。大きく深呼吸して少し気合いを入れてから最初の一歩を踏み出す。寮の裏は雑木林になっており奥まで行くと小さな湖がある。


 暫く走っていると反対側から人が来るのが見えた。どうやら相手もジョギング中のようだ。自分以外の人間がこんな早朝に走っているのは珍しい。


 とりあえず、にこやかに挨拶をしておこう。


「おはようございま……あらぁ……」

「……君か」


 走っていたのはジェラルド様だった。

 そう言えば公式設定で朝晩の鍛錬は欠かさないと書いてあったことを思い出す。


「走り込みか?」

「ええまあ。ジェラルド様もですか?」

「まあな」


 いつもは長い銀白色の髪を一つに纏めてサイドで流しているが今は低めの位置でポニーテールにしている。スチルで見たなぁ、これ。


「いつもこの辺りを走っているのか?」

「そうですね。毎日走っているわけではありませんが走るときはこのコースです」

「……ふぅん」


 興味なさそう~! なぜ聞いたのかしら?

 ジェラルド様は私を見て難しそうな顔をする。


「……まあ問題ないだろう」

「はい?」

「何でもない。ではな」


 そう言って去って行ってしまう。

 意味がわからないまま、私はジョギングを再開することにした。



 ◇◇◇



「おはようさん、コレル」


 教室に入るとカイちゃんが声を掛けてくれた。

 昨日のことを思い出し穏やかな気持ちになる。


「おはようございます、カイちゃん」

「昨日の課題やったか?」

「ええ。どうかしましたか?」

「ちょっとわかんないとこがあってさ。教えて貰ってもいいか?」

「私でよければ構いませんよ」

「おはよう。カイちゃん、コレルちゃん」

「「おはよう(ございます)キャロル(さん)」」

「二人とも、いつの間にそんなに仲良くなったの?」

「「え?」」

「ふふっちょっぴり妬けちゃうな」


 待って、これはもしかしたら勘違いされてしまうやつなのでは!?


「ち、違います、キャロルさ……」


 言い切りる前にカイちゃんに肩を抱かれ引き寄せられる。


「羨ましいか?」


 ――どういう状況なの?


「カイちゃんずるーい! 私も!」


 キャロルが楽しげに私の腕にしがみ付く。

 なんだ、この幼馴染たちは? 天使なの? ここは天国かな?

 天国を堪能していると突如品の良い声が入って来る。


「楽しそうだね」

「アルベルト様。おはようございます」

「おはよう。アレットさん、昨日の話は考えて貰えたかな?」

「……はい、その……お返事は放課後まで待っていただいても構いませんか?」

「それは、構わないけれど……」

「ありがとうございます。今日の放課後また生徒会室にお邪魔させてもらいますね」


 アルベルト様はキャロルの言葉に頷くと自分の席へと戻って行く。


「コレルちゃん。あのね、相談したいことがあるんだけど後でご一緒してもらってもいいかな?」

「う、うん。大丈夫だよ」

「良かったぁ。詳しくはその時にお話しするね」


 相談って何だろう……?

 ほんの少し後ろ髪を引かれながら午前の授業を受けることになった。


 カイちゃんとキャロルと私の3人で昼食を終えたあと、キャロルとお散歩がてら中庭を探索していた。


「見て見てコレルちゃん! このオブジェ可愛いね! あっちのガゼボも素敵! 今度カイちゃんと3人で一緒にお茶したいね」

「ふふっそうだね」

「あっ、ごめんね。一人ではしゃいじゃって……って、コレルちゃん顔色が良くないよ? こっち来て」


 キャロルは私の手を引くと噴水近くのベンチにまで連れて行きそこに座らされる。

 隣に座ったキャロルが膝をぽんぽんと叩く。


「はい、どうぞコレルちゃん」

「へ? は?」


 混乱していると肩を掴まれ、そのまま体を倒されるとキャロルの膝の上に頭が乗せられる。


 こ、これは、ひ、ひ、ひ、ひ、膝枕!?

 えっいいの、これ!? 攻略キャラでもないのに? 後でカイちゃん自慢しゃおう! じゃなくて、どういう情況なの!?


「コレルちゃん朝早くから走ったりしてて疲れてるんでしょう? 少しでいいから休んで」

「……え、なんでそのことを?」

「ふふっ実は私も朝に寮を抜け出してこっそり魔法の練習しているの」

「そうなの!?」


 ゲーム中に、そんな描写はなかったと考えるがキャロルの頑張っている姿は基本的に簡略化されておりプレイヤーには知る由もなかった。


「うん。だから、コレルちゃんが頑張っていることも知っていたの。でも、コレルちゃんもいつもこっそり走ってるみたいだったから声を掛けられなくて……」

「そうだったんだ……」


 キャロルが優しく頭を撫でてくれる。


「コレルちゃん。私ね、アルベルト様に生徒会のお手伝いをしてほしいってお願いされてるいるの。でも、生徒会って男の人ばかりでしょう? だからコレルちゃんさえ良ければ一緒にお手伝いして貰えないかなって思ってて。どうかな?」


「……は? えっ生徒会!?」


 ゲームではキャロルが紅一点で生徒会役員の攻略キャラたちと交流する展開になっている。


 そこに私が介入するの!?

 

 いや、それよりも気まずい……。

 舞踏会であんなことがあったのだ。クラスではなるべく関わらないようにしてやり過ごしているが生徒会を手伝うとなれば、そうもいかない。


「コレルちゃんも一緒だと嬉しいし心強いなぁ」


 ああ、キャロルが学園に来る前の出来事だから舞踏会で何があったかなんて当然知らないもんね。

 私が断ってもキャロルは間違いなく納得してくれるはずた。少し寂しそうに仕方ないねって笑ってくれると思う。


 けど、一人では不安だからこうして私に声を掛けてくれたんだ。その気持ちに誠実でありたい。私は小さく息を吐いてキャロルに舞踏会での話をするために口を開いた。


「…………と、言うわけで生徒会にはちょっと行きづらいかなぁって……ごめんね?」

「……」


 ――無言。


 こんな話聞かされても何て言っていいか困っちゃうよね! 申し訳ない!


「あの、キャロルさ……」


 ――ぽた。


 なに? 水?


 見上げるとキャロルのキラキラした目から大粒の涙が溢れていた。


「……キャロ……」

「…………っ、ひどい……」

「……えっ」

「なんで……そこまで酷いことを……っ、傷つくことを言われなくちゃならないの……?」


 キャロルがそっと私の胸の辺りに触れるか触れないかの距離に手を置く。


「……痛かったね、辛かったね……コレルちゃん」


 キャロルの言い方があまり苦しそうで私も泣きそうになる。

 優しい子だなぁ。この子は人の痛みでこれ程までに泣くことができるんだ。

 こんな子、みんな好きになっちゃうよ。


「ありがとう、キャロルさん。でも、発端は私の言葉だったから……私もフォルワードさんに酷いこと言っちゃったからこんな風に泣いて貰えるような資格はないの」

「……っ、そんなことないよ! そんなこと……」


 ハンカチを取り出しキャロルの涙を拭う。


「……決めた。私、お断りする!」

「……え?」

「もともと女子は私一人で不安だったの」

「……でも」

「私が決めたことだからコレルちゃんは気にしないで……って、もうこんな時間! 急いで教室に戻ろう!」

「……う、うん」


 ――本当に良いのかな。


 カイちゃんに協力するって言ったし、このまま生徒会に行かない方が攻略キャラとの接点は減っていいのかもしれないけれど、それはキャロルからいろんな可能性や未来を奪ってしまうことにはならないだろうか……。


 新しい世界。新しい生活。

 ワクワクしてドキドキして……すごく楽しくて。

 キャロまほをプレイしていた時の気持ちを思い出す。


 ――私のせいでキャロルの世界を狭めてしまうのは間違っている。 


「……ル。……コーレル」

「……え?」

「どうしたんだ? ぼーっとして」

「……カイちゃん?」

「授業とっくに終わってるぞ」

「――え? ええ!? いつの間に!? いや、それよりキャロルさんは!?」

「キャロルなら授業終わって直ぐにどっか行っ……」

「ありがとうカイちゃん!!」


 急いで教室を出て行く。


 キャロルは間違いなく生徒会室だ。


 廊下を走るなんてはしたないことはしたくないけれど一大事なので許して欲しい。そんなことを考えながら、生徒会室まで全力で駆け抜けて行った。


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