第4話 あなたも前世の記憶持ちなんですか!?


 ――あれから数日が過ぎた。


 今のところ何の問題もなく穏やかな毎日を過ごしている。

 今はキャロまほでもかなりの序盤なので当然ではあるのだが。


「コレルちゃん、このあと時間があるなら一緒にカフェテラスに行かない?」

「アレットさん! う、うん。是非っ!」

「やったぁ! じゃあ帰りの支度してくるね」


 はしゃぐキャロルは今日も可愛い。


「あ! フォルワードさんもご一緒にいかがですか?」


 帰り支度をしていたキャロルが近くにいたシャーレ嬢に声を掛ける。

 おお! 3人でカフェテラスなんてドキドキしちゃうな。


「結構ですわ。失礼いたします」


 私のドキドキ虚しくキャロルの誘いをきっぱり断るとシャーレ嬢は足早に教室を出て行ってしまった。


「……えへへ。振られちゃった」

「……そ、そうだね」

「クラスに女の子は3人しか居ないしフォルワードさんとも仲良くしたいんだけどなぁ……」


 キャロルが少し寂しそうな表情で呟く。


「同じクラスになって、まだ数日しか経ってないし一緒に過ごしている内にきっと仲良くなれるよ!」

「コレルちゃん……うん。ありがとう」


 カフェテラスに着くとキャロルはチェリータルトとキャラメルティーを。私はプティングとアールグレイをそれぞれ注文した。


「あの、アレットさ……」

「ねぇコレルちゃん。そろそろ私のことも名前で呼んでほしいな」

「はえ!?」


 心の中ではいつも名前で呼んでいるが本人を前に呼ぶのは緊張してしまう。


「ダメ、かな?」


 はぁ~~何だそれは? 可愛いが人類を越えている……。


「え、えっと……キャロル、さん……?」

「はい!」


 キャロルが花がほころぶような笑顔を見せる。あまりの眩しさに顔を覆ってしまった。


「ふふっ嬉しいなぁ。あ、コレルちゃんもチェリータルト食べる? はい、あーん」

「はえ!?」


 カスタードたっぷりのチェリータルトの乗ったフォークを口元に差し出される。

 こんなことしてもらっても良いんですか? 攻略キャラでもないのに!?

 緊張を悟られないように小さく深呼吸してから口を開く。


「い、いただきます……」

「うふふっ美味しい?」

「――んぐ。は、はい。すごく美味しいです。あ、よければ私のもどうぞ」

「わぁ! ありがとう」


 お互いのデザートをシェアするなんて初めての体験だ。キャロルは私にたくさんの初めてをくれる。こんな素敵な放課後を過ごせるなんて夢にも思ってなかった。


「ありがとう、キャロルさん」

「ん?」

「ううん! 何でもない」


 えへへと笑って誤魔化し、二人で楽しいお茶の時間を過ごした。


 この後、キャロルは生徒会室に用があるとのことで行ってしまった。

 ここは共通ルートで生徒会の仕事を手伝って欲しいとアルベルト様に打診されるはずだ。


 私はというと甘いものを食べたこともあり散歩がてら遠回りをして寮に戻ることにした。

 誰もいない校舎裏の小道をのんびりと歩く。


 プティングもキャロルから貰ったチェリータルトも美味しかったけど前世で主食だった和食が恋しい。


「はぁ……おむすび食べたい。具は明太子と鮭がいいなぁ……お豆腐とワカメのお味噌汁に、だし巻き卵も付けて欲しい……しらす丼に温玉乗っけたのも食べたいなぁ……あと、お魚の煮付にから揚げに天ぷらそば……」


「…………お前さん、もしかして日本人?」

「は? えっ!?」


 私、口に出してた!?

 いや、それよりも何でこんな所にカイちゃんが!?

 どうやら、校舎裏のベンチの上で寝てたらしい。気付かなかった……。


「あ、いや。変なこと聞いたな、悪い」

「い、いえ……」


 今、日本人って言ったよね? なんで? どういうこと?


「――あ、あのカイちゃ……ガレルローザさんは、日本をご存知なんですか……?」

「お前さん、やっぱり日本人……いや、んなワケないか……っつーことは、前世で日本人だったってやつか?」

「なぜそれを!?」

「俺も同じだからな」


 今、何て言ったのこの人?

 俺も同じ? 前世が日本人?


 あまりにも予想外で茫然としてしまう。


「おーい、大丈夫か? まぁ俺も驚いてるけどな」

「……あ、は、はい! すみません! えっと、ガレルローザさんも前世は日本人だったんですね……いつ、お気付きになられたんですか?」

「あー……俺は9歳ん時に誘拐されて犯人に殺されかけた時に記憶がバーッとな……。お前さんは?」

「さらっと凄いこと言いますね……。私は、つい最近です。この春休暇の時に崖から転落してしまって……その際に」

「……なるほどなぁ。良かったらちょっと話そうぜ。座んなよ」

「あ、ありがとうございます」


 ベンチに座っていたカイちゃんが場所を少しずらして私の座れるスペースを作ってくれる。


「お前さんは前世……日本では何してたの?」

「私は、東京でしがない会社員をしておりました。ガレルローザさんは?」

「んー? 俺は……まあ、いろいろやってたけど一応メインは女性向け風俗かな」

「じょせいむけふうぞく?」


 聞きなれない言葉に思わず聞き返してしまう。そんな私を見てカイちゃんは目を細めて笑う。


「お前さんは、そういうのと無縁そうだもんなぁ……。女の人相手の夜のお仕事ってやつ。俺の親はとんでもないクズでさ。金もないくせに飲む打つなんてのは当たり前で機嫌が悪いとすぐに殴るような奴らなワケよ。俺だけならまだ良かったんだけど弟が二人いてさ。あいつらのこと守って飯も食わせてやんないといけなくてな。……けど、俺のことで客同士が揉ちまって間に入った時に刺されてそのまま……ってな」


 ……壮絶すぎる。


 カイちゃんの前世地獄すぎない?

 私の人生ズタボロだと思ってたけど、とんだ甘ちゃんだった……。


「あの……私、自分の前世こそ最悪で一番不幸みたいに気取ってました……すみません……」

「ははっ! なんで謝んの。みんな、それぞれ自分の人生しか背負えねぇんだし辛さや重さもその人のもんだから、お前さんが辛かったんならそれは他の誰よりもお前さんが一番辛かったでいいんだよ。誰かと比べなくていい」

「……ありがとうございます」


 優しい人だ。そして、強い。


「私も私の前世のことお話ししてもいいですか?」

「もちろん。いくらでも聞いてやるよ」


 恥ずかしく情けない私の前世。

 誰にも知られたくないと思っていたけれどカイちゃんには話しておきたくなった。

 時々詰まりながら、時には感情的になりながら私は自分の前世を話した。


 そして、核心に触れる。


「……ガレルローザさんは、ゲームはお好きでしたか?」

「ゲーム? いや、んな余裕なかったし、たまーにスマホで弄るくらいのもんだったかな」

「……そうですか。えっと、かなり唐突な話になってしまいますし信じられないかもしれませんが……前世に『キャロルと秘密の魔法世界』という乙女ゲー……女性向けの恋愛ゲームがあったんです。そして、ここはそのキャロルと秘密の魔法世界の世界なんです」

「……は? キャロル?」

「はい。キャロルです。ガレルローザさんの幼馴染でもあるあのキャロルが主人公のゲームなんです」

「……なに? 一体どういうことだ?」

「何もかもが一致しているんです。グランジェインという国も登場人物たちの容姿も名前も私の大好きだったキャロまほと……。ありえないと言い切ってしまうには余りにそのまま過ぎる」


 カイちゃんの困惑が手に取るようにわかる。


「――えーと……ちょっと待ってくれ。つまり、ここはそのキャロルの何とかって言うゲームの中ってことなのか?」

「いえ。それは少し違っていましてキャロまほの世界に転生したと言うのが正しいかと。今、私達はちゃんとこの世界で生きていて生活をしています。ここは紛れもない現実です」

「…………そうか」

「ガレルローザさんは相手の出自や能力、好感度……誰が誰をどう思っているかを魔法で読み取ることに長けていますよね? ガレルローザさんはゲームの中ではキャロルのお助けキャラだったんです。攻略キャラがキャロルをどう思っているのかとか、攻略キャラに何をあげれば喜ぶとか……そう言ったことを教えてあげるのがガレルローザさん……『カイちゃん』の役目でした。ちなみに攻略キャラはアルベルト王子、王子の右腕的存在のジェラルド様、2年のサイラス様に同じく2年のルーク様の4名です。プレイヤーは主人公ヒロインのキャロルになって4人の誰かと恋愛をするか魔法を極めてこの国の聖女になるかを選んでエンディングを目指します」


「……ちょっと待ってくれ」

「はい?」

「すると何か? 俺はキャロルが他の男とくっつく手伝いをするだけの奴ってことか!?」

「……はい。そういうことになるかと」

「キャロルが俺を好きになったり俺とキャロルが恋人同士になるってことは!?」

「……ゲーム内では、まずありえないですね」

「…………マジかよ」


 カイちゃんが片手で顔を覆い項垂れる。

 これは、もしかして……。


「ガレルローザさんは、もしかしてキャロルさんのことがお好きなんですか?」


 カイちゃんは自分の若葉色の髪をぐしゃぐしゃにしながら、あ"~~っと声を漏らす。


「……そう。すっげぇ好き」

「あらぁ~!」


 思わず口元を押さえてしまう。

 顔が赤い……耳まで赤い。かわいい。


 カイちゃんはキャロルが好きなのかぁ。そりゃあ、あんなとびきり可愛いくてキラキラした天使みたいな子が側にいたら好きになっちゃうよね。


「で、お前さんは?」

「はい?」

「そのゲームん中で何やってたんだ? キャロルの友達か?」

「…………私……私は、名前すら出てこないキャラクターでした……」

「は?」


 カイちゃんに全てを話した。

 ゲームの中で何をしでかしたか。どんな役回りだったのか。


 舞踏会の時のことも春休暇をどんな風に過ごしたかも……何もかも洗いざらい彼に話した。

 一言も発せず静かに聞いてくれていたカイちゃんが口を開く。


「…………そっか。なるほどなぁ……お前さんも大変だったな」


 カイちゃんが私の頭をくしゃりと撫でる。

 その手つきの優しさに思わず泣きそうになってしまう。


「んじゃ、俺が協力してやるよ」

「へ?」

「抗うんだろ? 俺にできる範囲でだがお前さんに協力してやる。――それに、もしお前さんがゲームとは違う運命を辿ったんなら俺にも希望ってやつがあるかもしんねぇしな」

「……ガレルローザさん」

「お前さんの話聞いて俺も抗ってみたくなったんだ」

「……ありがとうございます。私もガレルローザさんとキャロルさんが恋仲になれるよう微力ながらお手伝いします! 実はカイちゃんはお助けキャラなのに容姿もキャラも魅力的だと発売当初から人気で彼を攻略できるルートはないのかってSNSでも騒がれてて……だから、カイちゃんも主要キャラに負けないくらいの人気があったんです! えっと、つまり何が言いたいかというと私よりもずっと希望も未来もあります!」

「ははっ! ……そっか、んじゃ期待しとく。宜しくな」


 カイちゃんが手を差し出してくる。

 握り返した手は想像よりもずっと大きくて温かかった。


「それと、あと一ついいですか?」

「ん?」

「私もガレルローザさんのこと『カイちゃん』って呼んでも構いませんか? あっ、いや、その、ゲームを楽しんでいた身としては、そちらの方が馴染みがありまして……って、さすがに馴れ馴れしすぎますよね! すみませ……」

「いいよ」

「あ? え?」

「名前なんてお前さんの好きに呼んだらいいさ。折角だし俺もコレルって呼ばせて貰うよ」

「あっ、ありがとうございます!」


 まさか私と同じく前世の記憶を持っていて、その人が協力を申し出てくれるなんて夢にも思っていなかった。


 胸が跳ねる。気持ちが高揚する。


 どうしようもない自分が何処まで出来るかなんてわからない。

 それでも、希望はあるのだと信じられる。


 はっと息を吐く。


 心地の良い時間だ。今日のこの瞬間のことを私はきっと一生忘れないのだと思う。


 

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