憧れの乙女ゲーに転生したのに悪役モブ令嬢!? ~ギロチン確定で攻略キャラたちからの好感度最悪ですが抗い続けたら楽しい学園生活が待っていました~
スズイチ
第1話 プロローグ
――落ちる。
その時、知らない女性の記憶が全身を駆け巡った。
――女性……いや、私は日本という国で会社員をしていた。
冴えない私という人間は閉鎖的な田舎で男尊女卑の根強い環境で生まれ育った。男性はいつだって強く偉く女性は一歩下がって男性を立てていなければいけない。
そして、私は親族の集まりというものが嫌いであった。
男性たちはいつだって胡座をかいて酒と料理が運ばれるのを待っているだけなのに対し、女性たちはずっと立ったままで料理を作り下げられた食器を洗い続けているか、出来た料理を運んでは並べてお酌をしていた。外に働きに出ている女性も子育てで忙しくしている女性も例外なく、みんな動いていた。
そんな環境に対していつも疑問と不満が付きまとっていた。
この場所にいたくなかった私は頑張って勉強をして東京の大学へと進学した。
両親には反対されたが奨学金を借りて行くことを伝えたら渋々ではあるが納得してくれた。勿論、仕送りはなしだ。
東京での生活は自由で解放感はあったが勉強とアルバイトで常に忙しくいっぱいいっぱいであった。
卒業後も私はそのまま東京に残ることにした。就職先は、中堅企業の事務員。遣り甲斐があるというわけではなかったが、当たり障りなく仕事をこなすことができた。
けれど、気に入らないことがあると重箱の隅つつくようにねちっこく責めてくる上司がいた。
挨拶の仕方がなっていなかったとか、ホッチキスの留め方がなっていないとか……ほんの小さなことで怒鳴り散らされる。時には書類を投げられたりファイルで頬を叩かれることもあった。
先輩に上司のことを相談しても、それは私が悪いといつも言われていた。
「そんなんじゃ社会で生きていけないよ」
「親からどんな躾されてたの?」
「給料貰ってんだから上司に怒鳴られるくらい我慢しなよ」
「君ほんと地味だし暗いよね。話しててイライラする。そんなだから上司も手が出ちゃうんじゃない? それって君自身のせいだよね。自覚あるの?」
こっそりと話を聞いていた後輩がにやにやと真っ赤な唇を歪めながら話しかけてくる。
「あっは! 先輩うける~! 何であれだけ言われて言い返さないの? ダッサ!」
「もしかして図星だから? きゃはは! 先輩ってほんとかわいそう~! あたしみたいに可愛くしてれば、あんなこと言われることもないのに~」
「てか先輩ちゃんとメイクしてます? なんか顔色まだらだし目の下の隈ひどいし眉もボサボサで汚いし……あと、その爪まさかすっぴんですかぁ? ガサガサの爪とかありえなぁい」
美しく整えられた長い爪を見せつけるように後輩は言う。
――疲れた。
私の人生はこの先もこんな風に消費されて行くのだろうか?
情けない。悔しい。辛い。
嘆いているとスマホから着信音が鳴る。発信元を見ると母からだった。
ため息を吐いて電話に出ると母は一方的に話を始める。
実家にはいつ帰って来るのか。結婚はまだか。いい人はいないのか。同級生の子達はみんな結婚して子供がいる。早く孫の顔が見たい。30歳を過ぎて結婚してないなんて私くらいだ。
……こうして、いつも気軽に私の胸を抉ってくる。実の親ですらこうなのだ。
世界は私に優しくない。
適当にあしらって通話を終えるとぐったりする。
――しんどい。
けれど、そんな私にも唯一の楽しみがあった。
先月発売された乙女ゲーム『キャロルと秘密の魔法世界』
楽しくて楽しくてプレイ中は全ての嫌なことを全て忘れて没頭できた。
寝る間も惜しんで夢中で遊んでいたら発売から一週間で全ルートを制覇してしまったくらいだ。
でも、まだまだ遊びたりない。
今は二週目を楽しんでいる。さて、次はどのルートに行こうか。
嫌な記憶を振り払うように一歩を踏み出した瞬間……。
――あれ?
視界が揺れた。
何が起こった?
体が重い。自分の体が支えられない。
誰かの叫び声のようなものが聞こえたのが最後の記憶だ。
◇◇◇
――ばちん、と目を開くと見覚えのある天井が目に入る。
ゴテゴテとした装飾が目に眩しい。
何度か瞬きをして記憶を整理する。
私の名前はコレル・マルベレット。
年齢は15歳。王侯貴族の通う学園の生徒で両親は成り上がりのいわゆる成金貴族だ。
王都の名前はグランジェイン。
そう。私の大好きな乙女ゲーム『キャロルと秘密の魔法世界』の舞台もグランジェイン王国。
――まさか、と考えるがこの国の第一王子であるアルベルト・グランジェインはキャロルと秘密の魔法世界におけるメインヒーロー……攻略対象キャラであった。
彼の名前も立場も見た目も何もかもがゲームの世界と完全に一致していたし、他にも彼の婚約者候補であるライバル令嬢のシャーレ・フォルワードもゲームの世界そのままの見た目と立ち位置だった。
ならば、私は? 私は何だ?
コレル・マルベレットなんてキャラは居ただろうか?
体を起こし窓際に置かれてある鏡の前まで行くと今の自分をまじまじと見つめる。
傷んだ地味な赤茶色の長い髪に、ツヤの無いくすんだ肌。冴えない顔立ち。細いだけで何の魅力もない身体。
そこで、ふと気付く。
あれ? さっきの記憶……恐らく前世といわれるものだと思うがあの記憶の中の『私』と少し似ている気がする。
――なぜ?
大好きなゲームのプレイ内容を懸命に思い返すが、やはりコレル・マルベレットなんてキャラはいない。
だが、一つだけ思い当たることがある。どのルートでも必ず物語の中盤で主人公ヒロインに醜い感情を向け攻撃しようとした所を捕らえられ断罪されるモブキャラ。
顔は描かれておらず長い赤茶色の髪をしていた。最後までヒロインに対して酷い言葉を吐き続けて魔法のギロチンにかけられる嫌われモブキャラ。
――ああ、私がそれなんだ。
すとん、と落ちてくる。
私はあの時に死んでしまって異世界に転生したのだ。大好きな乙女ゲーである『キャロルと秘密の魔法世界』に。
だからといって、これはないだろう。
せっかく大好きな世界に転生できたのに、よりによって早々に死んでしまう嫌われモブキャラだなんて……。
項垂れていると扉がノックされる。現れたのはメイド服を着た女性だった。
「失礼します……お嬢様!? 目が覚められたのですか!」
「……え、あ、はい?」
「大丈夫ですか? どこかに痛みなどはありませんか」
「だ、大丈夫です……あの、私に何があったんでしょうか?」
「覚えていらっしゃらないのですか? 4日間ずっと眠っていたんですよ。今が春休暇中なのは覚えていますか?」
春休暇。この国では春夏秋冬それぞれ3週間ほど学園がお休みになる。
今、この世界では春休暇の最中だ。
「はい。覚えています」
「せっかくの春休暇ということで旦那様のお兄様……お嬢様にとっては伯父様のところで休暇を過ごすご予定でしたが、道中でお嬢様が飽きたと馬車を飛び出した先に崖があってそのまま……。運良く一命は取り留めたのですが救命されてから、ずっと眠ってらしたんですよ」
――アホなのかな、このモブ。
可愛くないうえに性格まで悪いなんてさすが悪役モブだ。
いや、まあ自分のことなのですが。
前世の記憶を取り戻してしまったせいか妙に今の自分のことを客観視してしまう。
何処からか落ちたことは覚えていたが崖って……よく生きてられたなぁ。
私はコレル・マルベレットとしての人生を改めて振り返る。
地味で目立たず自分とは逆の目立つ存在を羨望しているくせに疎ましく思っている。鬱屈した感情を他者に向け家では家族や使用人に対して傍若無人でワガママ放題……。
最悪すぎない? いやまあ、だからこその嫌われモブでもあるのだが……。
「ところで、お嬢様。今宵の舞踏会はどうされますか?」
「え?」
「本来でしたら欠席の予定でしたが、お屋敷に戻られましたし……ですが、4日間も寝込んでいましたしお身体に障るかもしれませんよね。余計なことをお聞きしてしまいました。申し訳ございません」
頭を深々と下げるメイドさんに、こちらも頭を下げるとひどく驚いた顔をされる。
舞踏会……。正直、億劫ではあるが自分の今の状況を把握しておきたい。
「……いえ、折角ですし参加します」
「そうですか? 無理はしないでくださいね。って、いけない! お嬢様が目覚めたことを皆さまにお伝えしなくては。では、失礼いたしますね」
メイドさんが去って行くのを見送ってから、ため息を吐く。
「……はぁ。どうするかなぁ」
大の字になってベッドに飛び込むと不安を打ち消すように暫しの眠りについた。
◇◇◇
目が覚めたあと、大号泣する両親を尻目に舞踏会への支度を終え会場へと辿り着くと見覚えのある建物に感嘆のため息をもらす。
「はぁ~……キャロまほで見たやつだぁ」
華やかな装いの学生たちが続々とホール内へと入って行く。今日は学園主催の舞踏会だ。
自分も整えて貰ったが如何せん地味だ。ドレスもモブらしいデザインで顔も薄く化粧をしているが意味があるのかないのか……。まあ、モブなんてこんなものだろうと考えていた時。
「「きゃーーーー!!!!」」
ホール内に甲高い悲鳴が響き渡る。
声の上がった方を見るとキャロまほの攻略対象キャラが勢揃いしていた。
煌めく黄金の髪に翡翠色の目をした爽やかな美貌を持つグランジェイン王国の第一王子であるアルベルト・グランジェイン様。
銀白色の髪に緋色の目をした王子の右腕的存在のクールでツンツンなハイスペック美男子のジェラルド・アインベルツ様。
空色の髪に菫色の目をしたおっとり穏やかお兄さん枠のサイラス・ユグレシア様。
金茶の髪に珊瑚色の目をした女の子はみんな可愛いくて大好きチャラ男枠のルーク・ツェリスペリア様。
「ひぇ……みんな顔がいい……」
圧倒的モブには眩しすぎる。
砂になりそう……。
ちなみに私の推しはサイラス様だ。
社会に揉まれた社畜に穏やかお兄さんは染みる。
――カツン。
後ろからヒールの音がして振り替えると、そこにはとんでもない美少女がいた。
真っ赤な薔薇のような髪色に瑠璃色の目をしたライバル令嬢ことシャーレ・フォルワード嬢。
綺麗な子だなぁ……。
思わず見惚れてしまう。
キリッとした強い目元を縁取る長い睫毛に陶器のような肌。薄紅の艶やかな唇。
スタイルも良く胸はほどよい大きさでウエストは細く手足は長い。
薔薇色の髪に深紅のドレスが良く似合う。きらびやかな装飾にも負けない華が彼女にはあった。
「あらあら。随分と派手ですこと」
「まるで、ご自分がこの場の主役みたいな出で立ちですわよね」
「どんなに着飾ってもアルベルト様たちには到底及びませんのに」
「恥ずかしくないのかしら。ねぇ?」
「は? へ? え?」
誰? いつからこんな近くに居たの?
いつの間にか会話に参加させられてるみたいな状況になっている。
何だろうこの人たち……いや、どう見てもモブだ。私と変わらない地味さだ。
陰湿だなぁと横目で嫌みを言う彼女たちを見るが、あんな風に自分とは全く違う眩しい人のことを妬んだり気に入らないのは理解はできる。
結局は無い物ねだりなのだ。
見た目も立ち位置も全然違う。
同じ場所に居るけど、悲しいくらいに別次元の人たち。
……彼らは選ばれた存在なのだと間近で見たことによって改めて認識する。
――とても遠い。
何だか虚しくなってきた。
ゲームの中だと自分は主人公ヒロインで可愛くてチヤホヤされて世界の中心でいられたのに今は断罪が決定している最低の悪役モブだ。
何とか抗ってはみるけれど、本当にどうにか出来ることなのだろうか。
ここが『キャロルと秘密の魔法世界』の世界である限りどうにも出来ないのではないだろうか。
「どう思います? マルベレットさん」
モブ令嬢に名前を呼ばれ顔を上げる。
にやにやしていて嫌な表情だ。
他人をバカにして見下している時、人はこんな表情なんだ。
……でも。
胸がざわざわする。
シャーレ嬢に視線を移すと背筋をピンと伸ばした美しい姿が目に焼き付く。
いいなぁ。自分とは全く違う選ばれた人。
なぜ、こんなにも違うのか。
「……そうですね。何だかゴテゴテしていて品がないです」
品がないのは、こんなことを口にしている私自身だ。けれど、別にこの程度のこと言っても構わないだろう。彼女は選ばれた人なんだから断罪が決まっている不幸で可哀想な私が小さな嫌みを言うくらい許してほしい。
「品がないのは、どちらなのだろうね?」
よく通る上品な声が先ほど自分が思ったことと同じ言葉を口にする。
驚いて振り返るとアルベルト様御一同がそこには居た。
「……は? え?」
「他人のことをどうこう言う前に自分を振り返ってみてはどう?」
「あ、あの……」
「アップにしていても目に見えて分かるほど艶のない痛んだ髪の毛に、まともに施されていない化粧。だらしない姿勢……他者を蔑む前に自分をどうにかするべきなんじゃないかな? 厚顔無恥にも程があるとは思わないかい? 恥を知った方がいいと思うよ」
美しい翡翠色の目が冷ややかに私を映す。
――シーン。
辺りが静まり返る。
先ほどのモブ令嬢たちも、いつの間にか消えていた。
いたたまれない。
けれど、彼の言ったことは正論だ。
恥ずべきなのは自分だ。
「まあまあ。その辺でやめたげなよ可哀想でしょ」
軽い調子でルーク様が間に入ってくる。
アルベルト様はルーク様に微笑むと踵を返しホールの奥へと去って行ってしまった。
「彼、ああ見えて遠慮なく喋っちゃうからね。大丈夫?」
「あ、は、はい……」
「……」
「あ、の……?」
「でもさ、せめて肌と眉くらい整えた方がいいんじゃない?」
「え?」
「じゃあね」
それだけ言うと素晴らしくスタイルの良い女性の所へと行ってしまう。
ジェラルド様は蔑むように私を一瞥するとアルベルト様の後を追われる。
サイラス様は何か言いたげではあるが困ったような表情のまま皆さんとは別の方へと足を進めて行ってしまった。
――私は足早に誰もいない中庭の奥へと向かう。
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。
情けない。悔しい。辛い。自業自得……たくさんの言葉が脳内を駆け巡る。
慣れないヒールで走ったせいでドレスに足を引っ掛け転んでしまう。
「……っ、い……たた……」
踏んだり蹴ったりだ。
なぜ私がこんな目に逢わなくてはならない? せっかく憧れの世界に転生できたのに、こんなの酷いよ。
踞り必死に声を押し殺して泣く。
泣いて泣いて泣くだけ泣いたら少しだけスッキリした。
噴水まで行き顔を洗おうと水面を覗き込むと、そこには酷い顔をした土埃だらけの見窄らしい女性が居た。
――私だ。
まだ15歳なのに肌に潤いはなく髪はパサパサで品がない。眉毛はボサボサで口角も下がっていて人相が悪い。
魅力のない体形は姿勢の悪さのせいでよけいに見栄えが悪い。
これが、コレル・マルベレット……私なんだ。
私は何か努力しただろうか?
シャーレ嬢は間違いなく努力をしている。
あの美しい人ですら努力しているのに私は何をしている?
この先、どうなるかなんてわからない。
物語の中盤……ということは長くて2年弱ほどで断罪イベントがあるはずだ。
免れないかもしれない。
けれど、せめて納得して死にたい。
あんな恥ずかしい死に方ではなく潔く自分に誇りを持って死にたい。
――変わろう。
そう、変わるんだ。
なりたい自分になるんだ。
羨むだけの自分はもうやめよう。
「よし!」
噴水の水で顔を洗うと気合いを入れるように自分の頬を思いきり叩いた。
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