出会い系で出来た彼女と上手くいってたはずが……

赤花椿

彼女が欲しかった男。 一話完結。

 ある日の夜。水城蒼真は高校時代の友人たちと集まり、飲み会をしていたのだが。

「彼女が欲しい」

 アルコールにより軽く酔いが回った状態でそんなことを口にした。

「お前もついにその欲求を知ったか」

「作れ作れ!」

「イチャコラしろ~」

 三人の男たちが酔いにゆだねた言葉を発してくるが、蒼真は頭を抱えた。

「出会いがない」

「「「あ~」」」

 蒼真の切実な悩みに三人の声が重なる。

 蒼真は世間でいうところのいわゆる陰キャだ。

 小学校の頃は何かと女子とは遊んだことはあるが、それはまだ思春期ではなかったからで、中学校に入ると思春期に突入してしまい女子とはろくに話すことは無くなり。

そのまま高校になっても女子とは距離を置いたまま、今この場にいる男子とだけ高校時代を過ごして卒業。

大学に行けるほどの学力がなかったため、ゲームや漫画イラストなどがある専門学校に入学してイラスト科に入り、課題をこなして単位を取りそのまま何となく過ごして二年間が終了。イラスト科には女子が数人いたのだが、陰キャゆえに関りに行く勇気が無かった。

そして今に至る。

蒼真は目の前にいる三人を見た。友人三人はみんな彼女もちなのだ。

こうして皆で集まって飲むと、必ずと言っていいほど彼女の話が浮上してくる。

三人は話に共感したりして楽しそうなのだが、彼女がいない蒼真は話に付いていけず何とも寂しい気持ちになってしまう。

そんな楽しそうな様子を見せられ続けた結果、蒼真の彼女が欲しくなってしまったというわけだ。

友人の一人がビールを口に運び、おじさん感ある吐息を漏らして口を開く。

「出会い系アプリやってみれば?」

「う~ん……」

 蒼真は煮え切らない返事を返す。

 確かに今どき出会い系はかなり浸透しており、一緒にいる友人の一人も出会い系で彼女を作っていた。

 こうして目の前に出会い系で彼女を作った友人がいるので、本当に出会えるようだし、むしろ出会いがない自分にこそぴったりなものだろう。

 しかし。

「金掛かるしな~」

 そう、お金がかかるのだ。何事にもお金が絡んでくるのはわかるが、女性だけ無料で男性は有料というシステムが一般的な出会い系アプリ。

 有料と言っても千円程度ならまだ出せたかもしれないが、一か月で三千円は持っていかれてしまうのだ。それはなかなかに痛い。

 勿論、蒼真はバイトをしているので出そうと思えば出せる。別に今はお金が掛かる趣味をしているわけでもない。

 だがやはり女性との出会いを求めるだけで三千円払うというのは一つの壁だ。

 そしてもう一つためらう理由が。

「どう話せばいいんだ」

 もし始めて上手くマッチングしたとして、何の接点もない人といきなり会話が上手くできるわけがない。

 会話を長く運んでいけるほどの会話術を持ち合わせていない蒼真にとってはお金よりも大きな壁と言えるだろう。

「そんなんじゃいつまでたっても彼女はできないぞ」

「どんと行けよ。失敗を恐れるな!」

「突っ込め! 猪突猛進!」

「何もしなきゃ何も変わらないしな」

 酔いが回った言葉に押され、蒼真はおもむろに携帯を取り出すと、出会い系アプリをインストールしてアプリを開くと。

「おいかせ!」

「俺たちで設定しといてやる」

「蒼真の写真は持ってるぞ!」

「携帯返せよ⁉ 余計な事は書くなよ!」

 友人たちに携帯を奪われた蒼真は諦めて座ると、梅酒を口に運んだ。

 それから出会い系アプリによる蒼真の彼女探しが始まったのだが、なかなかうまくいくわけがない。

 気になった女性に対してアプローチを試みてみるが、反応が無かったり、マッチングしたと思ったら遊び目的の人だったり、上手く会話が広げられず終わってしまうこともしばしば。

 一か月ほど続けてみてようやくデートまでこぎつけても上手くいかずに一回だけで終わってしまったり。

 そもそも学生でもないフリーターの男をいいと思ってもらえるわけがないのだ。

「はあ……」

 自室のベッドの上で寝転がり。

 思わずため息を漏らしながら携帯の画面を、何をするでもなく見つめる蒼真。

 確かにアルバイト生活を送っている人間など将来が安定するかもわからないのだから、こういうことになってもおかしくない。

 誠也自身も正直、アルバイトだと不安を感じる。

 女性は特にそうだろう。

 自分は焦っているのだろうか。焦っている男に女性は魅力を感じないと聞いたことがある。

 今は彼女が欲しいという欲求は捨てて、将来のことを考えた方がいいのかもしれない。

「消そうかな」

 携帯のホーム画面に出会い系アプリがあると、なんだか胸が苦しく感じてしょうがない。

 これはやはり一度、離れるべきだろう。

 そう思い、アプリをアンインストールしようとしたところで、一件の通知が届いた。

 通知内容を確認してみると、出会い系アプリからの女性の方からアプローチが来たと言う通知だった。

「……」

 アプリを消すのをいったんやめ、確認してみる。

 一体どんなもの好きがこんなフリーターに興味を持ったのだろうか。遊び目当てだろうな。そんなことを思いながら、相手のプロフィールを見てみる。

 名前はサイという名前で偽名なのは間違いない。

年齢は二十五歳と、蒼真より五歳上の人。

 写真は髪は黒く長い。顔は身元がバレてしまうのを防ぐためか、マスクで口元を隠している。

 ほかにも数枚の写真があり、風景やどこかのテーマパークを写したものなど。

 大学卒業し会社員として働いているらしい。

 自己紹介文には、会社の同僚や知り合いとは全く無関係の人とお付き合いをしたくて始めたと書いてあり。自分より年下がタイプで、趣味は理解してあげたいし一緒に楽しみたいと書いてあった。

 そんなうまい話があるか。思わず胸中でそんなことを思った。

 写真は加工しているだろうが可愛いし、そんなまっとうに働いている女性が、アルバイト以外特に何もしていない蒼真が気になっているなどと。

 きっとプロフィールをしっかり読んでないで押したに決まっている。

「ばかばかしい」

 愚痴をこぼしながらアプリを閉じようとするも、そこで手が止まる。

 だがもし、本当にこの人の書いてあることが真実で、自分と関わってみたいと来ているのであれば。

「ん~……」

 数分間悩みに悩んだ末。

「どうにでもなれ!」

 これが最後だ。騙されたと思って蒼真はマッチングボタンを押した。


        :


「蒼真さんで間違いないですか?」

 若者が行きかう都会の駅前で、蒼真はマッチングしいた女性に話しかけられた。

「は、はい。そうです」

 緊張を隠せないぎこちない返事と共に女性を見る。

 髪は写真だと黒かったが、目の前の彼女の髪色は茶色になっていて、髪の一部が編み込まれている。

 服は可愛らしいフリルの付いたトップスに短めのスカートで、シンプルにそれでいて可愛らしくなっている。

 顔は写真ではマスクで半分隠れていた部分も今は露となっており、とても整った顔立ちでまつ毛は長く、目もぱっちりと大きい。

「可愛い」

 思わずそんな言葉が漏れてしまった。

 蒼真は咄嗟に口を塞ぐが、それなりに大きな声で言ってしまったので勿論、相手には聞こえているわけで。

「相当ですか? ふふ、ありがとうございます」

 気恥ずかしそうな顔をしながらも笑みを見せてきた。

「すみませんサイさん。思わず口が滑ってしまいました」

 彼女の笑みに照れながら蒼真は謝る。

「ええ、なんで謝るんですか?」

「ああ、いえ、すみません」

 もう一度謝ると、彼女はおかしそうにふふ、と笑いを零した。

「もうそんなに謝らないでくださいよ~。あと、サイと呼ばれるのは私自身慣れないので、一応名字だけ教えるのでそっちで呼んでいただけますか?」

「え、ああ、はい、わかりました」

「佐伯と呼んでください」

「佐伯さん」

「はい。では行きましょうか?」

「ああ、はい!」

 こうして蒼真と、サイもとい佐伯との一回目のデートが始まった。

 前の失敗が生かされているのか、少しは慣れたのか。最初のころに比べて順調。

 水族館に行き、お昼と食べて今度はショッピングに、頃合いを見て休憩がてらカフェに立ち寄り軽い軽食とコーヒーに舌鼓をうつ。

それからどのくらいの時間が経過しただろう。

気がつけば日が傾いていた。

最寄りの駅前で。

「今日はありがとうございました」

「こちらこそありがとうございました」

お互いにお礼とお辞儀をしあった後、デートが無事に終わった。

蒼真は口元がにやけるのを堪えながら歩いていく。

今回のデートは蒼真自身が思っていた以上に上手くいった気がしていた。

彼女自身どう思っているのかわからないが、お互いに楽しめていた気がする。


 それからなんと二回目のデートに発展。

 二回目のデートに発展するとは正直思っていなかったので、友人たちに相談してデートプランを練るのを手伝ってもらった。


 そして三回目のデートにまで続き。

 次は自分でデートプランを立てて、江ノ島へ。

 今はそれなりに温かい季節で行くにはちょうどよかった。

 一回目とお同じになってしまうが、新江ノ島水族館に行った後は近くにある美味しいしらす丼がある飲食店で昼食を済ませて。

 その後は弁天橋を渡って江の島へ行き、タコせんべいを食べたり、神社に行ったり。

 江の島シーキャンドルに上って景色を堪能し。

「江の島には行ったことなかったから楽しいね! 蒼真君」

「そうだね真由さん」

 三回目のデートの時にはお互いに仲良くなり。話し方もため口に変わっていた。

 彼女の下の名前も教えてもらった。

 だいぶ日も傾いてきていた。

「蒼真君。実は行ってみたいところがあるんだけどいい?」

「はい? いいけど」

 携帯で場所を調べた真由は、蒼真を連れて江の島のある場所へ向かった。

「ここは……」

 景色が一望できる場所に目立つように鐘が設置されいるここは、龍恋の丘と言われる江の島に恋人と来たら一度は訪れるだろう場所。

 蒼真は思わず隣に立つ佐伯を見た。

 風でなびく長い髪を片手で抑えながら頬を赤く染める彼女は、そのまま少し前へ歩み出ると蒼真へ振り返って。

「その、私たち。付き合わない?」

「え?」

 思わず間抜けな顔で聞き返してくる蒼真にむっとした真由は、さらに頬を染めると手を擦り合わせて。

「だからね。私の、彼氏になってください」

「はい」


       :


「お前にも彼女ができたか!」

「やったな!」

「今日は俺らがおごってやる!」

 蒼真はいつも通う居酒屋で、友人三人にお祝いの言葉を受けながら酒を飲み交わしていた。

「いや~まさか本当に彼女ができるとは思わなかったな~」

「それな! バイト生活の男に年上お姉さんの彼女ができるなんてな!」

「正直無理だと思ってたわ!」

「いや、失礼だからな!」

 友人たちの隠してた本音を聞かされて声を荒げるが、確かに皆の言う通りできるとは思ってなかった。

 でもまあ結果として彼女が出来たのだから何でもいい。


 それから世界が変わったように感じた。

 昼間はバイトに勤しみ。夜は仕事終わりの真由と一緒に飲みに行き。休日はデートをして。

「蒼真君は気を張らなくていいから安心するな~」

 デートを終えた帰り道。

 恋人繋ぎをして歩きながら、真由はそんなことを口から零した。

「どうして?」

「ん、蒼真君と出会うまでにお試しでデートしてきた人たちはなんか、ブランド物でキメてくるし、連れてってくれる場所は高級なお店ばかりで、私もそれに応えなきゃいけないような気がして」

 女性は大体、いい場所に行く方が好きだと思っていたが真由はそうではないらしい。

 蒼真がもつ女性のイメージは、いい車でドライブして高級なお店に連れて行ってもらいたがるのを夢見てるイメージが強かった。

 真由と飲みに行った時も、彼女のためにすべて払って少しカッコつけようとしたものの。

 そんな暇さえなく真由がカードですべて払ってしまう。

 せめて自分が食べた分だけでも払うと言っても、「私のほうがお金あるから気にしないで」と言われてしまった。

 正直なところ今だバイトしかしていない蒼真にとっては助かるのだが、彼女にお金を支払わせるのは男のプライド的にも罪悪感がある。

 そして別の日には真由はアパートで一人暮らしをしているので、真由の家でのんびり一緒に過ごしたり。

 蒼真も一人暮らしをしていれば気兼ねなく呼べたのに、実家暮らしのため呼びにくい。

 親は気にせず呼んでいいというだろうが、真由に気を使わせかねないし親の質問攻めにあうことは明白。

 一人暮らしをしたいが、バイト生活では厳しい。

 働くべきだろうか。

 それからも真由と付き合い始めて半年が経過したころ。

 真由の家で一緒にソファー座って映画を見ていると。

「ねえ蒼真君」

「ん? なに?」

「私の家で同棲しない?」

「ん? え? え⁉」

 突然の提案に驚きと戸惑いで隣に座る真由をガン見する。

 見返してきた真由はニコリと微笑み返してきた。

「もう半年も付き合ってるんだしいいよね? 同棲したほうが毎日顔を合わせられるし」

「本当にいいの?」

「いいよ」

「でも俺、だって、え?」

 戸惑う蒼真を見て真由が思わず笑ってしまう。

「私があなたと同棲したいの。だめ?」

「はい」

 首を傾げて上目使いで見てくる真由のあざとさに蒼真は負けた。

 こうして蒼真と真由の同棲が始まった。

 流石に蒼真の物を全て持ってくることはできないので、必要最低限の生活必需品だけを真由の家に持っていき、残りは実家に置いていった。

 朝八時過ぎ。

「じゃあ行ってくるね」

「行ってらっしゃい」

 真由は仕事のため朝から出勤。

 蒼真は真由を見送ると、昼間のバイトまでの時間に家事をこなしていく。

 家事は実家で手伝わされたりもしたので特に苦労することは無かった。

 むしろ洗濯物などは二人分しかないので楽だ。

 まあ、最初の頃に困ったのは洗濯物を干すとき。二人分の物を干すということは勿論、真由の干すというわけで、そうなると真由の下着も干すということで。

 下着程度なんてことは無いと思っていたが甘かった。

 可愛らしい模様の下着を彼女が付けているのかと思うだけで、今まで何とも思ってこなかった下着が自分の心を乱す武器になるとは恐ろしい。

 そんなこともありながら大体の家事を済ませると、今度はバイトの時間。

 蒼真のやっているアルバイトはスーパーの野菜売り場で商品を袋詰めしたり陳列したりといったもの。

 夕方からだと高校生のアルバイトの子がやってくるが、昼間は主婦のパートの方たちばかりで、蒼真はその人たちに囲まれながら働いている。

 皆、良くしてくれるし嫌いではない。

 そうして四時間のバイトを終えて夕方に帰宅すると、残りの家事に取り掛かる。

 干していた洗濯物を取り込んで畳んで、ご飯の用意をはじめ。

 夕方の六時過ぎ。

「ただいま~」

「おかえり」

 一日の仕事を終えた真由が帰宅してくる。

 真由の仕事はIT関係の仕事らしく、いつも同じ時間帯に返ってくるのだ。

 帰って来た真由に合わせて夕食の準備を終わらせ、一緒にお酒を飲みながら夕飯に舌鼓を打つ。

 夕食の用意は真由が仕事の日は蒼真が作り、真由がお休みの日は彼女が用意するという感じでやっている。

 こうして毎日を過ごしていたある日のこと。

 お酒を飲んでいた真由が何気なく口を開く。

「蒼真君って、まだ同じところでバイトしてるの?」

「え? うんそうだけど」

 突然の問いに思わず首を傾げる蒼真。

 どうして唐突にそんなことを聞いてきたのだろう。まさか、いつまでバイトやってんだ。お前も就職しろと言っているのか。

 そんな意味合いだと思ったが、次に真由から出た言葉に少し驚く。

「バイト辞めて主夫やったら?」

「え?」

 まさかの主夫を進めてくるとは。

「いやいや。真由が働いてるのに俺が働かないで主夫やるなんて申し訳ないよ。そもそも俺だってちゃんと就職したほうがいいのに」

 彼女だけに働かせるなんてできない。

 ただでさえバイトだけだというのに。

「ふ~ん。そっか」

 少しそっけない感じの返事をしてはお酒を口に運ぶ真由。

 今になって何故そんな提案をしてくるのか。

 その日はそれで話は終わったのだが、また別の日にも。

「バイト辞めないの?」

「やめないよ」

「え~」

 また別の日にも。

「主夫やらない?」

「やらないよ」

「ん~」

 その後もこんなやり取りは続いて、ある日、友人たちの飲み会の場で相談してみることにした。


     :


「なんか最近、うちの彼女が主夫やって欲しいってしつこいんだよね」

「え、マジ?」

「羨ましいな」

「俺も主夫したいな~」

 三人は働きたくないと愚痴をこぼしては酒を胃に流し込む。

「主夫やれば?」

「何でよ」

「いや、彼女がそれ提案してるならそうすればいいのに」

「申し訳ないんだよ」

「彼女が言ってるなら関係ないやろ」

「蒼真は優男だな~」

「うちの彼女なんか、結婚したら絶対に退職して主婦やるから代わりに働いてねって言うんだよ」

「そうそう。働きたくないのはこっちも同じだっての」

「女ばかりずるいよな~」

「レディーファースト反対!」

「「レディーファースト反対!」」

「はあ……」

 騒ぐ三人をよそに、蒼真はため息をついた。


       :


 友人たちと飲み会に行ってから数日が経過したある日の夕方。

 蒼真はいつも通り夕飯の支度をしていると。

 バタンッ。

 という荒々しく扉を開け閉めする音と共に真由が仕事から帰って来た。

 いつもと明らかに様子が違う真由に駆け寄る。

「どうしたの? 何か仕事で嫌なことでもあったのか?」

「……」

 何やら俯いていた真由は凄い目つきで蒼真を睨むと、蒼真の腕をグイッと引っ張り床に押し倒して覆いかぶさってきた。

 両腕が捕まれ身動きできない。

「は? え? なになになに⁉ 何がどいうこと⁉ どうしたの真由⁉」

 今までイライラしている様子など一回も見せたことがない真由の突然の豹変ぶりに、驚きと恐怖が蒼真を満たした。

 真由の長くサラサラした茶髪が蒼真の視界を囲うように垂れ下がり、そのせいで真由の顔だけがハッキリ見えてさらに怖い

 すると、真由の表情はいつも通りの穏やかなそれになると、笑みを浮かべながら。

「蒼真君。バイト辞めて?」

「え?」

 困惑する蒼真。まるで人が変わったかのような顔を見せていた真由が笑んで発してきた言葉がそれだ。困惑するなという方がおかしい。

「だから、今すぐバイトをやめてほしいの」

 もう一度言ってくる真由に対して首を振る。

「だからやめないって」

「どうして?」

「真由にだけに働かせるのが申し訳ないんだよ!」

「私は気にしないって言ってるよね?」

「どうしてそこまで辞めてほしいのさ!」

 蒼真が叫ぶと、真由はまるで枷が外れたかのように、早口で心の内を話し始めた。

「私今まで男性を好きになったことがなかったから気が付かなかったんだけど蒼真君を好きになってから仕事中も蒼真君のことが気になって仕方なかったの。今なにをしてるのか、一生懸命にお皿洗ったり洗濯物したり掃除機かけたりしてるのかな? お昼ご飯は何食べてるのかな? 私の見てないところで何してるのかな? 本読んでるの? テレビ見てるの? それともこっそり私の物で楽しいことしてるのかな? 監視カメラと盗聴器つけて休憩時間中や仕事中も見てみたいな~。バイトはどうしてるのかな? 女性のパートさんに囲まれてるって言ってたしやだな~私の蒼真君が他の女性と仲良くしてるの許せないな~バイト辞めてほしいな。そうすればずっと家にいるだろうに。蒼真君が家にずっといるのを想像するとまるで鳥かごに入った小鳥みたいで可愛いな~。こんな気持ちになるなんて知らなかった。きっと今まで趣味が持てなかったのは蒼真君を養うために神様がそうしてくれたんだ。こうやって毎日考えちゃって仕方なかったの。毎日毎日毎日毎日毎日毎日。蒼真君の前ではみっともない所見せられないから我慢して我慢して我慢我慢我慢我慢してたけどもう耐えられない! だからね! バイトを今すぐやめて家にずっといてほしいの!

監視カメラでずっと見守ってあげるから!」

 目を充血させながらしゃべる真由はまるで化け物そのもので。

「……」

 あまり恐怖に蒼真の目からは涙が浮かんでいた。

「ああ~可愛いな~、涙なんか流しちゃって。ごめんね泣かせて。でもね、蒼真君が悪いんでよ。私の言うこと聞いてバイト辞めてればよかったのに。私、爆発しちゃった」

 ニコリと微笑んだ真由は起き上がると、掴んでいた蒼真の腕を引っ張って寝室に放り込む。

 その間、蒼真は恐怖で体が動かず抵抗できなかった。

 そして真由はどこからかチェーンの付いた鍵付きの首輪を取り出すと、蒼真の首に着けてチェーンをベッドの骨組みに付けて、蒼真の頭を優しく撫でる。

「バイト先にはちゃんと言っておくから安心してね。これから働かないで家にずっと居られるからね。大好き。愛してるよ」



                                  完。


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