努力して結果を出すのが大好きな僕は異次元バトル部をワンマンなやり方で引っ張る
岩山角三
第一話 期待の新星・葦利満瑠
2XXX年。
日本では既に、異空間や異能力が開発されており、それらを利用した“異次元バトル”なるスポーツが存在している。
しかし、外交政策に悉く失敗し続けた日本は鎖国状態にあり、外国にその文化は知られていない。
そもそも異次元というものが日本において研究され始めたのは、諸外国どうしの戦争が危惧され始めたときのこと。巻き添えを食らいたくない平和主義国家の日本は、外からの原子も波形も通さない“四次元フィルター”なるものを開発した(ただしこのフィルターは、太陽光や空気までもを遮断してしまうため、実用化にはもう少し時間を要するのだが)。最初はこの防衛プロジェクトこそが目的だったのだが、フィルター開発のプロセスについて研究を重ねていくうちに、発見されたあらゆる現象が一つの系となっていることが指摘され、その系を“異次元”と名付けることになったのだ。
では、どうやってそれらの現象を引き起こすのか。本来、この宇宙には運動方程式を始めとする様々な原理・原則が存在する。これらを人間の都合のいいように書き換えてしまうことで、異次元が発生するのである。例えば、プランク定数や重力加速度の数値を加減したり、状態方程式の“体積”を“波長”に置き換えて、それらを現実の物質に落とし込む、といった具合(ただ実際にはかなり複雑な式を用いたり、微小変化を狙ったりと、細心の注意を払わなければ危険が伴う。事実、ある国立大学の異次元学部異空間探求学科がこの実験を行ったところ、ボルツマン定数を思い切って書き換えたばかりに未知の放射線を浴びることとなり、教授と三名の学生はその場で体が爆発して死亡、十二名の学生が治療室に担ぎ込まれるも残念ながらこの世を去っており、残りの三十名あまりの学生達も後遺症とトラウマに苦しむ日々を送っている)。
こんなに危険を伴う概念である“異次元”を、一方ではスポーツの道具として扱う風潮が出始めた。というより、政府がその方針を推薦したのである。殺傷能力のないレベル1~3の異能力を用いて、新しい競技にしようというのだ(レベル4については、国家資格を要しており、一部の警察官と自衛隊のみ使用が許可されている。レベル5以上は、一部の研究施設を除けばまず扱われていない)。もちろん、国民の中にはこのスポーツの実現に反対するものもいたが、デモを起こした集団の検挙や前述した事故の隠蔽などにより、刃向かう者は次第に少数派となった。
結局、異次元バトルは正式にスポーツとして認められ、体育の授業を始め、小学生の習い事、中学生・高校生の部活動、大学生のサークルや社会人の趣味に至るまで、あらゆる場面で幅をきかせることとなった。
…しかし、日本政府が異次元バトルを後押しする真の目的は、レベル5以上の異能力を駆使して戦える優秀な人材を育成し、その軍事力を以て全世界に牙をむくという、これまで自分たちが保ってきた平和主義を真っ向から裏切るものであった…。
四次元フィルターが日本で開発された一年後、日本国内では“党立学校”なる概念が生まれた。特定の政党の資金によって運営されている学校のことである。公立か私立かでいえば公立なのだが、だからといって国立でも都道府県立でも市立でもない。党立学校は“公立の学費で、私立並にコースが幅広い”という点で他の公立・私立どちらにも勝り、あれよあれよという間にそれまで存在していた小・中・高等学校を廃校へと追い込んでいった。
そしてさらに党立校は、政党がもつ“日本全国どの都道府県にも存在できる”という利点を活かし、コンビニエンスストアや飲食チェーン店さながらに“同じ党立校を離れた別の場所にも複数設立する”というシステムを築いた。校舎に関しても、廃校になった元県立・市立・私立のそれを利用させてもらうだけなので、費用も工事期間もかからなかったし、設備も廃校によって無駄になったものを中古で買い取って安く抑えられた。教職員に関しても、既にその場所でその仕事をしていた連中をそのまま雇うことも多かったので、彼らの過半数にとっては“学校の名前と上の管理システムが変わっただけ、自分の仕事はこれまで通り”であった。
しかし、党が管理している以上、やはり思想・方針の偏りは避けられない。黒い噂や抗議デモは少なからず頻発しているし、教職員の中には政党の傘下に入るのを嫌がって自ら辞職した者も、党のやり方に真っ向から反発してクビになってしまった者もいる。
党立学校という概念が生まれてから五年後の、四月十日。
その日は“帝国党立大日本帝国再建学園”の入学式。
満開の桜の下を通って、学園の敷地内へと入っていく新入生たち。彼らは皆、葡萄色のブレザーに空色のタイという珍しい制服を身に付けている。
そんな彼らの中に、
満瑠は同学年の男子たちより若干背が低く細身である。色白の美少年で、上下に短いベース顔。金色の瞳はどっしりと軸が座っていて且つ、ゆらゆらと揺れる光を放っている。群青色の髪を短めのマッシュにしており、特に襟足に近づくほど徐々に刈り込まれていて、首もとがさっぱりとしている。
妹子は満瑠よりももっと低身長で、低い鼻や弾力と丸みのある頬など童顔なこともあって、一見すると小学生に見えなくもない。眠そうな三白眼の持ち主であり、瞳は紅色だ。桃色のストレートヘアを肩甲骨のあたりまで伸ばしており、所々に枝毛がある。また前髪は分けずに均等に被せているため、眉毛が隠れている。
二人はお互いに幼稚園の頃からの幼馴染みである。家が近くにあることもあって、小中学時代をも共にした。中学時代の部活動は二人揃って異次元バトル部。特に満瑠は優秀で、一年生のときからエースになり、二年生になってからは部長をも務めた。なお、この二人もそうだし他の者たちもほとんどそうなのだが、異次元バトルを一定期間以上続けていると、異能力の強さに応じて髪や瞳の色が特殊なものになる。つまり二人は髪を染めているわけでも、目にカラーコンタクトを入れているわけでもないのだ。
入学してからも二人は同じクラスに属することとなった。
当然、部活動も異次元バトルを選択した。
仮入部期間の初日。
異次元バトル部志望の一年生達は、それぞれ自分の仮入部届(といっても、満瑠や妹子をはじめとする経験者はほぼ全員、仮入部の時点で本入部する気でいるのだが)を持って、指定された教室へと向かった。
教室では当然、二年と三年の連中がひよっこ共を待ち構えている。それと、顧問が二人。一人は白髪を角刈りにしているジャージ姿のオジサンで、もう一人はおかっぱ頭の眼鏡をかけたオバサン。二人とも異次元バトルに対する理解はかなり浅く、それでも顧問としての自覚ゆえか、配布されたマニュアルの知識だけは一生懸命頭に叩き込んだ状態でここに来ている。
顧問がこんなのだから、部員達のやりたい放題だ。
キャプテンは三年生の佐藤という男で、ボサボサの赤紫の髪が特徴である。所謂“体臭”とはちょっと違う、化学薬品の嫌なにおいを放っている。それでも容姿やにおいで人を判断すべきではなく、最も大事なのは人柄…なのだが、この男に限っていえば寧ろ性格というか素行に一番の問題がある。弱い者いじめの暴力は当たり前、酷いときにはカツアゲや飲酒・喫煙だってやる。そのくせ大人の目を盗むのがうまく、証拠だってほとんど残さない。そして一度だけではあるが、当時交際相手であった他校の女子生徒を部屋に連れ込み、あろうことか妊娠させたという過去も持つ(ただこの事実は、都合を悪く感じた数名の大人達によって伏せられている)。ここまで悪行三昧でありながらキャプテンの座についているのは、三年生であることに加え、曲がりなりにも異能力の扱いには長けており、また部内の連中のほとんどを悪行に誘ったりして距離を縮めていることもあり、まあ権力を手にしておくための工夫だけは色々とやっているからである。
部室に入ってすぐ、新入生達は自己紹介するように角刈りオジサンに言われた。
言われたとおりに一人ずつ、名前と中学時代の部活、趣味・特技、意気込みを語っていく。
満瑠の番が回ってきた。
「僕は葦利満瑠です。中学生のときは、今と同じ異次元バトル部に所属していました。趣味は…そうですね、勉強でも部活でもないものでいうと…将棋、ですね。そこまで頻繁ではないのですが。特技は“最初はできないことを努力してできるようになること”です。ゆくゆくはこの部のエース兼キャプテンとして、我が校の名に泥を塗らないよう実績を出すと約束します。よろしくお願いします」
「聞き捨てならねえな、勝手に立候補するとは」佐藤の甲高い、それでいてドスの効いた声が空気を突き刺す。「うちの部じゃ後任は先輩が決めることになってる。エースもキャプテンもな。もし選ばれたかったら、まずは俺達に気に入られるところからスタートしろ」
佐藤を囲んでいる取り巻きの三年生達が歯を見せてニタニタと笑う。
「そうですか?僕は寧ろ、主戦力は実力によって選ばれるべきかと思いますが。それに部活動である以上、残念ながら先輩方はいずれ出ていかれますし」
「なん…だと?」佐藤の顔がひきつる。「だったら…その実力とやらを確かめてやる!専用体育館に今すぐ来い!!」
「わかりました。受けて立ちましょう」きっぱりと答える満瑠。
「まった」ずっと黙っていた妹子が、いきなり口を開いた。「まだいもこがじこしょうかいしてないぞ」
「この際、自己紹介はどうでもいい!!」佐藤が声を荒らげる。「今は俺と
異次元バトル専用体育館。
普通の体育館とは別に設置されていて、異次元をスポーツ用に扱うことができるよう特殊な技術と素材で造られている。
大きさは一般的な学校の体育館の二倍ほどで、二階建てになっている。一階は真ん中の大部分が試合会場。端には審判席と、出入口が二つ、更衣・控え室が(男子用と女子用をわけるために)二つ、掃除用具などの入った倉庫が一つ。そしてトイレ。二階はぐるりと一週できる観客席になっていて、一階を見下ろせる。それと、やっぱりトイレ。
更衣室で、満瑠は水色の、佐藤は紺色のジャージにそれぞれ着替え、その上から黒いプレートキャリアを身に付け、黒いブーツを履き、黒いヘルメットを被った。そして、左の前腕に異能力発生装置(銀色の四角い筆箱みたいな見た目の装置で、前後二ヶ所のベルトで左上腕に巻き付ける。本体のボタンを押すことで持ち主の異能力を引き出したり、選択したりできる)を装着して、試合スペースに出てきた。
「僕の力量を見ていただくのが目的である以上、ルールは通常の個人戦で構いませんね」と満瑠。
「当然だ、それ以外にルールがあるかよお!!」と佐藤。
「コホン、えー、ではこれより、異次元バトル個人戦を開始します」審判席の角刈りオジサンが、マニュアル通りの進行を行う。「各選手は、スタートポイントに移動してください」
言われるがままに、床に書かれた赤い丸の位置に移動する二人。
「どちらかが自分の力で十秒間立っていられなくなるか、異能力発生装置が充電切れまたは破損するか、あるいは降参した時点で、相手の勝利となります。また、どちらか一方でも身の危険が生じかねない場合、審判が緊急停止ボタンを押し、試合を強制終了します。それでは試合を行います。各選手は、異能力発生装置の電源だけを入れた状態で、他には何もせず立った状態で、試合開始の合図をお待ちください」
この説明でいうでいう“何もせず”とは、異能力を使ったり、スタートポイントを許可なく離れてはいけない、という意味である。相手や周囲を観察したり、言葉を軽く発したり、試合開始に備えて身構えるくらいは問題ないのだ。
両者は各々の発生装置の、電源ボタンを長押しした。緑色の電源ランプが光る。
「中学と高校の差ってやつを見せてやる…」佐藤が、対抗意識をちょっとだけ声に出す。
対照的に、満瑠は口をへの字にして、相手の全体的な姿勢や目線から、傾向を読み取ろうとしている。
「試合開始!!」
角刈りの声が響く。
同時に、両者は地面を蹴って前に走り出した。
発生装置の番号ボタン(1から5まで存在し、予め五個までの異能力を本体に登録しておくことで、押した番号に対応した異能力を使うことが可能である。つまりこの競技は“どの異能力を使うか”もだが、それよりも“異能力をどう使うか”が試される)に指をかざす。
満瑠は2、佐藤は1のボタンをそれぞれ押した。
満瑠の左腕の肘から先がメイス(鉄の棒の先に、棘のたくさんついた鉄球がついている)に、佐藤の左手首から先が鎌にそれぞれ変形する。
両者が、武器に変形した腕を振りかざすと。
メイスの棒の部分と鎌の刃の部分がぶつかり、火花が散った。
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