花と少女と

@aqualord

花と少女と

触れていた指先が痛くなって、セリは手を引っ込めた。




暗い空を見上げてほーっと吐き出した息が白い塊となり、重い灰色の雲に溶け込んでいく。


家に着くまでに雪がちらつくだろう。




セリは、一輪だけ咲いた名も知れぬ薄紫の花にもう一度だけ触れ、顔を上げた。




「寒いね。ばいばい。」




「頑張れ。」と言わなかったのはセリの優しさか、凍り付いた心の故か。


セリが明日、この花と再び会えることはないだろう。


季節に外れてしまったこの花は、セリと束の間の時間を共にすることができた代償に、雪に凍えるだろう。




頑張っても、どうしようもないことはある。


背負ったランドセルに詰められた教科書からは学べない人生の現実を、セリは既に当たり前のこととして学び、受け入れていた。




「ばいばい。」




言葉と裏腹に、セリは動かなかった。


ポケットに突っ込んで暖めていた指先に、再び感覚が戻ってきても。




「お花は咲けたから幸せなんだよ。」




花にかけた言葉か、自らにかけた言葉か。




セリは冷たいものが頬を撫でたのを感じた。


抗えぬ運命が一歩進む。


自分は立ち止まっていても、運命の歩みは停まらない。


そのこともまたセリは知っていた。




「あたし何してるんだろ。」




吐く息はあくまで白く、ちらつくものもまた白い。


やがて、世界が白だけとなったとき、自分はここにいない。


ならば、立ち去ることに躊躇いをおぼえることはないはずだ。




「そうか。私はこの花のことを憶えていたいんだ。」




頬に伝う温かいものが、撫でようとした白いものを溶かした。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

花と少女と @aqualord

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ