ろふてぃどりぃむ
ぶなしめじ
第1話 はじまり~桜の幹の桃色~
まだ冷たい乾いた風と、優しい朝日に包まれて春を知る。出会いと別れが交錯する季節、高まる気持ちとともにどこか安定を求める不安な気持ち。そんな私は今日からアイドル。未知への不安を大きく上回るような期待で満ちた今年の春はいつもと少し違った。
遡ること半年前、私、小松佑莉はオーディションに合格した。きっかけは些細なことで、ちょっとした出来心でオーディションを受けたところから始まった。まさか自分がアイドルになるなんて想像もしていなかった。けれども、女の子の一生に一度は憧れるそんな存在になるチャンスをもらえた私は本当に幸せだった。どんな人にも笑顔と愛を届けることのできるアイドルに私はなりたいと静かに決意した。
そして4月も中旬になり、桜の木に若葉が混じりだしたころ、はじめてのミーティングをする日がやってきた。通学路とは逆の電車、普段だったら学校にいる時間。胸を躍らせて事務所に向かった。電車の広告に写っているアイドルの写真を見る時の気持ちもいつもとは違った。たまに使っている馴染みのある電車なのに、私の見ている世界の色はいつもと違うように感じた。そんな新鮮さに浸っているうちに、あっという間に事務所についてしまった。エントランスには、今人気の"道玄坂29"や"スーパーラブ"のポスターが大きく飾られていた。通り過ぎる人がみんな輝いて見えた。普通のオフィスビルのはずなのにそこはまるでお城のようだった。
着いたら受付で入館証をもらうように言われていてので、まずはそこへ向かった。名前と要件を伝え目的の部屋まで案内された。流石は大手の事務所っていう事だけあって、見たことのあるような芸能人の方とすれ違うこともあって、本当に別世界だった。
ここですよと案内の方が目的の部屋まで誘導してくれて、それじゃあと去っていくのを横目にドアノブに恐る恐る手をかけた瞬間、ドアが勝手に開いて私の頭にぶつかった。元気よく中からはメンバーらしき女の子が駆けだしてきて、その場でうずくまっている私を見てすごく驚きながら、状況を理解して必要以上に謝ってくれた。実は最終オーディションの後に軽い顔合わせの機会があったのでメンバーとは初対面というわけではなかった。けれども、実際のところあまりよく覚えていないまま今日を迎えたので実質初対面という感じだった。けれでも、ドアから飛び出してきた彼女、秋葉早妃ちゃんだけは最終オーディションでも得意の運動神経を披露していて目立っていたので覚えていた。だから早妃さんこそ大丈夫?と私が声を掛けたらかなり驚いている様子が見られた。それでも彼女は人の名前を覚えるのが苦手らしくて、私の名前は覚えていないみたいだった。そのため軽くその場で自己紹介を交わしてからようやく私は入室することができた。目の前には、オーディションの時に目の前にいた大人の方々や、テレビで見たことがあるようなスタッフさんたち並んでいた。「小松佑莉です。よろしくお願いします。」とあいさつをすると優しい様子で、まだ時間まで少しあるから、テーブルのお菓子でも食べて待っていてねと言われたので、お言葉に甘えてそうしようかなと思った。が、しかしそこには空の袋があるだけで何もなかった。おいしそうなお菓子の袋ばかりだったから、ちょっぴり残念だったけれど、犯人は早妃ちゃんだと確信した。あの子すごく食べる子だなと思った。
メンバーが続々と到着して、初めてのミーティングが始まった。まずは事務所の偉い人からお話があってから、マネージャーさんと顔合わせをしたりメンバーとお話をしたりした。とても和やかで楽しい時間が過ぎて1時間ちょっとで会はお開きになった。そして最後にグループ名はこれから待ち受けている合宿の最後に発表すると伝えられた。その後、最初のお仕事として、デビュー後に公開されるというブログをマネージャーさんたちの指導の下で書かせてもらった。
私は読書が趣味なのと、アイドルのブログに興味があったからなのか、みんなよりひと足先に書き終えることができた。スタッフさんたちにも初めてにしては上出来だと褒めてもらうことができてうれしかった。他のメンバーが終わるまで近くのソファーで座って待っていた私のところに担当マネージャーさんがお茶を持ってきてくれた。きれいな茶髪のボブヘアで小柄の方だった。控えめなメイクや服装ではあったもののモデルさんのようにきれいな方だと思った。彼女の名前は佐竹さんといった。彼女は私よりも年上だけれど新人のマネージャーさんだと教えてくれてお互い1年生同士頑張りたいねというお話をした。
そうこうしているうちに他のメンバーも続々と書き終えて私のところに集まって来た。まず初めにやってきたのは早妃ちゃんだった。早妃ちゃんは食いしん坊さんなんだねと言うと私は少食だよと言わんばかりにきょとんと首をかしげてこちらを見つめてきた。かわいい。でも、私は追い打ちをかけるように机のお菓子食べちゃったの早妃ちゃんだよね?と問い詰めると、お菓子はまだあるよーと言った。そうして彼女はお菓子を取りに行った。するとすぐにとんでもなく発狂しながら早妃ちゃんが戻ってきた。本当にお菓子が残っていると思っていたみたいで、全部食べたのに今更ながら気が付いて彼女はすごく驚いていた。本当に無邪気でかわいい子だと思っていると、ほかのメンバーも続々書き終えてみんなでお茶をして解散となった。
気が付けばもう18時を回っていて、春が日に日に深まっているとはいえ町は肌寒く、日も沈んでいた。私たちメンバーはすっかり打ち解けることができていたので、名残惜しさからこのままみんなで夕食へ向かった。比較的若いメンバーがそろっている私たちの中でも、最年長の京極紬ちゃんがおしゃれな店を紹介してくれた。彼女の地元が福岡ということで、本場福岡でも有名な福岡発祥の鍋料理の店に連れて行ってくれた。彼女は今回のオーディション合格を機にそれまで通っていた地元の大学を休学して、上京していたという。比較的に関東圏出身が多い私たちのグループであったけれど、紬ちゃんともう1人のメンバーは寮で生活することになっていた。
そして、もう1人の寮メンバーの子は川口美鈴ちゃん。美鈴ちゃんは千葉県出身ではあったものの自然豊かな海の近くに実家があり少し遠いのと、大学も東京にあるということから実家を離れる決意をしたという。美鈴ちゃんは現役の大学生でもあり、学業も優秀で名門赤坂学院大学の現役の学生さんだという。アイドル業と学業を両立させる彼女の姿は私には眩しく映った。そして残りのメンバーは実家暮らし。私と早妃ちゃんは東京。そして最年少の亀岡凪ちゃんと所沢美咲ちゃんは埼玉に実家がありみんなおうちから通うことになっている。
アイドルとはかけ離れた普通の女の子同士の楽しい時間はあっという間に過ぎていった。恋バナや学校の話など、普通の女の子の話に花を咲かせあっという間の時間だった。そして20時を回ったあたりで、凪ちゃんの門限の時間が近づいてきたというので会はお開きになった。みんなそれぞれ分かれて帰路についた。私は途中まで同じ電車だという早妃ちゃんと帰ることになった。
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はじめましてのごあいさつ。 4月××日 小松佑莉
はじめまして、東京都出身18歳、高校3年生の小松佑莉です。
まずはじめに私を、私たちを見つけてくださって本当にありがとうございます。これからたくさん努力をして皆さんに笑顔と愛を届けることのできるアイドルになっていくのでよろしくお願いします。
さて、今回は私の大好きな桜をテーマにお話しさせていただきたいと思います。ブログを書いているころ、東京では桜の花びらが散り、若葉が芽を出し始める季節になりました。“桜が散る”とか“葉桜”と聞いてもしかしたらあまりいいイメージを持たれない方もいるかもしれません。でも、私は葉桜もとっても素敵だなって思うんです。確かに、きれいな花びらが散ってしまうのは寂しいです。でも、限られたその一瞬、誰よりも輝くからこそ桜は魅力的なんだと思います。そこには永遠よりも輝く一瞬があるんだと思います。そして葉桜は、私は始まりを意味していると思っています。また次の輝くその時まで、1年かけて準備をする。みんなに幸せを届けるための過程の最初の段階であると。だから私は葉桜や桜の新緑を見ると本当に力が湧いてきます。
そう思うと、アイドルも桜にいていると思います。皆さんの前で輝くその時は一瞬ですが、その一瞬、皆さんに愛を届けるために目に見えない、輝くために成長する時間がたくさんあると思います。だから私も、今の季節の景色のように、初心を忘れずに立派なアイドルに成長します。
長くなっちゃいましたね。今日はこのあたりで・・・
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