純文学なんて、クソくらえ。だ
御角
前編
「実は私、一度だけお酒の限界に一人きりで挑戦して……家で思いっきり吐いちゃったことがあるんです」
恐らく何度も使い回されたであろう、合コンでの話の掴み。大人しい彼女の口から紡がれた衝撃発言に爆笑の嵐が巻き起こる中、ただ俺一人だけが、彼女の恥じらいつつも緩む顔に心をがっしりと掴まれていた。
「スミちゃんって顔に似合わず破天荒というか、なんか面白いね」
「あ、それわかる! この子って普段はいつも静かなんですけど、時々すっごいボケかますんですよー」
チャラそうな男の向かいで甘い酎ハイに口をつけながら、ゆるふわ女子が彼女の肩を馴れ馴れしく叩く。一方彼女はされるがまま、その衝撃を受け流して薄く微笑を浮かべていた。眼鏡越しに覗く三日月の瞳は、何の感情も宿していないように見える。「あれが俗に言うアルカイックスマイルか」などと思いつつぼんやり眺めていると、不意に、その奥に
「ええと、フミヤさん……は、どうですか? お酒、強いほうですか?」
「あ、敬語じゃなくていいっスよ。学科は違うけど同じ文学部で、しかも俺、一年後輩ですし」
「そっか、二年生だっけ。つい、いつものクセで……ごめんごめん」
「い、いえ……。あー、お酒は、その……そこそこ、というか、人並み、というか……」
「ふーん……そっか」
せっかく話しかけてもらえたのに、肝心の話題を自分で潰してしまったという後悔が、沈黙となって重く肩にのしかかる。騒がしい店内で秒針の振れる音が嫌に耳について、俺も彼女も誤魔化すように目の前のジョッキを
酔いも程よく回ってきたところで、その場はすっかりお開きモードとなる。会計をまとめて払っているうちに、他の浮かれポンチな連中どもはネオン
「……ま、結局こんなもんだよな。合コンなんて」
ただの人数合わせ、あるいは会計持ち。サークルの先輩に誘われた時から、こうなることはなんとなく予感していた。
一抹の寂しさを打ち消すように、百円ライターで新品のタバコに火を灯す。しかしこれがなかなか難しく、火は北風に揺れるばかりで一向に燃え移ってくれない。
漏れる舌打ち。無機質なライターのクリック音。かじかむ手。何もかもが空虚でイライラする。
「貸して」
頭上から降ってきたその声に驚いて顔を上げると、先程の彼女——スミさんが、俺を月明かりから遮るように立っていた。
座っていた時は気がつかなかったが、意外と身長が高いらしい。顎の下で切り揃えられた黒髪が、風が吹くたびにキラキラと揺れて、思わず目が離せなくなった。
白い手が、人一人分の隙間を埋めるようにゆらゆらと這い寄る。細くしなやかな指が俺の手と唇をなぞって、取り上げられたタバコが糸を引く。
——彼女はその煌めきごと、タバコの端をゆっくりと、口に、含んだ。
「なっ! 何して……」
「はい、ついたよ」
吸いながらじゃないとつかないんだよね、と苦笑しながら、彼女は俺の手にライターを乗せる。
「タバコも返すよ、ほら」
差し出されたそれを恐る恐る受け取ると、湿ったような感触が皮膚に張り付いた。指先から電流が走ったように、全身が凍りついて動かない。それなのに流れる血は何よりも熱くて、脳は沸騰しそうなほどドロドロに溶けている。
「あ、あの、でもこれ間接キ……」
かろうじて絞り出した声は、途中で呆気なく
返してもらったタバコは、弛緩し切った指の間をすり抜けて側溝の中で燃え尽きた。
「……ちょっと二人で、飲み直そっか」
重力に任せて、俺はこくりと首を縦に振る。何も考えられないのはきっと、アルコールとヤニクラのせいだから。
その後のことは言うまでもない。適当な店で吐きそうになるまで飲んで、
彼女も同じくらい飲んでいたはずなのに、ほんのり頬を赤らめる程度で済んでいるのだから凄い。トイレで吐き続ける俺の背中を、彼女はいつまでも優しくさすってくれた。
それでも散々吐き終わって顔を上げた時に、深く長いキスをして「美味しい」なんて呟いていたので、酔っていたことはまず間違いないだろう。
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