第七話 母さん、頼むから昔できなかったことを今からしようとしないでくれ!

~テオ視点~





「このような感じで、魔族の襲撃以来、テオとは離れ離れになってしまいました」


 女王様の過去の話しを聞き、橋の下で捨てられていた理由を知る。


 捨てられていたと言うよりも、本当は魔族に転移させられていたのか。


「でも、本当に良かったです。あなたが生きておられて。わたくしはハルト様の生まれ変わりであるあなたは、死んでいないと信じていました」


 女王様、いや、母さんが俺の前に来ると、再度抱き締める。


 ルナさんやメリュジーナから抱きつかれたことはあったが、彼女の抱擁は何とも言えない安心感のようなものを感じる。


 これが母親の愛というものなのだろうか?


 そう言えば、イルムガルドに拾われて育てられてきたから、母親という存在を間近で感じるのは初めてだな。


 そんなことを考えていると、俺の腹から空腹を知らせる音色が奏でられる。


 そう言えば、そろそろ昼食の時間だったよな。


「そろそろお昼の時間でしたね。城の料理人に頼んで、テオの帰還をお祝いしましょう。直ぐに準備をしますからね」


 抱擁を止めて俺から離れると、母さんは鼻歌を口遊くちずさみながら宝物庫を出て行く。


「まさかテオ君が王子様だったなんてね」


「正直、今でも信じられないよ。本当の俺は王族だったなんて」


ご主人様マスターのような人を成り上がりというのかな?」


「さすがにそれは微妙に違うと思うけどな」


 そんなことを仲間内で話していると、昼食の準備ができたようで食堂に招かれる。


 既に母さんが座っており、彼女は俺を見ながら手招きをする。


 隣に椅子が置かれてある。これは横に座れと言うことだろうか。


 母さんの隣の席に座ると、彼女はニコッと笑みを浮かべる。どうやらこれで正解だったみたいだ。


 対面するようにルナさんとメリュジーナが座る。


 料理が運ばれて来るのを待っていると、横からの視線を感じた。


 チラリと見ると、母さんがジッと視線を送っている。


「あのう、俺の顔に何かついている?」


「やっぱり我慢できないわ! テオちゃんがこんなに大きく逞しく成長してくれてママ嬉しい!」


 いきなり声を上げ、母さんが抱き付いてくる。そして頬を当てて擦り付けてきた。


 突然始まった激しいスキンシップに動揺してしまう。


 こ、これが母親と言う生き物なのか? 本当の親子のスキンシップってこれが普通なのか?


 困惑したままルナさんとメリュジーナに目で訴える。


 だが、彼女たちは勢い良く首を左右に振った。どうやら、これは普通ではなく異常らしい。


「お待たせしました。こちら前菜となります」


「ほら、母さん。料理が運ばれてきたから、離れてくれ」


「あ、ごめんなさい。17年もテオちゃんと離れ離れだったから、つい欲望……欲求……テオちゃんを甘やかせたいという母性本能が働いてしまって」


 母さんがマイルドな方に言い直すが、結局は自分の心を満たしたいと言う我儘から、強引に行動しているだけじゃないか。


「はいテオちゃん。アーン」


 ナイフとフォークを手に持ち、前菜を食べようとする。そんな時、母さんがフォークで突き刺したキャベシュを、俺の口元に持ってくる。


「か、母さん。これはなんの冗談?」


「冗談な訳ないでしょう。ママは本気よ。せっかくテオちゃんが帰ってきたのだから、これまでしてあげられなかったことをしてあげようと思って」


「いや、俺はそんなことは望んでいないから。自分で食べられるから」


「そんな! テオちゃんに拒絶された」


 食べさせてもらうことを断ると、母さんはこの世の終わりのような絶望的な顔をする。


「テオ君、せっかくの好意だからお母様のお願い事を聞いてあげたら?」


 どうしようかと悩んでいると、ルナさんが母さんの好意を受け入れるように促してくる。


 同じ女性として通じるものでもあるのだろうか?


「そうだよ、ご主人様マスター。早く食べないと次のが来ないかもしれないよ」


 いつの間にか、メリュジーナの前にある皿が空になっていた。彼女は早く次の料理を食べたかっているのだろう。


 過去にもルナさんからアーンをさせられたことがある。だけど、その相手が母親となると、また違った恥ずかしさのようなものを感じてくる。


 でも、このまま俺が拒絶を続ければ、今の羞恥心は継続したままだ。少しでもこの気持ちから解放されるには、母親のアーンを受け入れるしかない。


 覚悟を決め、フォークに突き刺さったキャベシュを食べる。


「テオちゃん、おいちいでちゅか?」


 なぜか赤ちゃん言葉になっている母親の問いに咀嚼しながら首を縦に振る。


 ふぅ、どうにかこの状況を打破することができた。まずは一旦落ち着こう。


 コップを掴み、口元に持って行くと中に入っているミルクを口に含む。


「ごめんね。本当はママのおっぱいを飲ませてあげたかったのだけど、さすがにもう出ないから代わりにミルクで我慢してね」


 ミルクを口に含んだ状態でとんでも発言をする母親の言葉が耳に入り、思わず吹き出しそうになる。しかし、ここで吐いてはせっかくの食事が台無しだ。


 吹き出しそうになるのを我慢して気合いでミルクを飲み込む。


「はぁー、はぁー」


 まさか、ミルクが置かれていたのがそんな意味だったとは思わなかった。


「本当は哺乳瓶で飲ませてあげたかったけど、急だったから用意できなかったのよ」


「そ、それは本当に良かったよ」


 もし、哺乳瓶が置かれてそれを強制的に飲まされたら地獄だ。耐え難い屈辱を受ける。


 母さんのこの感じ、わざとではないことは理解している。長年会えなかった俺と再会したことで、これまで母親としてやってあげられなかったことをしてあげたいという気持ちが昂って、暴走しているに過ぎない。


 でも、悪気がないだけにタチが悪い。


「そうだ。ひとつ聞きたいのだけどテオちゃん良いかな?」


「な、何だよ」


「そちらのお嬢さんたちとは、どんな関係なのかしら?」

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