第十二話 俺の体が溶けるううううぅぅぅ!

 メリュジーナが逃げるように声を上げた瞬間、背中に何かが当たった感触を覚える。


 首を曲げて後方を見ると、ルナさんの腕がジェル状になっており、背中に突き刺していた。


「バカめ! 仲間だと油断しやがったな。これでお前の記憶と遺伝子情報は、全て俺がコピーする」


 ルナさんに扮したマネットライムが勝ち誇った顔で口角を上げる。しかしそれはこちらも一緒だった。


「バカにするのはこちらのセリフだ。俺が敢えて隙だらけにして、わざと攻撃を受けたことに気付かないとはな。お前がマネットライムだってことくらい、会った時から気付いていたさ」


「何だと!」


 ルナさんに変身したマネットライムが驚く。


「いくら俺を助けるためとは言え、ルナさんは人間相手に殺傷力の高い炎魔法は使わない。それにあの手紙を見せるタイミングが不自然すぎたし、内容に『女たち』と書いてある時点でルナさんも攫われていることが分かる』


 最初から分かって敢えて罠に嵌ったことを告げると、マネットライムは頬を引き攣る。


「俺のケアレスミスだったことは認めよう。だがな、これでお前の遺伝情報とユニークスキルは俺の物……バカな! なぜ情報がインプットされない!」


「敢えて攻撃を受けたと言っただろうが、貫いたはずのお前の肉体を取り出してみろよ」


 自分の想像と違った展開に、ルナさんの格好をしたモンスターは困惑する。そして突き出したジェル状の腕を離し、破けた服から先端部分が顕になる。


「と、溶けてりゅううううううぅぅぅぅぅ! 俺の先端部分が溶けてりゅううううううぅぅぅぅぅ!」


 ジェル状の肉体の一部が溶けていることに気付き、マネットライムは声を上げる。


 頼むからルナさんの格好で、そんな不細工な顔をしないでくれ。


「そんなバカな! どうして俺の肉体が溶ける」


「それは露出していない体の部分に、砂糖を練ったくっていたからだ。お前は相手から遺伝子情報を手に入れるために、体の一部を80ミクロンまで小さくして肉体に突き刺す。それくらいの細さなら、体に砂糖を塗るだけで防ぐことは可能だ」


「その情報は誰から聞いた! 言え!」


 突然モンスターが声を荒げ、誰から情報を入手したのかを訊ねてくる。


 いや、別に誰からも教わっていないのだけどなぁ。前世の記憶でそれを知っているだけだ。


「この特殊な攻撃の仕方は、500年前にこの世界に来た転生者、ハルトが使った対策だ! 俺たちスライムの肉体は、コロイドと呼ばれる現象により肉体を保っている。体内のポリビニルアルコールは高分子の鎖であり、ホウ砂のイオンが鎖を留めて網目構造を作っている。その小さな部屋に水分子が入り込むことで、ぷにぷにとした弾力のある身体になっているんだ。そしてナメクジに塩をかけると溶けるように、砂糖が身体に触れると、砂糖の粒子が浸透圧によって水分が出て、ドロドロになってしまう。この戦法を編み出したのは転生者のハルトだ! お前、ハルトの子孫と接触したことがあるのか!」


 マネットライムが声を荒げる。


 ハルトか。確かに俺はハルトとか言う男の記憶を持っている。だけど、ここで明かすのはバカがすることだ。本当のことは教えないでおくとしよう。


「さぁな? そんなことどうでも良いだろうが?」


「お前には良くっても、俺には大事なことなんだ! 絶対にお前の正体を確かめさせてやる!」


 ルナさんの格好をしたマネットライムは、ジェル状になってドロドロになると、再び誰かの形を模る。


 別の姿になったその光景を見て、驚愕してしまった。


「イルム……ガルド」


 マネットライムは、俺の育ての親に姿を変えた。


 あいつがイルムガルドの姿になったと言うことは、俺の知らないところでこいつが接触し、イルムガルドの記憶と遺伝子をコピーしたことがあると言うことだ。


「テオ……貴様は絶対に許さない……俺が落ちぶれてしまったのは……全てお前のせいだ」


 イルムガルドの体からは、負のオーラのような禍々しいものを感じる。


 きっと、怒りの感情を利用して攻撃力を上げつつ、身内であることを利用して俺の動きを鈍くさせようと言う魂胆なのだろう。


「テメーだけは許さねぇ! ぶっ殺して俺にかけられた呪いを解かせてもらう!」


 イルムガルドの姿になったマネットライムが地を蹴って走り、距離を縮めてくる。そして腕を引くと、すぐさま拳を放つ。


 そう言えば、昔のイルムガルドは格闘術も使っていたな。雷撃の魔法を習得してからは、使う機会がなかったけど。


 ちょっとした懐かしさを覚えつつも、右に飛んで攻撃を躱す。


 そして懐に隠していた食塩の入っている瓶を取り出すと、蓋を開けて掴む。


「お前の弱点は砂糖だけじゃないよな。こいつで動きを封じてもらうぜ!」


「そいつは食塩! まさか! そのことまで知っていたのか!」


 驚愕の声を上げるマネットライムを見て、口角を上げる。


 さぁ、終わりにしよう。


 掴んだ塩をイルムガルドに扮したマネットライムにぶっかける。するとやつの変身能力が溶け、スライムに戻ると体から水を吹き出して弾力を失った状態と化した。


『くそう! これでは満足に動くこともできない』


「残念だったな。お前たちスライムの弱点は知り尽くしている。スライムは塩と砂糖の調味料に弱い」


『くそう。食塩が触れると、スライム内の水と周りにかかっている塩化ナトリウムとの間で、濃度の違いが生じる。塩化ナトリウムが高張液となって、スライム内の水分が塩化ナトリウムの濃度差を埋めようとするために、水が出ることまで知られているとは!』


 頼んでもいないのに、マネットライムが親切にも解説をしてくれた。


 俺からしたら、それだけのことを知っているのであれば、弱点の対策のひとつでもしてほしいものだ。まぁ、スライム族の隠された弱点が公になっていないから、知っている人が存在するとは考えられなかったのだろうな。


 でも、これはあくまでも身動きを封じるための手段でしかない。スライムを倒すには、体内にある脳と心臓の役割を持つ核を破壊しなければならない。


 こいつを倒すのは簡単だ。だけどその前にしなければならないことがある。


「本物のルナさんはどこだ? 居場所を教えろ!」


『嫌だね。居場所を教えて欲しければ取引だ。お前は何者だ? どうしてハルトが知っていることを知っている? それを教えろ』


「どうやら立場が分かっていないようだな。それじゃあ」


 脅しのために拳を振り上げ、核を叩き潰す動作に入る。


『殺したければ殺せばいい。しかし、その時はルナの居場所は分からない。情報を交換し合うのが、お互いのためだと思うぜ』


「こいつ」


 追い詰められているのはマネットライムのはずなのに、どうしてこいつはこんなに余裕なんだ。


 でも、ここでルナさんの居場所が分からなくなるのが一番の痛手だ。


「分かった。その交渉に乗ろう。俺がお前を倒す方法を知っていたのは、俺のユニークスキルによるものだ。俺のユニークスキルは前世の記憶。つまり、俺はハルトの生まれ変わりと言う訳だ」


『言質取りました! メイデス様! こいつやっぱりハルトです!』


 突然声を上げ、マネットライムはメイデスの名を叫ぶ。


 こいつ、メイデスの配下の者か。いったい俺の前世の記憶と何が関係している。


「待て! お前の真の目的は何だ!」


『それには答えられない。交換条件外だからな。約束通り、ルナの居場所を教えよう。彼女はグレイ当主に引き渡した。それじゃあばよ! 俺の核に仕込まれた爆破魔法が発動する!』


 ルナさんの居場所を告げた瞬間、マネットライムは爆発を起こす。


 規模は小さく、俺たちには被害は出なかったものの、それ以上の情報を引き出すことができなかった。

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