第三話 ルナさんの様子が可笑しいのだが
翌日、ルナさんは壊れた。
朝、ルナさんが朝食は自分が作ると言い出したのだ。彼女は料理ができるので、朝食を作ると言う行為は別におかしくはない。けれど、朝食を作り終えた後の彼女の行動が異常だった。
「テオくーん! あーんして」
ルナさんが俺の隣に座ると、スプーンでスープを掬い、口元に近付ける。
「いや、ルナさん。そんなことしなくても自分で食べられるから」
「良いから、良いから」
スプーンを持っていない手を、俺の腕に絡ませてくる。
これは食べるまでは解放してくれないと言う意志表示か。参ったな。でも、解放されるには彼女のやりたいことに付き合うしかない。
「わ、わかったよ」
口元に近付けられたスプーンを咥え、掬い上げられたスープを飲む。
「美味しい?」
「うん、美味しいよ」
「良かった。テオ君のために、愛情をたっぷりと入れたからね」
ニッコリとルナさんは笑みを浮かべると、絡ませてきた腕を離す。
チラリとメリュジーナの方を見ると、彼女も現状を理解できていないようで、困惑顔をしていた。
「ねぇ、今日のルナって何か変じゃない? 夕べに何か変な物でも拾い食いした?」
「私を野良犬みたいに言わないでよ。えーん! テオくーん! メリュジーナが虐める」
再びルナさんが腕を絡ませてくる。しかも今度はスプーンを持っていなかったからか、両腕を絡ませ、豊満な胸を押し付けてきた。
ど、どうしたら良いんだよ! 本当にルナさんがおかしくなった!
今までは多少のボディータッチはあったものの、ここまであからさまなことはしてこなかった。
いったい彼女に何が起きたんだ?
「あわわわわ! 本当にルナがおかしい。
表情を強張らせ、メリュジーナが医者に診せるように進言してくる。
「だ、大丈夫だから! 私、別に病気でもなんでもないから。だから2人とも安心して! 医者に診せる必要はないから」
絡ませていた腕を離し、慌てた様子でルナさんは診察を受けないで良いと言う。
まぁ、まだ安心できないが、一応彼女のおふざけと言うことにしておこうか。
「でも、ある意味病気かもしれないかな……ね!」
「やっぱりルナは病気だ! 早く医者に診せないと!」
「だからそっち系の病気ではないって言っているでしょう! どうして私が言いたいことが分かってくれないのよ! それでも女の子なの!」
ルナさんが片目を瞑ってウインクをすると、真に受けたメリュジーナが再び慌て出し、ルナさんが彼女を落ち着かせる。
本当にルナさんがやりたいことが分からない。
おそらく本当に病気や、呪いの類いでおかしくなってはいないのだろう。でも、どうして急に彼女の態度が急変したのか、思い当たる節がない。
その後も俺に食べさせるのに使ったスプーンでスープを食べ、関節キスだのテオ君と私の粘膜が絡み合うだの、男の妄想を掻き立てるようなことを言ってきた。
「それじゃあ、私は出発前にシャワーを浴びてくるわね」
タオルと着替えを持って、ルナさんはシャワールームに入って行く。
彼女の後ろ姿を見届けると、メリュジーナと顔を見合わせる。
「なぁ、やっぱり今日のルナさんっておかしいよな」
「誰がどう見てもおかしいよ。ルナは病気だけど病気じゃないって言うし、どっちなのかわたしには分からない。ねぇ、マスター1回医者に相談してみたらどう?」
「そうだな」
ルナさんの態度を見る限り、病気ではないと思いたいが、もしかしたら新種のウイルスによるものかもしれない。単に俺が知らないだけかもしれないし、一度医者に相談してみたほうが良いのかもしれないな。
「分かった。俺が医者のところに行って相談してくる。ついでにもう1泊するように店主に交渉してみる。今のルナさんがいる状態では、メイデスのところに向かって龍玉を取り返すどころではなくなってしまう」
『そうだね! 僕もそっちの方が良いと思うよ。1泊とは言わずに2泊でも3泊でもして良いと思う』
メリュジーナに今後の方針を伝えると、マーペが会話に介入してきた。
こいつ、昨日まではメイデスのところに向かわせようとしていたのに、急にこの場に留まるように言ってきたな。もしかして、俺が気付かない間にパーぺと連絡を取りやがったのか。
敵側の状況が掴めないが、どっちだ。メイデス側が、今は近付いて欲しくないから足止めをさせようとしているのか、それとも足止めをしている間に龍玉を使おうとしているのか。
どっちにしても、今はルナさんをどうにかする方が先だ。
部屋を飛び出すと、宿屋を出て港町にある診療所へと向かう。
「はぁー、まさか逆に怒られるとは思わなかった」
診療所でルナさんのことを医者に相談してみたものの『そんなことを医者に相談するな! 人生の勝ち組は爆発しろ!』と言われて暴言を吐かれてしまった。
こっちは本当に悩んで心配していると言うのに、あんなに怒ることはないじゃないか。まぁ、これで確実に病気ではないと言うことは分かった。
そうなると、次は呪いの類いを調べてみるか。
でも、仮にルナさんが
特定の誰かを好きにさせる魅了系の魔法は存在していないはず。
でも、一度は調べてみる必要はありそうだよな。透視魔法を使って、魔法の影響を受けていないか調べてみるか。
宿屋に戻り、部屋の扉を開ける。
「ただいま」
「テオくーん! どうして何も言わずに出て行くのよ! 私、とても心配したのだから」
扉を開けた瞬間、ルナさんが勢い良く飛び付いてきた。予想できなかった展開に、咄嗟に足を踏ん張ることができずに彼女に押し倒される。
「ル、ルナさん。頼むから退いてくれ」
退いてもらうようにお願いすると、彼女は俺から離れてくれる。
うーん、宿屋に帰ったら、ルナさんが通常通りに戻っていることを期待していたけど、やっぱり妄想で終わってしまったか。
「パースペクティブ!」
起き上がった瞬間に、ルナさんに透視魔法を使う。だが、これまでの精神的疲弊で疲れてしまったのか、魔法は失敗し、中途半端に発動する。
ルナさんの着用している衣服が透け、彼女の裸体が俺の視界に映し出された。
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