第四章

第一話 メリュジーナ、駄々を捏ねる

~テオ視点~




 隣国のお城に、魔力を貯めている龍玉があることをショーンから教えてもらい、俺たちは隣国との国境沿いに来ていた。


「あの関所から先が、隣国のアズール国だ」


「アズール国か。私初めてだよ」


「わたしも数百年生きているけど、この国から出たことがない。だから正直楽しみだよ」


 関所に近付くと、多くの人が並んで列を作っていた。


 関所では、ある程度列ができてしまうものだ。だが、これほど行列になるのは珍しい。


「俺たちも列に並ぼう」


 入国手続きをするために、最後尾に並ぶ。


 列に並んだ当初は、入国手続きくらい直ぐに終わる。たいして時間はかからない。そう思っていた。


 しかし異常なほどの列の長さだからか、中々列が進むことはなかった。


「ねぇ、ご主人様マスター。どうしても並ばないといけないの? わたし待ちくたびれたよ。もう一層の事、空から入らない? 私の羽を使えば、関所なんて簡単に飛び越えられるよ」


「それはダメだ。そんなことをしたら、不法滞在になってしまう。正式な手続きをしないで入国したら、バレた時が大変だぞ。憲兵に捕まって牢屋にぶち込まれる」


「むぅ、それはさすがにヤバイね。ご主人様マスターが牢屋にぶち込まれるようになったら、わたしは、憲兵たちを炎で焼き尽くすことになる。そんなことをご主人様マスターは望んでいない。分かった。我慢するよ」


 どうにかメリュジーナを宥めることができ、ホッとする。


 メリュジーナは普段は冷静だけど、俺に関することは時々大胆になるからな。うまく手綱を握って彼女をコントロールしないと、いつか暴走してしまうかもしれない。


「こういう時は、お喋りしていればあっと言う間に時間が過ぎていくものよ。だからみんなで楽しくお喋りしましょう」


 ルナさんが暇潰しの手段として会話をすることを提案してきた。


 まぁ、何もしないでボーッとするよりかはマシか。


「分かった。何の話をする?」


「テオ君の好みのタイプ!」


「却下だ!」


 恋バナを始めようとするルナさんの提案を拒否して、強引にも話題を別のものに変える。

 





 列に並んで数時間が経っただろうか。ようやく次は俺たちの番になる。


「やっとわたしたちの番だよ」


「立っているだけって言うのも大変ね。足が棒になりそうだわ」


 ようやく自分たちの番となり、二人とも表情が明るくなった。


「次の方どうぞ」


 関所を管理している兵士が俺たちに声をかけると、馬の鳴き声が聞こえてきた。


 そちらに顔を向けると、馬車が近付いてくる。


 あの馬車に描かれてある家紋はどこかの貴族だな。だけど名前が思い出せないや。


 馬車が関所の前に止まると、窓が開かれて一人の男が顔を出した。


「俺はゲルマン・イロフスキーだ。アズール国に早く行かなければならないので、先に手続きをしてくれ」


 男の名前を聞き、ようやく思い出す。


 あの家紋は、イロフスキーだったか。確かイルムガルドとは知り合いだったよな。俺も一度だけ顔を見たことがある。


「イロフスキー家! わ、分かりました。優先的に手続きをさせてもらいます」


「ちょっとおじ……むぐっ」


 メリュジーナがゲルマンに文句を言おうとしたので、慌てて彼女の口を塞いだ。


「頼むから黙っていてくれ」


 突然のことに驚いたメリュジーナだったが、ゲルマンに聞こえないように小声で呟くと、ようやく大人しくなった。


 入国の手続きを終えると、ゲルマンは窓を閉め、再び馬車は走り出す。


 どうやら相当急いでいるみたいだな。俺に気付かなかった。


ご主人様マスター! どうして邪魔をするんだよ。あんなの横入りじゃないか! わたしたちだって急いでいるのに、ルールを守っているんだぞ!」


 横入りされたことが嫌だったようで、メリュジーナは文句を言ってくる。彼女の気持ちも分かる。だけどあれもルールの中のひとつだ。


「あのね、メリュジーナ。確かに入国手続きは順番に並ぶ必要があるのだけど、貴族は特例として優先的に手続きができるのよ。だから例え横入りだったとしても、許されてしまうわけ」


 俺の代わりにルナさんが説明するも、メリュジーナは納得していないようで頬を膨らませる。


「はい、はい。早く手続きをしないと、後の人が迷惑がるわよ。城下町に着いたら、美味しい肉料理のお店でご馳走してあげるから、早く前に進んで」


 美味しい肉料理をご馳走してもらえると聞いたメリュジーナは、渋々と言った様子で膨らませていた頬を引っ込める。






「これで入国手続きは終わりです。ようこそアズール国へ」


 入国の手続きが終わり、ようやく俺たちは関所を抜けて隣国、アズール国の大地を踏むことができた。


 アズール城のある城下町は、この関所から徒歩1時間の場所だったよな。散々待たされた挙句、また徒歩なのは少し堪えるが、もう一踏ん張りだな。


「ねぇ、ご主人様マスター。お城まではどれくらいかかるの?」


「ここから徒歩で1時間といったところだな」


「1時間も歩かないといけないの! もう歩きたくないよ……そうだ!」


 1時間は歩く必要があると告げると、メリュジーナは子どものように駄々を捏ねる。そして何かを思い付いたように表情が明るくなると、俺とルナさんの手を握った。


「もう入国手続きが終わったのなら、空を飛んでもいいんでしょう。なら空から行こうよ」


 メリュジーナの背中から妖精の羽が現れると、勝手に羽ばたいて俺たちを上空へと持ち上げる。


 まぁ、彼女がこれで良いのなら文句は言わない。正直、俺も歩くのは嫌だったからな。


 目指すはアズール城だ。上手く王様と交渉をして、龍玉を譲ってもらえると良いのだけどな。

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