第12話

知らせが入ってから一週間。

未だ禍竜との膠着状態は続く。帝国からの情報によると防衛ラインが崩されるのも時間の問題だと。

軍人や騎士たちはいつ禍竜と対峙してもいいようにと、交代で休息をとりつつ町の住民の避難を優先していた。


「……ノラさん」

「?ああ、ディオか。入ってこい」


ノラの休憩時間。服をゆるめたところでノック音がした。ディオの声がして、彼を招き入れる。


「……」

「どうしたんだ?」


腰掛けるように伝え、ノラは得意の茶を淹れる。今日はハーブティーだ。

ティーカップをサーブしてもディオは口を開こうとしない。どこか所在なさげにおどおどとしていて、なにかに怯えているような気がした。


「ディオ。私は君のなんだ?」

「?ゆう、じん……でしょう」

「そうだ。君の絶対の味方であり、ふたりぼっちの友人だ。そんな私に、話があるんだろう?なにを聞いても驚かない……のは難しいけど、君から距離をとったりはしないよ。約束する」

「……ノラさん」

「ああ」


迷っているように視線が動いていたディオだったが、しばらくして、訥々と言葉を紡ぎだす。


「────」



▷▷



ディオとの話が終わり、ノラは今度こそ休息をとるためにベッドにもぐりこんだ。騎士寮のベッドは固いが、慣れてしまってこれでも快眠できる。ディオのことをつらつらと考えているうちにトロリとした眠気が身体を包む。ディオの言葉が、衝撃だったのに、ノラはそこまで驚かなかった。そんな気がしていた、と言えばいいのか、なんとなくディオが他とは違うと嗅ぎ分けていたからかもしれない。

ノラは頭を使って考えることが苦手だ。慣れないことをしている自覚はある。寝る前にこんな頭を使ってしまえば、眠れないのではないか。そう思う前に、どろりと深いぬかるみのような底へ意識が落ちていった。

いつもの入眠より早く深く深くへ、不自然なほどに。



次にノラが目を覚ましたのは、薄暗い部屋の中だった。


(……ここ、は)


あたりの気配を探る。人の気配はしなかったが、頭がわれるほど痛みを主張し起き上がりそこねてべしゃっと床に崩れる。その際にチャリ、という金属がこすれる音がしてまさか、と嫌な予感のまま、手首と足首に視線をめぐらせた。


見なければよかったのかもしれない。そこには大きな鉄枷がご丁寧に両手両足首についていた。鎖の先は薄暗い中でぬらりと蝋燭の光を反射している金属の棒。なにに使うか、嫌な予感がした。

そこまで見たら、もうわかる。自分は今、捕まっている。誰に捕まったのかは分からない。部屋で眠りについて、その後に襲撃を受け、連れてこられたのだろう。


(……拷問、されるだろうな)


尋問で済むとは思えない。ここまで重たく頑丈な枷を鎖で繋いでいるのだ、恐らく部屋に鎮座するあの棒に鎖の先は引っかかっていて、ノラを釣り下げるためのものだろう。


恐怖を感じるより先に、ディオの顔が浮かんだ。


ノラに秘密を話してくれた彼は無事だろうか。それだけが気がかりだ。ここで例えノラが死んでも、彼と、ノラの大切なものたちに魔の手が伸ばされなければいい。

これからどれほどの痛みを、恥辱を受けるのか。それに脅えてもいいはずなのにノラの心は不思議と凪いでいた。



▷▷



ノラが騎士団寮から消えた。


「ックソ、どこに連れてかれたってんだよ……!!」


ディオがノラに話をしたすぐあと。一夜明けるとノラの姿はなくなっていた。それにドラッヘフェルスの視察団の何名かが「夜中に自ら居なくなった」というノラの姿を見たと言っており、情報が錯綜している。

ディオはただ呆然と、走り回っている聖騎士団を見ていた。


──自分の正体を、なんとなく思い出した。


それをノラに告げた途端、ノラの身に不幸が降りかかった。

ノラとの会話を聞かれていた可能性は低い。たまたまノラを攫ったとは考えにくい。そんな杜撰な仕事をアイツがするとも思えないからだ。ならば、帝国の遣いという彼らに見られていたのだろう。ディオ──竜帝──がただの人間の女を大切そうにしていたところを。


「っ……」


ノラに告げなければ良かった?ノラを友人と思わなければよかった?ノラに出会わなければ──


「おい、ディオ」

「!!ぁ……ヴェルグさん」

「お前が今何を考えてるかはわからん。けどな、後悔してるんなら、立ち止まる前にやることがあるだろう。ノラが帰ってきてから、後悔しろ」

「……」

「ノラはこんなとこで死ぬようなやつじゃない。アイツは図太く生きてる。それに、リーヴたち白竜がいきり立ってるんだ」

「白竜が……?」

「仲間を傷つけられた、ってな。白竜たちは仲間を大切にする生き物だ。ノラも十分仲間だったんだよ、まあ、ノラはそれに気がついてないと思うがな」


ヴェルグの大きな手がディオの頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でる。ヴェルグを見上げれば、彼は大丈夫だ、と笑った。まるでノラを失うことはありえないと言うように。


「だから、ディオ」

「はい」

「お前の抱えてるモン、全部吐き出して、帝国に一泡吹かせてやろうぜ」


ぱちくり、と瞳をまたたけばヴェルグはディオの手を掴んだ。そのまま引きずられるようにハウゲスンの領主のいる執務室へ連れていかれるのだった。

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