第7話

翌朝。目覚めは良かった。目覚めだけは良かったのだ。

ドタドタとわざとらしい大きな足音が外からしたと思えば早朝にノラの部屋のドアがノックもされずに開いた。


「よう!起きてるか?起きてるよな!」

「……隊長。もう少しデリカシーというものを」

「ノラ。お前、女扱いすると怒るくせに何言ってるんだよ」

「……」


部屋に入ってきた大男。竜騎第二部隊の隊長であるヴェルグだ。続いて失礼します、といって入ってきたのは、ハウゲスン領聖騎士団竜騎部隊の団長──雲の上のすごい人──だった。驚いて目を白黒させているノラを見てヴェルグは笑い、騎士団長は柔らかく握手を求めてきた。おっかなびっくりと手を握ると、彼は優しい声でノラを宥める。そしてヴェルグの無礼を謝ってくれた。


「ええと……それで?」

「お前が拾ってきた男、見せろ」

「……ヴェルグ隊長、語弊が」

「ノラ、お前野良拾いのノラに逆戻りだなァ」

「こらヴェルグ。女性にあまりそういうことを言うものではないよ」


ヴェルグが詰め寄る。ノラはちらりと後ろを見て、驚いているディオを確認した。このぼんやりとしている雰囲気のディオをヴェルグに引き渡すのは、飢えた肉食獣の前に羊をぶち込むようなイメージがわいてしまった。


「はじめまして」

「お、言葉は通じるのか」

「はい。あなた方の言葉は分かります。多分、筆記もできます」

「へえ?記憶が無いのにそういったことは出来るんだな」

「ええまあ……それで、その……」


ディオがノラの後ろから顔をのぞかせ、ヴェルグを見る。この強面のヴェルグに怯まないあたり、ディオももしかしたらか弱い羊ではないのかもしれない。


「あなた方は、どちら様でしょうか」


ディオがぽやんと発した言葉。ノラに視線が向く。ヴェルグ隊長からはなぜ説明をしていなかったのか、騎士団長からは見世物を見るようなものを。

一気に針のむしろになったノラは大人しく二人の前で謝罪したのだった。



▷▷



「それで?ノラが名前をつけたのか」

「はい。ディオ、と」

「お前それって……」

「死んだうさぎの名前らしいですね」


ディオがふふ、と笑う。どこか怒っているような気がしてノラは目を逸らした。

今はヴェルグと騎士団長に連れられて入ったハウゲスン聖騎士団の騎士団長の執務室で、四人がお茶を飲みつつ話をしていた。ちなみに淹れたのはノラ。とりあえずざっと話──とは言っても彼が全てを忘れている記憶喪失だという話だけだが──をした。


「うーん、ディオさんは恐らく貴族かそれ以上の地位の方であることは察せられるのですが……」


騎士団長が口を開く。ディオの所作から彼がそうだと判断したようで。厄介なことになりましたね、と呟いた。


「この国の貴族、それに準ずる者、そして王族には黒髪の方はいません」

「……」

「つまり、ディオさんは他国の貴族か、王族。そして、そんな高貴な地位の方が東の森で倒れていた。誰かに嵌められたのでしょうね。自分から森へ行くとは考えられない。……まあ、他国の貴族を保護したと上に言って、それで引き取り手が見つかったとしても、その相手がディオさんを害さないとは言えない……いや、あなたの事を殺しにかかる可能性もある」

「……つまり?」

「ディオさんのことは、少しだけ隠蔽しましょう」

「いんぺい」

「はい。隠しちゃいましょう。その方が両者にとって最善ですよ」


ニコォッと人好きのする笑顔をうかべた騎士団長。その表情でノラはこの男がハウゲスンの荒くれ騎士たちを統べるとんでもない好々爺だということを思い出した。勝てる気かしないので従うことにしよう、と頷けば騎士団長はありがとうございます、とノラの頭を撫でた。


「騎士団長様に撫でられると、なんだかいいことをした気分になります」

「そうですか?それはよかった」

「じゃあ俺も撫でてやる……」

「ヴェルグ隊長は乱雑なので嫌です」

「……」


ディオがちらりとノラを見た。戸惑っているようだ。そりゃあ何も知らない所でこんな光景を繰り広げられたら困惑もする。こほん、と咳払いをして、ディオに顔を向ける。


「ディオ。これからあなたはどうしますか」

「どう、とは……?」

「これから私は騎士としての訓練があります。それを見学するか、それとも騎士寮内を探索するか。お好きな方を」

「……では、見学します」

「はい。わかりました」






外に出れば、キュオォン…キュオゥン…と白竜たちの鳴き声が朝の晴れた空に響いていた。


「わ、すごい」


あの後、朝食をとったディオとノラは、竜騎第二部隊の訓練に混ざることになった。ノラはもちろん騎士として訓練をするが、ディオは好きに動いていいとヴェルグから許可がおりている。その旨を伝えると、ディオは貴女について行ってはダメですか、と子犬よろしくノラの庇護欲を引き出したのだった。


「ディオがいるから今日は空を飛ぶことはしません」

「飛ばないんですか?」

「飛びませんよ」

「ではなにをするんですか?」

「簡単なトレーニングです」


ディオを仮である救護室のテントに座らせるとノラは闘技場へと駆ける。胸元を探り、笛を出すとピィィ……と甲高い音を響かせた。


──刹那。


白い大きな竜が空間を割いて現れ、ノラの方へ飛び立つ。ノラは走りながら抜刀し、壁に剣を突き刺し空へ跳ぶ。


「わ、ぁ……」


あっという間にノラはリーヴに乗り、その巨躯を操る。地面を脚で蛇行して、ノラが闘技場内の的を的確に投擲したナイフで刺していく。ノラの得意とする獲物は、短剣だった。女の身体ではどうしても男に押し負ける。ならばと選んだのが、投擲で敵の急所を仕留めるそれだ。


その技は鮮やかで、第二部隊の中でもノラの戦い方は好ましく受け取られている。


そうして闘技場内の的を全て倒すとリーヴとノラがディオの元へ戻ってきた。


降り立つリーヴの背から降りたノラ。息ひとつ乱しておらず、彼女もまた鍛え上げられた精鋭なのだとディオは認識を改めた。

ディオに近寄るノラだったが、そこでひとつ想定外のことが起きてしまう。

──リーヴが、ディオに近寄るのを拒んだのだ。


「?リーヴ?どうした?」


ギュ、ギュ、と警戒する時に鳴らす鳴き声をあげ、リーヴはディオに威嚇する。ノラとしては、そんなリーヴを見たのはこれが初めてで、なにが彼女を不快にさせているのか分からなかった。

そうこうしている間にも、リーヴはディオに口を開き威嚇し続けている。その騒ぎが伝わったのか、空にいる白竜たちがリーヴを見ていた。これはまずい、とノラがリーヴに手を伸ばした途端。


甲高く細い音が訓練場に鳴り響いた。


白竜たちは、みな動きを止める。飛んでいたものは地面へ下降し、騎士を降ろして。

白竜たちは服従の姿勢をとっていた。体を地面につけ、翼をたたむ。尾を高く上げ、飛ぶことの出来ない体勢だ。それが白竜の服従の姿勢。

竜笛と呼ばれる笛の音を聞いた白竜がとる姿だった。


ヴェルグがノラとディオの方へ駆け寄る。ざっと視認でふたりに怪我がないとわかると、他の騎士たちに剣術訓練を命じた。そしてディオの手を掴むと、歩き出す。ノラにも来い、と小さく鋭い声で命令した。

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