【短編集】1,000字でキュン

春日あざみ@電子書籍発売中

第1話 灯台下暗し

 おしゃれなカップルが、手を繋いで道を歩いていく。

 右から左へ、左から右へ。

 カフェのガラス窓越しに見るその光景は、キラキラしていて、現実感がなくて、そして羨ましかった。


 私も出会いが欲しい。

 私なんかを、好きになってくれる奇特な男なんていないと思うけど。


「町田さん、ドリップ補充お願いできますか?」


 真横から聞こえてきた声に驚いて飛び退いた。

 深緑色のセーターを着た長身の男が、不機嫌そうに黒縁眼鏡を押し上げている。


「あ、はい! ただいま」


 店主が脱サラして作ったというこの店は、コーヒーも美味しいがサンドイッチがとびきり美味しい。このサンドイッチを賄いで食べれると聞いて、私はここをバイト先に決めた。


 しかしこの店主の佐藤さんというのが無愛想で。毎度二人シフトの時は会話に困っている。


「町田さん、働きすぎでは?」


 彼は三十歳で、見た目は悪くないけど、表情のせいで何を考えているかわからない。


「貧乏大学生なので、極力シフト入れたいんです」


「……彼氏と出かけないんですか」


「あいにくご縁がないので」


 いつもの笑えないイジりですか。


 来店ピークは過ぎていた。

 気づけば店内には二人きり。彼はまた眼鏡を押し上げている。


「佐藤さん、それセクハラですよ。定期的にいじってきますよね。彼氏と出かけないのかって」


「いや、いじっているわけでは」


 また眼鏡に触れた。

 そんなにずれるならさっさと直しにいけばいいのに。


「佐藤さんこそ、結婚とかしないんですか」


「そもそも彼女がいません」


「そうですか」


 目線を佐藤さんに向ける。彼はどうやら、私用の賄いを作ってくれているようだった。そろそろ休憩時間だ。


「休憩入ってください、これ、いつもの」


「……最近、サンドイッチのほかにコーヒーゼリーがカップで乗ってますけど。これは?」


「よく働いてくれるので」


「そうですか……ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げて、休憩室へ向かう道すがら、自分の好きな音楽がかかっているのに気がついた。


「あれ、この曲」


「……この間、このアーティストがお好きだと聞いたので」


 そういえば彼は、他のバイトの人がいるときは笑顔を見せていた。


 眼鏡をくいくい上げるのも、私と二人きりの時だけ。


「町田さん」


「は……はい」


「今度の定休日、デートしませんか」


 頬を染め、眼鏡を押し上げる彼の姿に不覚にもどきりとする。


 自分に好意があるのかもと思った瞬間、魅力的に見えるなんて。

 私はなんて現金なんだろう。

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