第12話 友達のかたち。

 待って、これもしかして……動画用に作って来たんじゃない?

 今回はデートの様子を撮影するVlogだし、お昼ご飯とかで「お弁当作って来たのー」みたいなシーンの為のものでは……?

「ねぇ、これさ……動画の撮影で使う為に作って来たんじゃないの?本当に食べていいの?」

 そう尋ねると、なつみさんはどうこたえようか一瞬悩んだみたいだけど、正直に話してくれた。

「まあ、そうね。出来ればちゃんと「なぎさ君」が食べてる場面を撮影したかったけど……いいのよ、なぎさくんは大事な彼氏だけど……なぎさちゃんは、アタシのお友達だもん」

 良い子!!可愛いうえに良い子!!

 いけない、この優しさに甘えてはいけない。

 私はポケットからボロボロの折り畳み財布を取り出して、そこから500円玉をなつみさんに差し出す。

「それは後でちゃんと「なぎさくん」として食べるから、ちょっとこれで何か食べるもの買ってきてくれるかな……?すぐそこのコンビニで良いから……」

「えっ、いいよそんなの。このサンドイッチを今食べるのは勿体ないって思ってくれるなら、今食べる分はアタシが買ってくるから」

 お金を受け取るのを拒もうとするなつみさん。

 まあ、なつみさんからすれば500円なんて別にわざわざ貰うような金額じゃないだろうし、おごってあげる事に抵抗もないのだと思う。

 だけど―――――

「そんなの駄目よ、ちゃんと、受け取って欲しい」

 私はなつみさんの手を握って、しっかりお金を手渡す。

 けれどなつみさんは、不意に悲しそうな表情を見せる。

「どうして……?友達が困ってるんだよ?こんなお金貰えないよ。あなたの為に食べものくらい買わせてよ」

 ――――ああ、そう言う解釈になるのか……友達じゃないから、他人だから、お金を出してもらうのは申し訳ないって、そう拒んでるみたいに見えるのか……。


「違うよ、なつみさん。全然違う。むしろ逆なんだよ。なつみさんと友達で居たいから、お金を出させて欲しいんだ」


「……どういうこと?」

「……あのね、なつみさん。知ってると思うけど……私の家、貧乏なんだ」

 苦笑いされました。

 そうだよね、ごめんね反応しづらい話をして。

 ……でもね、前提が違う、価値観が違う、生き方が違う。そんな相手と分かり合う為には、ちゃんと伝えるしかないんだ。

「正直、日々の食費すらカツカツで、どれだけ……10円でも1円でも食費を抑えらるかなんて考えてるのが、私の日常なの」

 私が何を言いたいのか、まだ掴みかねているようだけど、なつみさんはしっかりと私の目を見て話しを聞いてくれている。本当にいい人だ。

「そんな人間がさ、「一緒に遊んだり出かけたりすればお金を出してくれる友達」を持ってしまったらどうなると思う?」

「……どうなるの?」

「―――――お金に困ったら、あの子に会おう、って思うようになるのよ。お腹が空いたらあの子と食事に行こう、欲しいものが有ったらあの子と買い物に行こう、行きたい場所が有ったら、見たい映画が有ったら……そんな風に、「友達のお金」に期待してしまうようになる


 ――――でもさ、そんなのって……本当の友達って言えるのかな?」


 昔……小学校の低学年の頃、似た様なことがあった。

 最初は純粋に、ただの仲のいい女友達だったのに……あの子の家がお金持ちだと分かった時から、あの子との遊べば「得」だ、という考えが私の中に産まれてしまったのだ。

 相手の子はあまり気にしてなかったみたいだけど、私はそんな自分が嫌になって……彼女と一緒にいるときの自分が嫌いになって、結局疎遠になってしまった。

「それは……でも、今は緊急時だし、一回くらいは良いじゃない?」

「そうだね、そうかもしれない……でも、違うかもしれない。ここでご飯をおごってもらうことで、私の中に、次から会う時も何か奢って貰えるかもしれない、っていう気持ちが芽生えてしまうことが、凄く怖いんだ。だって……」

 私は、しっかりなつみさんの目を見つめる。


「私はたぶんもう……ちょっとなつみさんを好きになり始めてるし、これからきっと、もっと好きになる気がしてるから……正面から、ちゃんと向き合いたいんだぁ……」


 ――――ん?

 なんか凄い恥ずかしいことを言ってしまったような気もするな……ダメだ、頭が回らなくなってきた。くらくらする。

 なんだ?私は今なに言っちゃったんだ?

 目の前には、私の言葉にひどく驚いたような顔をしているなつみさん。

 そ、そこまで変な事は言ってない……よね?あれ?

 困惑していると、なつみさんが私の手からしっかり500円玉を受け取って立ち上がる。

「わかった、じゃあ、このお金使ってなんか買ってくるよ。……友達としてにぇ!」

 凛々しい顔をされているけど、妙に顔が赤い気がするし……最後なんか噛みました?

 そのまま一度立ち去ろうとして、後ろ歩きで戻ってくるなつみさん。

「なぎさちゃんをこのままにしておくわけにはいかないわね。えーと……あ、そこにベンチがあるわ。あそこに座れる?」

 なぜかちょっと早口ななつみさん。

 視線を追うと、確かに駅前に設置されたベンチが見える。

 足に力を入れてみる。

 ……あ、大丈夫立てる。水分って大事。

 少し支えて貰いながらベンチに辿り着き腰を掛ける。

 ああ、さすが地面と違って座るために作られた物。凄く体が休まる。背もたれってこんなに助かるものだったのね……!

「じゃあ、待っててね。水は、飲んでいいからね。大丈夫、それは家の冷蔵庫に入ってたヤツだから。たぶん家の誰かがどっかから貰って来た水だから、それを友達に売るってなるとこっちがダメだから、気にせずに飲んでね。ほんと、すぐ、すぐ戻っちぇ…戻ってくるから!」

 そうして、なつみさんはキャリーバックを引いたままダッシュしてコンビニへ出かけた。


 ……ああ、迷惑かけちゃったな……ごめんね、なつみさん。でも、ありがとう。


 やっぱり、ちゃんと……友達になりたいなぁ……。

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