process 7 バグ+++
基地内にできた巨大屋内プール場。基地内部で遊べる場所は割とあるが、今や屋内プールは人間が全身で水を感じられる場所とあって人気急上昇中のスポットになっている。これは地上でも同じ現象が見られた。
原因はあの地球外生命体のせいだ。津々浦々遊泳禁止を敷かれた日本では、人が自然の水に体をつけられるのは海から遠い川くらいなもの。あとは噴水の近くで水浴びするか、小さなビニールプールで遊ぶか。それで夏を満喫する者たちが大勢いた。
昨今の情勢に煽られ、プールの人気は固くなった。この基地も住人が増えたこともあり、ようやく民間企業もここへ事業を展開してきたようだ。
開店してまだ間もないが、繁盛していた。わざわざ砂浜まで再現したことも人気に拍車をかけていた。人工で起こされた波に歓喜の声が
プール場につくや否や、木城は利用料金の他にレンタル料金まで払っていた。木城は、「ここサーフィンもできるの」と不敵な笑みを零すと、関原にもサーフボードをレンタルするよう要求した。
いつもなら文句の1つでも言いそうな関原だったが、料金も高くないしと要求を呑んだ。
一般遊泳スペースを横切り、壁を隔てた先にサーファーが楽しめる遊泳スペースがあった。波も一般遊泳スペースとは比べものにならない。隣の一般遊泳スペースまで波の音が聞こえてくるほどだ。
激しい波のうねりに挑もうとする者たちを関原は呆然と眺める。
「プールに来て波を見つめるのが趣味なの?」
サーフボードを
「そういうわけじゃないが……」
関原は口ごもり、大きな音を立てる波へ視線を移す。
大きな波にも屈することなく、うまく乗りこなしている。その人たちは見るからに上級者。あるいは以前からサーフィンを嗜んでいた者だと素人目にも分かる。
「これ、僕らが来ていい場所なのか?」
「心配しなくていいわ。ここの波は時間ごとに大きさが決まってるの。15分おきに高さ2メートルから3メートルの波が来る。パワーが強いのもその波の時だけ。他は初心者でも乗れるくらいの波しか来ない。大きな波が来る時は両側の手前にある赤いランプが光って音を鳴らしてるから、気をつけていれば巻き込まれたりしないわ」
「よく知ってるな」
「ま、まあね、一度来たことあるし……」
木城は苦い顔をして顔を逸らす。
「さ、怖がってたら何も始まらないわ。せっかくの休みなんだから」
木城は関原の手を取る。
「お、おい……」
「溺れないよう見ててあげるから来なさい」
関原は木城に引っ張られるまま小さくなった波へ向かっていった。
浜浦所長は室長室で電子レポートを読み込んでいた。日本で起こったブリーチャーによる襲撃事件の中でも、隊員が死傷した事例が記載されている。
そのいち原因として、
しかし、
椅子の背もたれから甲高い音が鳴る。
『浜浦所長。お客様です』
機械じみた女性の声が背もたれのスピーカーから発せられる。
「通してくれ」
間もなく、自動ドアが開いた。入ってきた先石に微笑む。
「毎度すまないね」
「いえ」
先石は浜浦所長のそばまで歩いていくと、白衣のポケットから銀色のケースを取り出し、デスクに置いた。ケースを開き、中に入っていた注射器と小さな容器を手に取る。
「レポートは読んでいただきました?」
「ああ。試してみる価値はあるな」
先石は注射器の針を容器の蓋に差し込む。注射器の押し子を引き、容器内の液体を筒内に入れていく。
「才能を見る目は健在のようですね」
「ふふ、私に才能を見る目なんてないよ。彼女は自分の手で才能を開花させた。私にできることは、才能を開花できる環境を提供することくらいさ」
浜浦所長は笑みを零しながら服の襟もとから肩を出す。
「そこでお願いなんですけど、私にあの子をくれませんか?」
「君も興味を持ったか」
「あの子が私のラボの専属になれば、
浜浦所長の肩に針を差し、ゆっくり押していく。
「ふーん、そうだな。木城君も充分に経験を積んでいるから、そろそろ1つのラボにいてもらってもいいかもしれない。ただ、彼女は数少ない
「そうですか……」
残念そうにため息をつくと、力の抜けた笑みを灯す。
「仕方ありませんね。針を折ってこのまま残すしかありません」
「いやいやいや、それだけは勘弁してもらえないかね!?」
「冗談ですよ」
先石は不敵に笑い、注射器を抜く。浜浦は苦い顔で先石に湿度の含む視線を投げながら、服を整える。
「専属は難しいが、集中的にやってもらえるようにできるから」
「ふふふ、ありがとうございます」
注射器をしまうと、先石は突然真面目な顔をする。
「無理はされぬようお願いしますよ」
「そうだな……」
背もたれから体を起こし、デスクの端にスワイプして電子レポートを閉じる。
デスク表面は輝きを失い、どこにでもあるデスクの見た目に変化する。デスクに両肘をつき、左手で額を添える。
「病状は進行しているか?」
「着実にね」
「あと——どれくらい持つかな?」
「普通ならとっくに死んでます」
「いつ来てもおかしくないというわけか」
浜浦は額から手をどけて悩ましい表情をする。空調の音だけが室内を満たしていく時の中、たった数秒の間であったが、先石にとって浜浦の心中を察するには充分な時間であった。
何度も考えてきたことだ。考え尽くした。だが簡単に割り切れない心が不意に忍び寄ってくる。それを吹っ切るように浅く息を吸い、先石に柔らかな笑みを向ける。
「もしも時は、任せたよ」
「はい、契約通りに」
先石は浜浦の覚悟をたたえるかのように凛々しく答えた。
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